ひっくり返す魔法1
登場人物
魔痕探知師……ヴァンダイン・クロウフィールド
助手……キアン・ロウクロフト
記者……リシェル・カーレン
芸術家……サロ・ヴァルデン
芸術家の孫……ミレイユ・ヴァルデン
七区市警……ガルド・ブレイマン
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サロ・ヴァルデンは思う。自分の芸術の真なるを人に思わせる為に一番必要なものが何なのかと。
己の老いた体を見て、何と人の体の限界というのが、世界の寿命に対して矮小なものなのかという事を改めて理解する。
短すぎる。本当に短すぎる。芸術を伝える事は、言葉を発さずに思いを伝える事に等しい。
けれども、サロ・ヴァルデンは知っている。積み上げて来た世界の歴史の中で、芸術作品に価値を付加する方法が一つある事を。
今夜は異様に綺麗な空に月が輝いている。サロ・ヴァルデンはそれを見て、くしゃりと笑った。
1
記者リシェル・カーレン。私は今日も魔痕探知師の家に訪れている。
魔痕探知師ヴァンダイン・クロウフィールド。私はかつて資産家オルセン殺害の容疑をかけられていたところを彼の魔痕探知の能力によって助けられた。その時、私は公正な伝聞を心がける1人の記者として、多くの人が知るべき隠された情報を見た気がした。
『魔痕探知師』、それはもっと人々に頼られ、人々の為に活かされ、人々に正当に評価されるべきだと私は思ったのである。
未だ、世間はその存在すら、認知を甘くしている。私はそれを変えるべきだと思った。だから、今日も彼の家に来て、玄関に張り付いているのである。
2
「おはようございます、リシェルさん」
「おはよう、キアンくん」
ヴァンダインさんの助手キアン・ロウクロフト。彼もまた私が容疑をかけられた事件から知り合った関係である。
朝8時から9時の間、その間に彼は玄関に出てくると届けられた文書をとって部屋の中に戻る。数冊の雑誌と新聞が1日の間に届けられている様で、それを抱える様にして、キアンは毎日家の中に持ち込む。横を通り過ぎようとするキアンの腕の中、その中の一つにリシェルは目がつく。
「セプタ・プレス。随分とマイナーな新聞もとってるのね」
セプタ・プレス、七区の地区紙である。リシェルは仕事柄、多くの新聞や雑誌を読むが、それでも限定的な情報に偏りがちな地区紙は名前こそ知っていても読む機会は少ない。単純に自分の目が引く情報が少ないのも理由になるが。
「知ってるんですか?」
「それはそうよ。私はこれでも記者だからね」
胸を張るリシェルだが、オレンジベージュの上下スーツの女が人の家の玄関でお尻をつけて豪胆に座り込んでいるのだから、あまり理知的には見えない、そうキアンは思う。
「そう言えばそうでしたね。あなたは良い人だとは思いますが、単なるストーカーだと思っていました」
「表現が嫌ね。せめて、ファンくらいにしておいて」
「ファンなら、主役の嫌なことは先ずしないのが礼儀では?」
「それもそうね。どうすれば良いのかしら……」
リシェルは自分の世界に入り込む。入り込んで、自分の中でああでもないこうでもないと様々を思案し続ける。




