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未来から来た巡礼者

「私は未来人。ここに聖地巡礼に来ました」

 そう言ってその未来人、ユリアは俺の前に姿を表したのだった。



――――――聖地巡礼。

それは、ファンが推しのコンテンツの舞台や縁の地を実際に訪れる行為のことである。

最近では様々なアニメや小説の舞台が巡礼先になっており、経済効果も馬鹿にはできないほどである。

とある神社やとある港町が大成功を収めるほかに、作者の出身の村に銅像が立つなど公式からプッシュされる例も少なくはない。

 もっとも俺はそこまでハマることがない至って普通のオタクで、そうした行為とは縁もゆかりも無いはずだった。

そう、あいつが来るまでは――――――





 俺の名前は佐藤悠真。高校2年生の、自分で言うのも何だが平凡な男である。流行りのアニメはなんとなく消化するくらいのオタクだが、特定の推しがいたりグッズを買い漁るほどの熱意はないくらいの至って一般的な感じである。

 あえていえば幼稚園の頃からよく遊んでいた女子の幼馴染がいることくらいが特筆すべきことかもしれないが、これも中学高校と上がるうちにあまり話さなくなったのもまたよくある話でしかないのだろう。

 今日も登校していると同じクラスの友人を見つけた。教師に怒られない程度の茶髪に染めているこの男が中村陽斗だ。


「中村。おはよ~」


「おう。おはようさん。今日の放課後お前も誘って遊ぼうと思ってるんだけど今日は文芸部行く日だっけ?」


「しばらくは借りた本の消化作業があるから行かないかなぁ。先輩たちは投稿サイトの賞が近いとかでちょっとピリついてるし」


「オーケー。それじゃあいつものところにいつもの時間でな」


 そんな話をしながら学校に到着する。中村の視線の先にはある女子生徒がいた。

 高橋美咲。同じクラスの女子で、さっき言っていた俺の幼馴染である。

 家庭的でおしとやか。おまけに成績優秀な自慢の幼馴染である。最近は疎遠だけど。

 赤みがかったロングの髪は外人の血が混じっているからとかなんとか昔本人から聞かされた記憶がある。当時は泣き虫だったあの美咲がいまでは見違えるような美人になっていて、俺は気恥ずかしさを感じてしまう。


「あ~高橋さん良いよなぁ。美人だし。お前幼馴染だって言ってなかったっけ?なんでそんな違う世界行っちゃったの?」


「何度か聞かれているけど、特に理由なんかないよ。お前だって幼稚園の頃からの付き合いなんてそんないないだろ?」


「まぁなぁ~。そんなもんか現実って。それにお前は良い妹もいるしな」


「なんでそこで妹の話が出るんだよ?そういうお前はまだモテる努力っていってその髪やめない気?そんな薄っすらとした茶色普通気づかんって」


「髪の毛の話で薄っすらとかいう単語出すのやめてくんね? 染剤調べるときもなるべくダメージ少ないやつ選んでるんだからさぁ」


 ごめんごめん、と謝りながらも意識は美咲の方についいってしまう。あんな可愛い子と昔仲の良かった泣き虫美咲がいまだに頭の中でしっくりこない感覚がある。俺達はいつからこうなったのだろうか、と考えながらも足は教室の方へ無意識でも向かっていく。教室に着くと陽斗と別れ自分の席へ。始業までスマホをいじっていると先生が教室に来た。


「みんなおはよ~う。元気? 元気だね。全員揃ってるね。それじゃ朝礼終わり!」


 相変わらず適当な朝礼が速攻で終わった。大丈夫なのか?これで。

毎度のことで、これで終わったとして教師はもう廊下に出てしまう。そうするとクラスのみんなも一限の授業の用意を始めるのもまた、いつもどおりの日常である。

 授業も終わった放課後、陽斗とほか数人の友人とゲームセンターで遊んだあと何事もなく解散した。

 これが俺の日常。何一つ変わることのない日々である。

 そして運命のあの日、その日は朝から妙に天気が悪かった。天気予報は晴れ、快晴ですと太鼓判を押していたのだが、ずっとこの街を含めた近隣は大きな雲に覆われてしまっていたのだ。


「今日は雨が降るかもしれませんから、傘を持っていったほうが良いかも知れません」


と先に出ていった妹が忠告してくれたが、たしかにいまにも降りそうな曇天で、ゴロゴロと遠くから鳴る音がしていて、しかもそれは徐々に近づいてきているようだった。

 少し早く家を出た俺は、幸いにも降られることなく校門までたどり着くことができた。

 そこに、見慣れない少女の姿があった。髪はピンク色で、ここの制服ではないどっちかといえばファッションショーで見るような特徴的な服装をしている子だった。オタオタとしながら、周りを見渡しては手元のスマホに目を落としている。なにか困っているようなので声を掛けるとその少女は、


「うひゃあい! なんでしょうか!?」


とめっちゃ驚いていた。

なにか悪いことをしたような気持ちで更に声をかけようとすると、また変な鳴き声を出したので、しばらく待ってからもう一度声を掛ける。するとピンク髪の女の子は、


「あ~びっくりした。ありがとうございます。私つい昨日この辺に到着したばっかりで…。ちょっと場所を探していたんですよ」


「場所? この辺に外国人に人気のスポットとかあったかな…」


「あ~いえ、普通の観光地とかじゃなくてですね…えっといわゆる聖地巡礼って知ってます?宗教じゃない方の」


「まあ知ってるよ。推しのコンテンツの舞台とかゆかりの場所巡る方のことだよね?でもこのへんってなんかあったっけ?」


「それがですね…なんとこの高校なんですよ!」


「えっ? うちの高校って何かの舞台になっていたっけ?」


 うちの高校といえば特に普通な学校だからなにかに使われたとかを聞いたことがない。それとも普通の高校過ぎて海外の日本っぽい学校作るときの参考にでもされたのだろうか?


「はいっ! 私の一番好きな物語の舞台になったんですよ!あなた達はまだ知りませんけど」

 

 まだ知らない? いよいよよくわからなくなってくるが、ともかく話を聞いてみることにする。


「まだ知らないって翻訳されてない向こうの本かなんかなの?それじゃあ構内に入れないかちょっと先生に…」


 聞いてくるよと言おうとしたところでその女の子はとんでもないことをいいだした。


「いえっ私の好きなラブコメ小説『俺と君との恋物語』通称『俺恋』はまだこの時代には刊行されていない、未来の小説なのでっ!」


 ……未来?


「はい。私は未来人。ここに聖地巡礼に来ました」

 

 これこそが、俺の人生を変える始まりだったのだった。

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― 新着の感想 ―
一話時点で凝った設定が出てくるのは他との差別化ができていていいと思う。 そしてそれを地の文ではなくセリフという形で消化しているので伝わりやすい。 冒頭の主人公の普通さをわざわざアピールする流れは少し気…
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