運ばれぬ弾と、届かぬ射線
時刻:13:44|場所:T島・第4中隊前進射撃陣地
射撃観測手の藤田3曹は、ラジオ無線のイヤフォンを押さえながら、汗のにじんだ手袋を握り直した。
榴弾砲、FH-70。陣地には3門が並んでいるが、実際に動けるのは1門だけだった。
原因は単純だ――砲弾が足りない。
午前中、敵舟艇群を視認。観測班が火点マーカーを打ち、目標座標は割り出された。
「照準良し、水平射角装填――って、待て、え、これ最後の3発?」
装填係の仁木が叫んだ。砲弾ラックは、ほとんど空。後方に並ぶパレットには、輸送時に振動で割れた弾薬箱が1つあるのみ。爆薬と信管も一致せず、装填不可。
指揮所では、小隊長の中尉が背筋を伸ばし、地図を睨んでいた。タブレット上の弾薬管理アプリには、赤字でこう記されていた。
> 「残弾:HE(榴弾)3、AP(対装甲)0、照明弾0。次回補給予定:未定」
場面切り替え:時刻 13:55|奄美大島・第4師団補給管理隊臨時拠点
「弾薬は、ある。だが……運べんのだ」
小型冷却機の音がうなる中、補給科の白石2尉は、目の前の陸自幕僚補給官に言い切った。
「155mm砲弾300発、与那国・石垣・T島向け、コンテナ内で保管済み。だが、運搬車が、無い」
**「陸自が持ってる弾薬運搬車(73式)は全て“本土向け演習設定”で配備。**この島には、最大で3台。しかも、“海を越える運用”には構造上対応していない。
「海自? LCAC(エアクッション揚陸艇)か、輸送艦?」
「LCACは南海域に集中展開中で、護衛艦の補給任務が優先。輸送艦は『警戒航行中』で、この海域には回せないとさ」
「じゃあ、どうする。ゴムボートで運べってか?」
「……ドローンと偵察艇がうようよしてる海峡を、か?」
白石は頭を抱えた。弾はある。だが、それを島に送る手段が、陸自には“制度的に存在していない”。
海を越える輸送=海自管轄。だが、南西諸島全体が分散戦闘状態になっており、海自の艦艇は常に「何か」を優先している。
再び前線:14:18|T島・第4中隊陣地
「敵舟艇、接近。距離3,000」
「残弾、残り2」
観測班の士長が無線に焦りをにじませる。
砲手の藤田は、砲身を据え、照準器を覗きながら呟いた。
「撃てる。でも、次が、ない」
**「だからこそ、撃つんだよ」**と、通信手の浜田が低く応えた。
ズン。
大地が低く揺れ、1発目が唸りを上げて空へ消えていった。
続いて2発目。だが、3発目は撃たれなかった。
装填係が、空のラックを指差しながら言った。
「あとは……もう、砲身を眺めてるだけっす」
場面:15:32|T島指揮所・無線交信ログ
> 「前線維持中。火力支援要求」
> 「弾薬欠乏のため、対応不可。南進敵舟艇群、未阻止」
敵側:海上監視ドローン映像記録(解放軍側)
「T島沿岸、砲兵火点の発射を確認。3発。以後、沈黙」
「火点無力化確認済。後続群は行動継続」
解放軍指揮官は眉をしかめた。
「撃ってきたが……反撃はない。どういうことだ」
時刻:17:20|T島・砲兵陣地(夕景)
藤田たちは、砲身に布を巻きつけ、夜露対策を施していた。
風は湿り気を増し、空のパレットが乾いた音を立てて転がる。
彼らは、砲が壊れたわけでも、照準が外れたわけでも、敵に撃たれたわけでもない。
ただ、「撃てる弾」が、なかった。
火力を有していながら、それを発揮できぬ前線。
存在していながら、「届かぬ弾道」。
それが、「戦争」の形を変えた。