エピローグ
ボルヘイムは一人残らず全滅した。
その一大ニュースはレイブルノウ王国全土へ瞬く間に駆け抜けた。
悍ましき恐怖の日々の終焉。
若者たちは仕事も忘れて祝杯を挙げ、一定の年齢以上の者たちは、ようやく安心して眠れると心から安堵した。
半壊した王都の復興も順調。
作業に勤しむ者は皆、晴れやかな気持ちで自分たちの未来を作り上げるためにより一層精を出した。
しかし、喜びを噛み締める者もいれば、悲しみに暮れる者もいる。
それは犠牲となった者の家族や恋人、友人たちだ。
この件で尊い命を散らせた者は、誰であろうと一人残らず勇者として祀られ、慰霊碑に永遠にその名を刻むこととなった。
救国のために散っていった英霊たちよ。
どうか安らかなる眠りの中で、永遠にレイブルノウの風を漂いたまえ。
残された人々は、そう祈りを捧げる。
失った大切な誰かを決して忘れないために。
「もう、行ってしまわれるのですね」
あと少しで太陽が東の空に沈む頃。
王都から離れた西の街道にサリアリットは立っていた。
彼女と向かい合う春賀は東日に照らされながら、あはは、と苦笑する。
「うん。さすがに地球人の僕がこの国にいるわけにはいかないし」
あれから一週間が経過した。
魔道ミサイルの爆発から生還した春賀達は、出迎え一つない王都の門のところで驚くべきことを耳にした。
なんと人がモンスターに襲われたというのだ。
葉時目が人とモンスターとの盟約を解いた影響がすでに出始めていた。
大騒ぎする人々を物陰から窺っていた春賀は、そのまま王都の敷居を跨ぐことなくコソコソとその場から逃げ出した。
もし見つかっていたら、諸悪の根源として磔にされていたかもしれない。
「たまたま会った、遊び人のケンちゃんって人が教えてくれて助かったよ」
「原因はなんだって話になれば、槍玉に上がるのは地球人だろうし。そうなるとハルカっちの立場は非常に危うい。だったら死んだことにして、雲隠れする方が具合がいいわな」
いつの間にか着流しを着た顔面白塗りのおっさんがいた。
「あ、ケンちゃんさん。あの時はありがとうございます」
「おう、てやんでぃべらぼうめぃ。水臭いことは言いっこなしよ、べいべ」
「・・・お父様?」
「いんや違うぜおっぱいボインのお姫ちゃん。俺っちは遊び人のケンちゃ―――」
サリアリットの拳がケンちゃんの顔面にめり込んだ。
ケンちゃんは〇んだ。
「またお城を抜け出して。冗談は王族化粧を何とかしてからおっしゃってください」
そう言う彼女も、春賀たちを見送るためにこっそり城を抜け出していたりする。
「・・・はは。そんなわけで、せっかくだからこの世界を旅してみようかなって」
春賀は後ろへ振り返る。
黄昏時のオレンジに照らされた屋台と、それに連結された屋根付きの荷車。
その中には魔道人形マギアギア・エリスが格納されている。
「旅をしながら、この世界に召喚された地球人をもとの世界に返してあげるんだ」
「・・・とても、立派ですわ」
「えへへ、ありがとう」
ぱらら~らら、ぱららららら~。
夕暮れに響くノスタルジックな笛の音。
「おいハルカ、いつまでそうしている」
屋台からグリシナがやってきた。
エプロン姿の彼女は、首から紐で繋がれたチャルメラをぶら下げている。
「ああ、グリシナちゃんずるいよぅ! 僕が最初に吹きたかったのに!」
「うるさいへっぽこめ。私はこれが気に入ったんだ。営業中は私はこれを吹く係をやるぞ」
そうなのだ。
旅をするにも路銀は必要。
そこで春賀が思いついたのは、ラーメン屋台で旅の資金を稼ぐことだった。
ケンちゃんの伝手で三日間みっちりラーメン修行を受け、見事免許皆伝を頂くことができた。
「ぶも!」
ミノタウロスが。
グリシナはなかなか筋がいいと褒められていた。
春賀はお察し。
「お前は奏多様のおさがりの靴をもらったんだからいいだろ。私なんて・・・うう」
グリシナが大切なコレクションを捨てられた的な顔をする。
ポケットの中で何を握り絞めているかは知らないが、春賀は考えないことにした。
おそらく奏多がこの世界に召喚された時に履いていた、このスニーカー。
少しサイズが大きいが、裸足に比べれば快適そのもの。
これなら、どこまでも歩いていけそうだ。
かくして、
揚げ麺使用の醤油らーめん専門屋台『ミーくんら~めん』は、西の方角へ向けてめでたく営業初日を迎える運びとなった。
「それにしても遅いな出前係のやつ。初日からこれとは呆れた奴だ」
「ぶも」
「店長もそう思うか。まったく」
赤ちょうちんに明かりを灯し、屋台の屋根へ上ったグリシナが、ハンドルのところに立つミノタウロスと、初日から遅刻を決め込むダメ店員に愚痴をこぼし合う。
その時だった。
東に沈む太陽の方から、流星がキラーンと煌めいた。
どっきゃ―――――――――――――――――――――――――んっ!
流星が屋台に落下した。
直撃は免れたが、衝撃で屋台車全体が激しく揺れ、一部の外装にデケぇ穴が開いた。
唖然とする一同の前で土煙が舞う。
「あー、アーあー(チューニング)。んっ! んんっ! げっほがっほ!」
むせてる。
「おまっとさんでした! 颯爽登じょ・・・あ、こっちか」
白のローブ姿が、くるっと振り返った。
紅いポニーテールを翻し、ゴーグルを外す。
「天才巨乳美少女魔法使いにしてベリベリセクシー看板娘、ご存じフィアーナさんです! キマッた」
迷惑系魔法使いがトレードマークの箒を片手に堂々と名乗りを上げた。
「あ―――アホかーッ! どうせロクなことにならんから、普通に来いとあれほど言っただろう! せっかくの屋台をどうしてくれるんだ、ばかばかばか!」
「フィー! さすがにこれはあんまりですわ!」
「まあまあ、それより聞いてくださいよ。私が旅に出ると言ったら、村の皆さんがいかないでくれって泣いてせがんできてもう大変。急遽お別れの握手会とサイン会を開いて、私が住んでいた家も記念館として丁重に保存を・・・」
「いやお前、家賃未払いで追い出されたんじゃん」
ケンちゃんが、しれっと暴露した。
「しかも、ただでさえゴミ屋敷だったのにボヤで全焼させたとか」
そうらしかった。
なんでも村人たちは、村を出ていくフィアーナに感謝状と記念トロフィーを贈ったらしい。
「そこは〝真っ平〟な盾しとけよ、あいつらセンスね―――」
ケンちゃんは、ぶん殴られた。
「私は流れ星。飛んだ後に痕は残さず、ただ誰かの記憶に残るのみです」
なんかそれっぽいこと言って誤魔化している。
グリシナはプリプリ怒り、サリアリットは苦笑い。
ミノタウロスはさっさと屋台の修理に取り掛かり、ケンちゃんは〇んでいる。
これからこんなんがずっと続くのか。
この場でたった一人の地球人である春賀は、この異世界テンションについていけるのか、ものすごく不安になった。
そんな春賀を覗き込んだフィアーナは彼の首を、ガッ! と抱える。
その心配を吹き飛ばすように意気揚々と言った。
「さあ、ここから私たちの大冒険の始まりですっ! ・・・今度こそキマッた!」
☆
「一緒に行ってもよかったのだぞ」
シムケン王は闇夜に消える赤ちょうちんに目を細め、何気ない感じでつぶやいた。
サリアリットは、そんな父の言葉が少しだけ意外だった。
「・・・いいえ。あの御方と一緒に歩むには、わたくしは多くのものを背負いすぎています。そしてわたくしはそれを捨てられない。捨てるわけにはいかない」
そう答えた彼女の顔は、すっかり一国の姫のものになっていた。
シムケン王は随分と成長してしまった姫君に一抹の寂しさを覚えながら、彼女の頭をそっと撫でた。
それが父としての優しさであり、王としての教えだと気づいた時。
サリアリットの表情から、レイブルノウ王国の姫は暫しの間だけななりを潜めた。
少しずつ遠ざかっていくチャルメラの音。
俯くサリアリットは肩を震わせながら、その音色が聞こえなくなるまで、そこを動かなかった。
そして、次にあの笛の音が聞こえたら、如何なる時でも城を飛び出して彼らを一番に出迎えると、そう心に固く誓った。
(これで、この国の魔法使いはワシらだけになってしまった。はたして再び国が窮地に陥った時、奇跡とやらは起こってくれるかな・・・)
大陸四大大国の一つ、レイブルノウ王国。
地球世界ともっとも近い、風車と技術の国。
そして、―――奇跡に見捨てられた国。
シムケン王は夜空を見上げながら、いつかまたあの星がこの国に落ちてくることを。
一国の王として心の中で人知れず願った。
冷たい風が、流れた
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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
これにて『魔法少女マギアギア☆エリス』は、〝一応〟の完結となります。
拙作を最後まで読んでくれた読者様に最大級の感謝を!
本当にありがとうございます!
この作品は2023年末頃に一度投降したものを諸事情により途中で中断。2024年末に再構成したものを投稿開始したものです。
なんとか完結させることができました。よかった。
またいつか、なにか投稿するかもですので、その時はお目に通していただけると幸いです。
では最後に、本当にありがとうございました☆