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運ばれぬ弾と、届かぬ射線 2

時刻:13:44|場所:南西諸島・T島西部丘陵砲陣地(標高84m・第4中隊前進支援射点)

 風が止まっていた。砲陣地は丘の尾根筋に沿って3門のFH-70榴弾砲を並べていたが、その背後、草に覆われた斜面では、偽装用ネットの下で自走式の弾薬パレットが空っぽの音を立てて転がっていた。空のパレットは風が吹くたびに、金属の打ち付け音を響かせ、前線兵たちの焦燥を逆なでしていた。


 「目標、敵舟艇群。北北西3,500。速度6ノット。弾幕配置指示、至急!」


 観測班の飯田士長が無線機に向かって叫ぶ。


 砲撃指揮は既に準備済み。風向・湿度・標高補正値・装薬設定・信管条件まで完璧に整っている。それでも砲は沈黙していた。理由はただ一つ――弾がない。


 藤田3曹は、3門のうち最も西端にあるFH-70の砲尾に身をもたれかけたまま、無言で両腕を組んでいた。**汗で濡れたシャツの襟元は塩で白くなり、頭の下には油染みのついたデータバインダー。**それは、既に意味を失っていた。


 「残り3発、です。HE×2、白燐弾×1。対舟艇火力には不足」


 装填手の仁木が報告する。タブレットには、中央補給処からのオンライン在庫照会ログが開いているが、「南西方面第5小隊配置分:再配分未定」の文字が赤く点滅していた。


 丘の中腹では、通信車両と簡易設営テントが連結されており、そこでは砲兵小隊長の本橋中尉がタブレットを両手で掴んでいた。目の前には、山岳地図に重ねられた島嶼間の補給ルートと、それを横断する赤線――「敵ドローン索敵活動域」のシミュレーションライン。


 「撃てば勝てる。だが撃てば終わる。わかるか、この逆説が」


 隣にいた情報小隊長の峯田准尉が苦笑した。「“撃てば勝つ”けど、“次が来ない”んですよね」


 「それがこの戦場の形だ。島と島で完結できねえ。陸自は“海を持たない軍”なんだよ」


時刻:13:55|奄美大島・陸自第4師団補給管理隊 臨時集積拠点(旧工場倉庫跡地)

 冷蔵倉庫を転用した補給集積拠点では、155mm榴弾砲弾のパレットが無造作に並べられていた。**標準榴弾(HE)、白燐弾、照明弾、APFSDS(装甲貫通)など含めて計684発。**その全てが、今も「島のこちら側」にあった。


 白石2尉は、半分壊れた事務椅子に腰掛け、バッテリーが弱ったタブレットを手で叩いた。スクリーンには、補給要請の送信記録が残されている。


 > 【補給要請コード:BR-15】

 > 要請元:T島・第4中隊

 > 要求品目:155mm HE 120発/信管M739×120/装薬単体3号×120

 > 運搬手段:未設定

 > 結果:保留(理由:輸送不可)


 「つまりだ。弾薬は、“存在している”。だが――“届かない”」


 白石は隣の補給課の坂元陸曹に言った。


 「陸自に“海を渡る弾薬運搬手段”はあるか?」

 「ありません。運べるのは、あくまで陸上車両、しかも本土演習対応の短距離型です」


 実際、陸自の73式弾薬運搬車は、道路輸送は得意だが、**LCAC(エアクッション型揚陸艇)や輸送艦甲板への直接対応構造ではない。**パレット式でもないため、船上運搬中の揺れ対策が不十分とされていた。


 それでも白石は食い下がった。


 「なら、海自の輸送艦に積め」

 「海自第2輸送群は、現在護衛艦への給油作業中。次の航行指令は“宮古海峡北”とのことです」

 「T島はその逆だ」

 「はい、“逆”なんです」


 彼らの視線の先、倉庫のシャッターは半開きで、その隙間から見える海は光を弾いていた。だがその海は、敵偵察ドローンと自爆艇が徘徊する“封鎖線”だった。


時刻:14:21|T島・第4中隊射撃陣地(再)

 風が変わった。島を巻く海風が、湿り気を含んで榴弾砲の砲身を撫でていく。砲手の藤田は、砲身に濡れ布を巻き直していた。使用後の金属膨張が想定以上で、再装填もできなかった。


 「残弾は2。撃てば、すべてが終わる」


 本橋中尉が言った。


 「撃たなければ……敵は来るぞ」


 「撃てば、次の24時間、島に火力はゼロです」

 「上陸されたら?」

 「……小銃で迎えるしかないですね」


 そのときだった。観測班から無線が入る。


 「敵舟艇群、接近中。距離2,200」

 「射撃許可、求む」


 本橋は迷わなかった。


 「撃て。命中させろ。これは、弾じゃなく、“時間”を買う一撃だ」


 ズゥン――ッ!


 音が空気を引き裂き、榴弾が空へ吸い込まれていった。


 2発目が続く。


 3門の砲のうち、動いたのはその1門だけだった。他は、装填不能。信管未到着。弾薬箱内で漏洩した液剤が腐食し、爆薬検査に不合格だった。


 着弾確認。敵舟艇群のうち1隻が航行不能。が、それだけだった。


 観測士長が最後の報告を無線で告げた。


 「以後、火力支援不可。砲弾、完全消費」


時刻:17:20|同日夕刻・T島海岸沿い

 敵上陸艦が2隻、島北端に接近していた。それを迎えるべき火砲は既に、“ただの鉄塊”となっていた。


 砲があっても、弾がなければ、それは祈りにすぎない。


 陣地の兵たちは、火砲の砲身を毛布で覆い、塩風を避けながら、夜を待っていた。



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