立ち止まる、じっと待つ。
バスや電車を立ち止まってじっと待つ。
もう見飽きた光景だけど、
よくよく考えればかなり時代を
反映している行動だな、と思い始めた。
今だったら手のひらサイズの
スマホを駆使して、個々人が
好きなコンテンツを楽しんでいたり、
電話などで仕事をしている人もいる。
ぼーっと何かを見つめていたり、
本を読んだり、友人とのおしゃべりに興じたり、
昔からよく見る過ごし方をしている人もいる。
私が小さい頃は、もっとぼーっと
過ごしている人が多かった気がする。
何もせずにあさっての方向を見つめていたり、
下を見てたり、真面目な顔をして
いろいろ考え事をしていたり。
私みたいに周囲の人をちょっぴり
観察してたり。
その頃に比べればスマホなどの発達で、
こういう待ち時間も『スキマ時間』に
換算されて、『何かしらの行動ができる時間』に
変換されている。
「ちょっとした合間に」
「待ち時間にすぐできる」
そんな売り文句が珍しくない。
そうなると、今度は本当に何もせずに
いることが難しくなっているような気がする。
スマホの充電が無くて触れなかったり、
本も持ってなくて手持ち無沙汰だったりすると、
何もできない。
逆に何もできないから休めるんだろうけど、
その「休む」という行為が
また苦戦してしまうのだ。
やりたいことがたくさんある最近は特に、
朝のちょっとした時間があると
「何をやろう?」と考えてちまちま進めている。
だからこそ、じっと待つ、
ただそれだけの行動さえもどかしいと
思ってしまう。
がんばってもがんばらなくても、
特に自分に利益があるわけでは、
今はないけども……。(今は、と言いたい。)
ぼーっとしている時間が
脳にとっては栄養なのだ、と
どこかで聞いたが、
もしそうならもうちょっと宣伝を
がんばってどんどん世の中に広めて欲しい。
じゃないと、「ちょっとした時間で
調べられるでしょ?」とか、
怒られずに済むので…。




