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1話 大陸最後の砦の滅亡



 この世界にはかつて5つの国が在った。


 大陸の北に位置する、山岳地帯と鉱脈を抱えた鍛冶と機械仕掛けの国

 ――鉄嶺王国(てつねおうこく)


 大陸の西に位置する、広大な草原と荒野に覇を唱える戦と誇りの国

 ――赤狼帝国(せきろうていこく)


 大陸の中央に位置する、砂漠のオアシスにキャラバンが集う交易と富の国

 ――晩砂連邦(ばんされんぽう)


 大陸の東に位置する、聖地を抱え祈りと光に満ちた信仰の国

 ――白蓮聖国(はくれんせいこく)


 …………そして、大陸の北に位置する、蒼き湖に臨む星見の塔で魔を究めた叡智の国

 ――蒼晶大公国そうしょうだいこうこく


 この5つの大国は互いに均衡する影響力により大きな戦争などもなく長きに渡る平和を手にしていた。

 この私、フィンレイス=アークライトが統べた蒼晶大公国そうしょうだいこうこくもまた、その秩序の一翼を担っていた。


 ……だが、平和とは実に脆いものだ。

 我々はやがて訪れるであろう均衡の崩壊を少しでも先延ばしにしようと尽力していた。

 しかし、それは内部からでは無く、外部から訪れた。


 ある日、大陸の彼方の海より、何者かが現れた。

 我らが鍛えた鋼も、狼の軍勢も、砂漠の富も、白蓮の祈りも、彼らの鉄の兵士達の持つ鉄の筒から放たれる光の弾や天空より落ちる破滅の巨矢の前には無力だった。


 稲妻のような光弾が城壁を砕き、炎と煙が大地を覆った。

 魔術師たちが幾重にも結界を張り巡らせても、彼らの攻撃はそれを穿ち、塔を崩した。

 祈りは遮られ、刃は届かず、力は悉く打ち砕かれていった。


 ……そうして、五つの国は一つ、また一つと陥ち、ついには私が治める蒼晶大公国すら、その圧倒的な力に沈んだ。


 かつて均衡の上に築かれた大陸の平和は、遠き異郷より来たりし鉄と炎の侵略者によって、あまりにも容易く、滅ぼされたのだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 滅亡の前日、隣国である白蓮聖国が滅亡した報を受け、私達は星見の塔で緊急の会議を開いていた。


「…………はっはっは、初めのうちは他の国の連中が潰れてくれて助かるくらいに思っておったが、こりゃまずい事になったな」


 そう豪快に話すのは星詠みの賢者()()()()だ。

 その肩書きに似合わず筋骨隆々の肉体に快活な性格をしたご老人だ。

 彼は自身家で、自分の状況を悪く言うことなど滅多にないのだが、その彼がここまで言うという事が今の状況の悪さを物語っていると言えるだろう。


「はぁ、オルフェ、貴方らしく無いわよ……そんな事言ったって状況は良くならないわ、ほら、さっさと解決策を立てるわよ」


 そう冷静に話すのは紅衣の魔女()()()()()だ。

 私の古くからの学友であり、私がこの国の公王となった20歳の時には既に我が国随一の魔女となっていた非常に優秀な人物だ。


「奴らはいつ来てもおかしくないわ…………あの戦闘狂共を滅ぼしてから1週間で白蓮共を滅ぼしたんだもの、遅くて数日、早くて今すぐってとこね」

「そうか…………奴らの攻撃手段について何かわかった事はあるのか?」


 これさえ分かればまだ勝機はあるかもしれない。

 滅ぼされた他の大国からある程度情報は伝わってきているはずだ。

 私はこの会議の出席者達に問いかけた。


 しかし、その問いに答えるものは現れない。


「…………頼む、今は非常事態なんだ、今だけは私に力を貸してくれないか?」


 私は懇願するように問いかけた。

 蒼晶大公国では古くから筋肉のある男こそが尊ばれてきた。

 現にここに出席している者達、つまり上の位に立つ物は筋骨隆々なもの達ばかりだ。

 しかし、私はそうではない。


 生まれつき病弱だった私は公王の家に生まれながらもあまりいい待遇を受けることは出来ていなかった。

 そんな中で我が父、つまり先代の公王が死去した。

 私には兄弟も居たし、その中から誰かが次の公王になるのだろう、そう思っていた。


 だが、悲劇は起こった。

 私の兄弟達は愚かにも公王の座を巡って争い、その結果全員が様々な要因で死んでしまったのだ。

 そうして残ったのがどうやってもその座を継ぐ筈もないため誰からもターゲットにされなかったこの私だったという訳だ。


 そんなこんなで私は公王になってしまった訳だが、勿論そんな私に貴族達がついてくるはずもなく、私はほとんどお飾りのような状態になってしまっていた。 

 玉座に座ってはいても、実際に国を動かしていたのは有力な貴族たちであり、私はせいぜい決裁の印を押すだけの存在にすぎなかった。


 だが、いまや状況は違う。

 五つの大国のうち、既に四つが滅び去った。

 残されているのは我が蒼晶大公国のみ。

 この地に生きる者すべての運命が私達に懸かっているのだ。


「……フィンレイス」


 静かな声で名を呼んだのは、オルフェであった。

 いつもはどんな困難が立ち塞がろうとも強引に片付けてしまう、そんな人物なのだが、その目は、今や揺れていた。


「ワシらが築き上げてきた叡智も……奴らの前では無力かもしれんな」

「……それでも……やらねばならんだろう!」


 私は思わず声を荒げた。

 

 「赤狼も、晩砂も、鉄嶺も、白蓮も……全部が滅んだ今、我らが立たねば大陸は完全に終わる! 病弱だろうと、お飾りだろうと、私は公王だ。この命を懸けて抗うほかない!」


 広間に沈黙が落ちた。

 やがてオルフェが、豪快な笑みを浮かべながら拳を叩きつける。


「……よく言った、若造! ならばワシらがその命、最後まで支えてやろうじゃないか!」


 オルフェの瞳にはいつもの炎が宿っていた。

 

「ふん……仕方ないわね」


 アリアドネが肩をすくめる。


 「私だって、タダで滅ぼされるなんてまっぴらごめんよ」


 会議の空気が、わずかに変わった。

 絶望の淵にあっても、誰もまだ完全には死を受け入れていない。

 そうだ……まだ、抗える。


 私たちの心が一つになろうとした…………その時だった。


 突然、外からけたたましい鐘の音が鳴り響く。


「ぬぅっ!? こ、これは…………!?」

「はぁ、さいっあく! こんなに早く来るなんて……!」


 鐘の音と共に爆音が鳴り響き、大地が揺れる。

 この鐘の音はそう、敵襲の合図だ、それもこの大きさ、国民全員が立ち上がらなくては滅亡の危機に至る、それほどの敵が現れた合図だ!


「くぅっ!? 皆の者、落ち着け! 結界だ、市民をこの塔に匿い、結界を貼るんだ!」


 私は喉が裂けんばかりに叫んだ

 塔の門が開き、避難してくる人々の列が押し寄せる。

 泣き叫ぶ子供、必死に背を押す母親、老人を抱えて走る兵士、誰もが恐怖に顔を引き攣らせながら、それでも生き延びようと必死だった。


「結界を! 至急、七重に張れ!」

「陣形を崩すな、魔力を均一に流せ!」


 星見の塔の魔術師たちが詠唱を開始し、光の膜が空を覆っていく。

 勿論私もそれを手伝う。

 六重、七重……重ねられた結界は塔を中心に広がり、蒼い光が街を包み込んだ。


「はっはっは! これなら奴らの面妖な光の弾も容易には通るまい!」

 

 オルフェが叫ぶ。声には威勢があったが、その顔に浮かぶ汗は、彼自身も無理をしていることを示していた。


「皆……どうか耐えてくれ……」


 私は祈るように呟いた。


 だが…………次の瞬間、爆風が私たちの傍を駆け巡った。


「ぐぅっ!?」


 魔術師たちの悲鳴。

 その上から、次々と鉄の巨矢、見たこともない光の雨が降り注ぐ。


 蒼い湖が蒸発し、街の半分が爆炎に呑まれた。

 結界の破片のように散った魔力が空を舞い、叫び声と泣き声が一瞬にして途絶えていく。


 なんなんだこれは……………結界が一瞬で突破された?

 いや、違う、結界はそのまま残っている。

 つまり…………この攻撃は、完全に非魔術性の攻撃だということだ。


 ありえない! 魔術を使わずとしてこれ程までの威力の攻撃を行うなど不可能だ!


 だが、そんなことを考えようともその猛攻は止まない。


「いやだ……助けて……!」

 

 子供を抱いた母親が炎に呑まれるのが見えた。

 兵士たちが盾を掲げたが、光弾はそれを容易く貫き、血と肉を散らした。


「だめだ! 結界は諦めて、はやく退避を……!」

 

 私が叫ぶよりも早く、二撃目の閃光が塔を直撃する。

 石造りの壁が爆散し、天井が崩れ落ちる。

 崩れ落ちた石材は私の頭上目掛けて一直線に落下していた。


「くっ、これまでか…………」


 私が死を覚悟して目を瞑った時、声が聞こえた。


「フィンレイス!!」

 

 アリアドネの悲鳴だ。  

 崩れ落ちる瓦礫の中、アリアドネが私の身体を押し飛ばした。

 それのお陰で私はその瓦礫から逃れることが出来た。

 だが、次の瞬間、彼女の細い背を石塊が無惨に押し潰した。


「アリアドネ!!」


 私の絶叫は、轟音に掻き消された。

 必死に瓦礫を掻き分けようとするも私の力ではビクともしない。

 そうしているうちに私の元へ駆け寄る音が聞こえてくる……鉄の兵士だ。


 奴が私に鉄の筒を向け、その猛威を振るわんとした時、突然奴の体が吹き飛んだ。


「っ! オルフェ!」


 そこに居たのはオルフェだった。

 オルフェは血を吐きながらも、鉄の兵士の体を吹き飛ばし、さらに追撃を加えんとしていた。

 

 「若造……! お前は生きろッ……!」


 オルフェは私に向かって豪快な笑みを浮かべた。


 だが、次の瞬間、鉄の矢の雨が彼を容赦なく貫いた。

 胸を、肩を、腹を。

 まるで串刺しにするように。


「ぐっ……はは……ワシの筋肉も、ここまでか……」

 

 笑みを浮かべたその顔が、崩れ落ちる石と共に地に沈んだ。


 星見の塔は既に半ば以上が炎に包まれていた。

 結界の破片が散り、蒼晶の湖は黒煙と血で赤く染まっていく。


「なぜだ……なぜ、ここまで……」


 嗚咽混じりの声をあげる私の足元に、避難してきた人々が次々と倒れていく。

 老人も、子供も、兵士も、誰一人として抗えない。


 大地を裂く轟音。

 空を覆う閃光。

 そのすべてが、私たちの叡智も祈りも誇りも、全てを嘲笑うかのようだった。


「……神よ……もし本当に存在するのなら……」

 

 私は血に濡れた大地に手を突き、我らが捨てたはずの祈りを捧げた。

 

「私に……もう一度…………チャンスを!」


 答えはなかった。

 ただ、耳を裂く轟音と、瞼を焼く閃光だけがあった。


 塔の最上階が崩れ落ち、私の視界を白が塗り潰す。

 熱と衝撃が全身を切り裂き、意識が闇に呑まれていく。


 大陸最後の砦、蒼晶大公国はこの日、私の命の灯火と共に滅んでしまったのであった。

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