生活の効果音
静かな環境で過ごす機会が、
現代人の生活でそう簡単に
あるのだろうか。
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生活の効果音
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ブアアアアと高速道路駆け抜けていく
自動車の走行音。
ドゴンドゴンと新幹線が加速しながら
流れていく。
ここは主要な線路が通る建物の一部屋。
都心に近いため思い立ったらすぐに
にぎやかな繁華街に出られる反面、
ここで過ごす一日は様々な生活音に
溢れている。
およそ田舎の山の生き物たちの方が、
もっと品よく丁寧だろうと思わずに
いられないほど、都会は一日けたたましい。
誰かの命を助けるために、困っている
人のために走る救急車やパトカーも、
ここまで多いと働いてくれている
職員に感謝しかない。
しかし都会は騒がしい。
けたたましい。
悪く言うととてもうるさい。
それが人間の便利な生活というのなら、
なんとも皮肉だ。
時短を求めて便利を追求してきたのに、
その【便利】のために生まれた余暇を
うるさい音で埋め尽くして、休みにくく
しているのだから。
私の場合、日頃の喧騒から逃れるためにか
反動か、気づけば作業のおともに
流すBGMを求めるようになった。
ラジオやアニメなどの人の声を好む
時期もあったのだけれど、それも
やめた。
どうやら私の頭は人の声であちらこちら
に考えをまき散らしていくようだ。
人の声が含まれている作品を流すと、
目の前の作業に集中できなくなって
しまった。
なにも音の入っていない、楽器の奏でる
長い曲の方が、今の私の作業の友だ。
ちょっと困るのは、この作業BGMを選ぶ
だけなのにスマホ時間があっという間に
流れてしまうところだ。
BGMを選ぶだけで30分は経っている。
時間の無駄に他ならないのに、これが
やめられないのだから、私って愚かだわ
と少し悲しくなる。
小さい頃見ていたアニメの主人公たちは
音楽とともに活躍の幅を広げていた。
かっこいい時はかっこいい音楽を。
悲しい時は悲しい音楽を。
それぞれ背負いながら物語の中を生きて
いくのだ。音楽は人の魅力を高める。
私の人生にもBGMがあるのなら、
できれば悲しい旋律より明るいリズム
がいい。
ちょっといいことをした時は
かっこいい音楽がいい。
実際の生活で自分のために音楽を流す
なんて、結婚式や葬式くらいしかない
気がする。
それなら私は日常のBGMを自分で選んで
流していきたい。
少し恥ずかしいけど、誰に聞かせる
わけでもないのでかっこいい音楽を
流したい。
そんなことを考えながら、今日も1時間
近くBGMに迷ってしまったので、
さっさとやることに取り掛かれる
かっこいい自分にまずはなろうと思った
次第である。




