2話 目覚め
「ん……ここ…は?」
穏やかな朝日に照らされながら私は目覚めた。
辺りを見回すとなんとも懐かしい雰囲気を醸し出す寝室だった。
ここは…………。
「っ! そんな事言ってる場合じゃない! 早くみんなを……!」
皆を助けるべく立ち上がるも、目覚める前とは様子が一変している事に気が付き、一旦冷静を保つべく深呼吸をする。
…………立ち込める血なまぐさい匂いや焼け焦げたような匂いはどこにも感じない、それどころかあれだけ鳴っていた爆音も一切聞こえず、穏やかな陽気が辺りを包んでいる。
まさか、夢だったとか……?
いや、それにしては情景がリアルすぎるし、どう考えてもあの痛みは夢では再現出来ないだろう。
とりあえず状況確認だ、この部屋にあの兵士共の気配は感じない、一旦は安全だ。
何らかの理由で拘留されているとしても、それにしては上等な部屋が与えられすぎてるいる。
ここまでの高待遇を捕虜にするとは考えにくい、そのため、思ったよりも状況は悪くないのかもしれない。
部屋のドアは……うん、鍵はついてるけど内側から開けるようなタイプみたいだ、これなら外に出ることは容易だろう。
私はドアノブに手をかけ、そして先程の惨状に考えを巡らせる。
「オルフェ……アリアドネ……君たちの犠牲は決して無駄には……!」
そう呟きながらドアノブを捻ろうとしたした瞬間、全身を感じる鈍い痛みと共に私の視点は宙を向いた。
まさか……敵襲か!?
何とか素早く体制を立て直し、扉の向こうに居るであろう敵影を確認する。
「…………え、あ、アリアドネ?」
「あら、なんだ、起きてたのね」
「いや、起きてたって……君はもう…………っ!?」
彼女の姿をまじまじと見るとある事に気が付いた。
…………なんというか、少し幼い?
「あ、アリアドネ、ひとつ聞いていいか?」
「え、何?」
「…………今は白蓮歴何年だ?」
「え、なに、寝ぼけてるの? そりゃ、今は…………」
……白蓮歴1089年よ
「…………そうか」
私は混乱しつつも、その事実に嬉しさを隠せなかった。
「ちょ、何よ、急にニヤニヤし出して……気持ち悪いわね…………」
「いやぁ、すまない、嬉しくてね」
だって、白蓮歴1089年と言えば…………我らの国が滅亡した年からおよそ7年前…………つまり、私は何らかの力によって過去に回帰した、または7年分の未来を知ることが出来たということだ。
これで、もしかしたらみんなを……世界を救えるかもしれない!
だが、まずは…………。
「アリアドネ……」
「何よ」
「少し……抱きしめてもいいかい?」
「え、はぁっ!? きも、死ね!」
「あはは、酷いなぁ……」
少し、今の幸せを噛み締めていたい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、現況の把握だ。
アリアドネが部屋を去った後、私は考えを巡らせる。
私が今やらなくてはならないこと、最終目標は突如攻めてきた鉄の軍団、奴らを撃退することだ。
奴らは五つの大国の決死の抵抗をいとも簡単に砕き、その猛攻に我々は為す術なく滅亡してしまった。
だが、今回は違う。
私は奴らの力を、奴らが我々を滅ぼしに来るという事実を知っている。
そして、これからの7年間に起こる全ての事象を知っている。
侵攻が始まるまでにはおよそ7年の猶予がある。
それまでに私は、必ず抗う力を築き上げてみせる。
この事実を他の四国に何とか信じさせ、大同盟を結べば或いは…………。
「いや、ダメだ」
私は首を振る。
我々は長い間平和を築き上げていた。
しかし、それは決して仲良しこよしで成し遂げられたものではない。
互いに牽制し合い、秀でた国には規制をかけ、他国への防壁とするために隣国への支援を行っていた。
思えば鉄の軍団に攻められた時もそうだ。
我らが攻撃を受けた際、我らの元に敵の情報は何一つ無かった。
これは一重に先に滅ぼされた国々がせめて少しでも情報を残そうという献身を微塵たりとも行わなかったからだ。
そんな国々が一致団結して共通の敵を討つことが出来るだろうか?
答えは否だ。
ならばどうするか。
「……戦争だ、征服だ、統一しかなかろう……!」
私の口からこぼれた言葉は、まるで胸の奥底に沈んでいた覚悟を掘り起こすかのように重く響いた。
未来を知るという、この唯一無二の力を無為にするつもりはない。
同盟を結べぬなら、力ずくでひとつにまとめ上げるしかないのだ。
友好など要らぬ。
大義など要らぬ。
必要なのはただ一つ、侵略者を打ち払うだけの統一された力だ。
そのためには、血も流れるだろう。
憎しみも生まれるだろう。
だが、滅びゆく未来を甘んじて受け入れるよりははるかに良い。
私がこれより築き上げるのは、かつての大公国ではない。
五つを束ね、大陸を一つに統べる大帝国だ。
その為にも私はこの国、蒼晶大公国の王にならなくてはいけない。
今は白蓮歴1089年、今から1年後、先代の公王である我が父、ルシアン=アークライトが死去する。
原因は病死らしいが、実の息子なのに当時は影響力が弱すぎたためあまり詳細な情報は得ることが出来なかった。
だがまぁ、そんなことはいい、重要なのは、それによって、本来はなれる筈のない私が公王なれたという事実だ。
先王には三人の息子がいた。
冷静で狡猾な第一王子ダリウス=アークライト。
公国随一の筋力を持つ 第二王子バルガス=アークライト
そして、この私、フィンレイス=アークライトだ。
父の死後、この二人の兄が生きている限り、私が公王になる道など本来は無い。
だが現実は、彼らが互いに争い、共倒れの末に死を迎え、最終的に誰からも見向きされなかった私が王座に就いた。
これは、当時私が一切の影響力を持たなかったことが幸をそうしたといえるだろう。
だが、足踏みしている暇は無い。
仮に私が王になることが出来たとしても、影響力の無い私ではまたお飾りの王となってしまう。
それを何とかするために今私に必要なのは…………影に潜む力だ。
根回しが必要なのだ。
誰にもバレない力を手に入れる必要がある。
幸い、私の記憶には私の力となる可能性のあるものにはいくつか見当がついている。
そうだ、早速彼に会いに……!
俺が目的の場所に向かおうと立ち上がると、閉まっていた扉が勢いよく開いた。
出てきたのはアリアドネだ。
「ちょっと、フィン、さっき私早く準備しなさいって言ったわよね、なんで何の準備もしてないのよ!?」
「え、あ、えっと……なんの準備だい?」
「はぁ? まだ寝ぼけてるの? 決まってるじゃない…………学校の準備よ!」