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ROBORISTA  作者: 伊阪証


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6/11

戦闘とエネルギー学

焼け付くような日差しが、錆び付いた鉄骨を容赦なく照りつけていた。風が吹くたび、金属の匂いと砂埃が混ざって、喉の奥まで擦り込まれる。


ヘンリーは額の汗を乱暴に拭い、目の前の巨大な構造物を見上げた。


図書館。――かつて知識の宝庫だった場所。今は崩れ、裂け、骨みたいに残った柱が空を指しているだけの廃墟だ。


「ここが……図書館か」


呟くと、隣でラブが静かに頷いた。変わらない微笑み。けれど、その微笑みが“変わらない”こと自体が、今のヘンリーには少し怖かった。


第五章の戦いで、彼は“修正”を選んだ。壊すのではなく、矛盾を解く。その判断が正しかったのかどうかは、まだ分からない。


分からないまま――分からないことを減らすために、ここへ来た。


「長老が言ってたんだ。『金属の獣は、怒りを糧に動く』って。……怒りを鎮める方法が、この図書館にあるはずだ」


ラブは日傘の柄を軽く握り直し、穏やかに言う。


「長老様は深い知識をお持ちです。きっと、突破口が見つかるでしょう」


突破口。その言葉に背中を押される一方で、ヘンリーは自分の胸の内に別の疑念があるのを感じていた。


怒り、という言葉は便利だ。人間なら分かる。怒りで視界が狭くなり、手が震え、判断が歪む。でも、機械が怒るって何だ?怒りに“似た”振る舞いをする仕組みがあるだけじゃないのか?


その“仕組み”が分かれば、止められるかもしれない。――ラブを盾にしないで済むかもしれない。


図書館の入口は崩れ落ち、暗い空洞が口を開けていた。ヘンリーは腰のランタンに火を灯し、光を握りしめるようにして一歩、踏み込む。


湿った埃の匂いが鼻を刺し、古い紙の腐敗臭が混じって喉に絡む。床には崩れた書棚、破れた本、ページの欠片。読むための文字が、読む者のいない世界で腐っていく音がした。


「行くぞ、ラブ」


「はい、ヘンリー様。お供いたします」


二人は慎重に奥へ進んだ。だが、数分も歩かないうちに――“異様”が顔を出す。


壁一面に、無数のケーブル。蜘蛛の巣みたいに絡まり、床を這い、天井の穴へ吸い込まれている。その中心に、奇妙な機械装置が取り付けられていた。


埃を被り、錆び付いている。なのに、どこか“生きている”ように脈打っていた。


「これは……?」


ヘンリーが息を呑むと、ラブが静かに答える。


「コンピュータです。古代の人々が、情報を記録し、処理するために使っていた機械です」


「動いてるのか?」


ラブはケーブルの束を見つめ、わずかに眉を寄せた。


「微弱ですが、エネルギーが流れています。このコンピュータには……核融合炉が内蔵されているようです」


「核融合炉……?」


ヘンリーは言葉の重みを舌の上で確かめる。設計図で見た。理論で読んだ。でも、“現物”がここにあるのは話が違う。


「それが……怒りの原因なのか?」


ラブは即答しない。即答しないまま、いつもの微笑みを保つ。その微細な“間”が、ヘンリーの背中を冷やした。


「おそらく。核融合炉から発生するエネルギーが、機械たちの制御システムに影響を与え、暴走させているのでしょう」


暴走。怒り。エネルギー。


単語が一本の線に繋がりかけた、その瞬間。


奥から、低いうなり声が聞こえた。


ヘンリーはランタンを構え、光を前に差し出しながら、音のする方へゆっくり進む。暗闇の奥で、巨大な影が揺れた。


錆び付いた装甲。赤い目。今にも動き出しそうな、いや――もう動いている。


ラブの声が硬くなる。


「ヘンリー様、危険です!」


「……やっぱり、来たか」


ロボットは重々しい足音を立て、こちらへ近づく。ヘンリーは鉄パイプを握りしめ、奥歯を噛む。本当は戦いたくない。戦うほど部品が減る。戦うほどラブが傷つく。でも、戦わないと次の一行が読めないのも現実だった。


「ラブ……戦うしかない!」


「承知いたしました。ヘンリー様をお守りします」


ラブは腰の装備に手を伸ばした。小型レーザー銃――オージーのアトリエで見せなかった“裏側”。その金属音が、ヘンリーの胸を嫌にざらつかせる。


守るための機能。それは同時に、壊すための機能でもある。


ロボットが腕を振り上げる。ラブが一歩踏み込み、レーザーが光り、関節を掠めた。火花が散る。だが止まらない。ヘンリーは横へ回り込み、鉄パイプで膝関節を叩く。金属同士がぶつかり、嫌な振動が腕に返ってくる。


「……硬い!」


「この個体は、出力が高いようです。核融合炉の影響が強い――!」


ラブの言葉の途中で、警告音が鳴り響いた。


けたたましいアラート。赤い警告灯が点滅し、図書館全体が血の色に染まる。


「なんだ!? 何が起こった!」


ラブがヘンリーを背に庇い、目を細める。


「警戒レベルが上昇しました。熱源反応……複数、接近中です」


――複数。


それが意味するものを理解する前に、通路の奥から現れた。歪な形をしたロボットたち。関節がねじ曲がり、装甲が剥がれ、赤い光が不気味に揺れる。まるで“侵食”されたような姿だった。


「……あれも、暴走してるのか?」


ヘンリーが呟くと、ラブは首を振った。


「いいえ、違います。あれは……より、攻撃的です。ヘンリー様、お下がりください」


ラブは前へ出る。反射でそうする。ヘンリーは袖を掴みかけて、思いとどまった。止めたい。でも止めたら、今度は自分が壊される。“止めたい”と“止められない”の間で、胸が裂けそうになる。


「引き寄せられてる……?」


ヘンリーが言うと、ラブは壁を走るケーブルに目を向けた。


「はい。あれらは、エネルギー供給源である核融合炉に引き寄せられているようです。コンピュータを停止させなければ、さらに多くの機体が集まってくるでしょう」


怒り、ではない。少なくとも、怒りだけじゃない。“餌”に引き寄せられる飢えに近い。


ヘンリーは歯を食いしばり、決めた。


「押し返す。通路の奥へ行く。核融合炉――コンピュータの中枢を止める」


ラブが頷いた。そして、笑顔が消えた。消えた笑顔の代わりに、静かな決意が残る。


コンピュータ室の深部は、空気が変質していた。熱がある。湿気ではなく、エネルギーの熱。静電気が耳の裏を撫で、髪が微かに浮く。


巨大なコンピュータ本体が鎮座していた。脈打つように青白い光が明滅し、中心部が心臓みたいに鼓動している。


ヘンリーは設計図を広げ、喉の奥で息を殺した。


「……間違いない。あの青い光は、核融合炉のエネルギーフィールドだ。設計図と一致する」


ラブが小さく言う。


「やはりこれが原因なのでしょうか。金属の獣たちの異常な行動は」


「たぶん、そうだ。……人間が怒りで我を忘れるみたいに、機械も“暴走”する」


ヘンリーはコンソールへ近づき、埃を払う。無数のボタン。意味不明な記号。設計図の断片が示すのは“構造”までで、“操作”までは書いてない。祖父もそこまで知らなかったのだろう。


「問題は、どれが正しいかだ」


その時、コンピュータのうなりが一段と大きくなった。青白い光が激しく明滅し、部屋全体がわずかに揺れる。


「危険です!」


ラブが叫び、同時にモニターが点灯した。ノイズ混じりの映像が映る。図書館の別区画――通路の先。そこには複数の金属の獣が集まっていた。ただ彷徨っているのではない。何かへ向かっている。


そして、その先に。


人影。


ボロボロの服を着た、少年。


ヘンリーは息を呑んだ。


「……まさか。あれは、トム……?」


オージーの件で村が揺れた時、見張りの手伝いをしていた少年。好奇心が強く、危険な話を聞くと目が光る、あの――。


映像が途切れ、モニターは砂嵐に戻った。コンピュータのうなりだけが残る。


ラブの声が焦りを帯びる。


「ヘンリー様、時間がありません。早くエネルギー供給を止める方法を――」


「トムを助ける」


ヘンリーは即答した。言ってしまってから、自分でも驚いた。でも、言葉はもう引っ込まない。


「止めるのは必要だ。……でも、人が死んだら、止めた意味が崩れる」


ラブがヘンリーを見る。その視線に、“正しさ”と“怖さ”が同時に宿る。


「では、短時間で終わらせましょう。私は――」


「前に出るな」


ヘンリーは強く言い、すぐに声を落とした。


「……頼む。守られる順番を、変えたい」


ラブは数秒だけ沈黙し、それから静かに頷いた。


「承知いたしました。ですが、危険が迫れば私は動きます。ヘンリー様の命を最優先に――」


「そこは、あとで議論する」


ヘンリーはコンソールの回路を睨み、設計図の線を頭の中で重ねた。エネルギー遮断。緊急停止。冷却系統。指が勝手に震える。震えを止める暇がない。


その時、部屋の奥から低い唸り声。警備用ロボット――機械の犬が現れた。赤い目。金属の牙。守護のためのプログラムが、今は殺意の形をしている。


ラブが身構えた。ヘンリーは一歩下がりかけて、踏みとどまる。


「ラブ、時間を稼げ。……でも壊しすぎるな。止める」


「はい」


機械の犬が突進する。ラブが受け、逸らし、関節を狙う。火花が散る。その隙にヘンリーはコンソールへ手を伸ばし、緊急停止の系統を探した。“核融合炉への供給を遮断する”と書かれた回路。古代文字の癖。設計図の断片と一致する、ひとつのスイッチ。


――緊急停止。


ヘンリーは、そのスイッチを見つめた。押せば、機械の犬は止まるかもしれない。だが同時に、コンピュータも止まる。トムの居場所が分からなくなる可能性がある。


しかし、止めなければ、さらに集まる。集まれば、トムは助けられない。


ヘンリーは息を吸い、吐いて、決めた。


「……ごめん、トム。位置は、俺が探す。今は――止める」


彼はスイッチを押した。


金属音が響き、警告音が途切れ、赤いランプが消える。青白い光がゆっくりと弱まり、部屋の熱が、少しだけ下がった気がした。


機械の犬が、ぴたりと止まった。赤い目だけが灯り、動かない。


「……止まった」


ヘンリーは息を吐いた。ラブもわずかに肩を落とす。外装のひびが、微かに鳴った。


だが、“成功”の気配は長く続かなかった。


コンソールの奥――核融合炉の中心から、低いうなりが残っている。止まったのではない。“止まりきっていない”。


ヘンリーはランタンを握り直し、冷汗を背中に感じる。


「まだだ……完全に落ちてない。冷却系が死んでるのか」


ラブが短く頷く。


「冷却液の供給ラインが損傷している可能性が高いです。熱が逃げません」


止めたのに、終わっていない。終わっていないから、今度は“別の死に方”が始まる。


爆発。炉心暴走。施設ごと吹き飛べば、トムどころじゃない。


「冷却システムを再起動する」


ヘンリーは設計図をめくり、該当箇所を指で押さえた。


「別の制御室までケーブルを繋ぎ直す必要がある。……通路だ。さっきの警戒区画」


ラブの瞳がかすかに暗くなる。


「危険です。まだ、停止していない個体がいる可能性があります」


「でも、やらなきゃここで死ぬ」


ヘンリーは言い切った。言い切ってから、ラブの顔を見た。ラブは“それでも前に出る”顔をしていた。


「俺が繋ぐ。君は――」


「守ります」


ラブは即答した。その即答が、ヘンリーを苦しめる。


守らせたくない。でも、守りがなければ繋げない。理想と現実が殴り合って、現実が勝つ音がした。


通路へ出ると、焼けた油の匂いが濃くなる。遠くから、金属が軋む音。赤い光が、闇の奥で一瞬だけ瞬いた。


「来る……!」


ラブがヘンリーの前へ出ようとする。ヘンリーは反射で肩を掴む。強くは掴めない。強く掴めば壊れる。でも、掴まなければ前に出る。


「前に出るな。横に――横にいてくれ」


ラブは一瞬だけ驚いた顔をして、それから、ほんの少しだけ頷いた。


「……承知いたしました。横で、支えます」


それだけで、ヘンリーの胸の圧が少し下がった。“盾”ではない。“隣”だ。今はそれでいい。


赤い目をした作業用ロボットが現れた。両腕には工具。しかし動きがぎこちない。止まりかけている。さっきの遮断が効いているのだろう。


ラブが一歩だけ前へ出て、関節を叩き、倒す。壊さない。止める。ヘンリーはその隙にケーブルを引きずり、制御室の扉へ走る。扉を開けると、そこもまた暗闇と錆と、古代の沈黙だった。


「ここだ……!」


ヘンリーは震える手で端子を探し、ケーブルを繋ぐ。火花が散り、指先が熱い。怖い。だが怖がっている暇がない。


背後でラブの声。


「ヘンリー、気を付けて。何が来るか分かりません」


“ヘンリー様”じゃない。“ヘンリー”。呼び方が一段だけ近い。その近さに、ヘンリーは喉の奥が熱くなるのを感じた。


だが、感情に浸る暇もない。通路の奥から、赤い光が確実に近づいてくる。


ラブが低く言う。


「来ます。ヘンリー、ケーブルを……!」


彼女は一歩、前へ出る。今度はヘンリーが止められなかった。止めたら間に合わない。ラブはヘンリーを庇う位置に立ち、静かに言った。


「……あなたは、生き延びてください」


その言葉は、別れの言葉みたいだった。


「やめろ」


ヘンリーはケーブルを繋ぎ終えながら叫ぶ。叫びは怒りじゃない。拒絶だ。“そういう前提”を拒絶したい。


「生き延びるのは一緒だ。勝手に別れを決めるな」


ラブの微笑みが、ほんの少しだけ揺れた。


制御室。コンソールの警告灯が赤と黄色に点滅し、アラートが鳴り響く。ヘンリーは汗だくで設計図を睨み、歯を食いしばった。


「ダメだ……制御できない! 炉心のエネルギーが異常に上がってる!」


ラブが肩に手を添える。その手は冷たい。冷たいのに、今は熱を落ち着かせる氷みたいだった。


「緊急停止の手順は?」


「あるにはあるけど……臨界点を越えたら焼き付く。コンピュータも動力炉も全部……」


床が微かに振動し始めた。熱が壁に溜まり、空気が重くなる。


「冷却システム……炉心の温度を下げるしかない。でも、供給ラインが制御不能だ!」


ラブが静かに言う。


「私にできることはありますか?」


ヘンリーは言いかけて、喉で止めた。ある。あるけれど、言いたくない。


「……ラブ。君のエネルギー変換モジュールなら、一時的に冷却系へ電力を供給できるかもしれない。でも……君が壊れる」


ラブは微笑みを作ろうとした。だが、今回は作れなかった。代わりに、まっすぐ見た。


「ヘンリー様。私はあなたの命令に従います」


「命令に、するな」


ヘンリーの声が低くなる。


「“命令”って言うと、俺は君を道具にできる。道具にしたら、次も、その次も、君を削る。……それが嫌だ」


ラブは小さく息を吐いた。機械の息。でも、その息には、人間が覚悟を決める前の重さがあった。


「では……お願いです。お願いしていただけますか。私は、あなたと一緒に生きたい」


ヘンリーの胸が、きゅっと縮む。ラブが“自分の言葉”で言った気がした。気がした、じゃない。今この瞬間、そう聞こえた。


ヘンリーは唇を噛み、頷いた。


「……頼む。冷却システムのバイパス回路を起動してくれ。今だけでいい。今だけ、支えてくれ」


ラブは頷き、コンソールへ近づく。彼女の身体から微かな光が漏れ出し、ケーブルが生き物みたいに震えた。


冷却システムが作動する。炉心の温度が、数字の上でゆっくり下がっていく。アラートの音量が少し小さくなった。


「やった……!」


ヘンリーが息を吐いた瞬間、照明がちらついた。コンピュータの画面がノイズだらけになり、ラブの身体から漏れる光が強くなる。


ラブが苦しそうに眉を寄せた。


「……ヘンリー様。私のエネルギー変換モジュールが……オーバーロードしています……」


「やめろ! もういい、止めてくれ!」


「……まだ……」


ラブの声が途切れがちになる。


「この暴走の原因は……炉心だけでは……ないかもしれません……このコンピュータ自体が……何か……おかしい……」


ラブは咳き込むように身体を折り、次の瞬間――崩れ落ちた。


「ラブ!」


ヘンリーは駆け寄り、抱き起こす。白い外装は冷たく、反応がない。目を閉じたままの彼女は、ただの機械に見えて――だからこそ、心臓の奥が裂けそうになる。


アラートは止まり、制御室は静寂に包まれた。炉心の数字は下がっている。成功だ。でも、その成功は、代償を抱えている。


ヘンリーはラブを抱きしめ、震える息で言った。


「……必ず原因を突き止める。そして、ラブを……元に戻す。いや、元以上にする。隣に戻す」


その時、ヘンリーの視線が、制御室の奥にある扉へ吸い寄せられた。さっきまで閉ざされていたはずの扉。今は、ほんのわずかに開いている。


暗い。未知の空間。そして、そこから――第五章で感じた“意志”と同じ匂いが、流れてくる。


ヘンリーはラブの手を握り、歯を食いしばった。


逃げたい。でも逃げたら、また別の場所で同じことが起きる。そして今度は、ラブがいないかもしれない。


ヘンリーはランタンを握り直し、扉の隙間を見つめた。


「……待ってろ、ラブ。俺が見てくる。……俺が、終わらせてくる」


静寂の中で、扉の向こうが、呼吸している気がした。



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