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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 4ー4

 数日が過ぎ、体調が戻った私は登校した。

 制服のスカートを翻し、馬車からふわりと降り立つ。セシリアと共に学院のキャンパスを歩くと、次々に生徒達から声を掛けられた。


 私が「みなさん、こんにちは」と微笑むと、何人かの生徒が胸を押さえてふらついた。そのうちの一人の令嬢が倒れそうになるけれど、側に控えていた使用人に支えられて事なきを得る。

 どういうことと困惑していると、クラウディアが口を開いた。


「ソフィアお嬢様。久しぶりのことで、皆様の耐性が下がっています。笑顔を浮かべるときはもう少し自重していただかないと、死人が出かねません」


 ……ホントにどういうことよ。

 いくら顔だけはいいという設定の悪役令嬢とはいえ、そこまで行くと呪いではないだろうかと不安になる。私が遠い目になっていると、セシリアが私の腕にしがみついた。


「でも、私は好きですよ、お姉様の笑顔」

「……セシリア、可愛いこと言ってくれるわね。――とっても嬉しいわ」


 とびっきりの笑顔を浮かべると、セシリアが呻いて胸を押さえた。少し離れた場所でバタンと音がして、「しっかりしてください、お坊ちゃん!」と叫ぶ声が聞こえてきた。


「……ソフィアお嬢様、自重してくださいと、申しましたよね?」

「ご、ごめんなさい」


 この世の不条理を感じつつ、私はキリリと表情を引き締めた。セシリアが「~~~っ」と身悶えて、どこかから「し、しっかりしてください、お嬢様!」という声が聞こえてくる。


「……私、仮面でも付けた方がいい?」

「いいえ、同学年の方は、肖像画で耐性を付けているのでご心配なく」

「そうなんだ……って、え? 肖像画?」


 なにそれと問い返すけれど、クラウディアは澄まし顔で答えない。セシリアが私の手を引いて、「早く教室に行きましょう、お姉様」と歩き出し、私はそれに促されて教室へ向かった。


「それじゃお姉様、また昼休みにでも」


 セシリアはそう言って隣の教室へ向かっていく。それを見送って教室に顔を出すと、クラスメイトから次々に挨拶をされた。


「おはようございます、皆さん」


 笑顔で挨拶を返してハッとするけれど、特に倒れる人はいなかった。

 よかった……よかったのかな? 肖像画の話が信憑性を帯びてきたんだけど……

 そんなことを考えながらも久しぶりにクラスメイトとの雑談に花を咲かす。そうしてあれこれ話していると、事実がどれくらい知られているのかが見えてきた。


 中には事情を知った上で沈黙を守っていそうな人もいる。けど、大半のクラスメイトは、セシリアが本物の聖女であることと、私が瘴気溜まりを浄化したことくらいしか知らないようだ。

 でも、そんな彼らの噂の中に、無視できない言葉があった。

 エリザベスが婚約をしたというのだ。


 噂は噂。彼らの噂には真実もあるが、根も葉もない噂も少なくない。そういう意味で、エリザベスの件も、まったくのデタラメ、という可能性もある。だけど――と、ローゼンベルク家の状況を考える。


 娘のエリザベスは瘴気溜まりの浄化に失敗し、父であるマクシミリアンはその切っ掛けを作った。聖選の癒し手から活躍の場が奪われていないのだとしても、巻き返しは少し難しい。

 であるならば、このタイミングで婚約という可能性も否定は出来ない。


 でも、もしもエリザベスが望まぬ婚約を強いられているのなら、なんとかしてあげたい。そんなことを考えながら、その日の授業を終える。

 そうして放課後になり、私は隣のクラスへ顔を出した。


「ごめんなさい、エリザベスはいるかしら?」

「エリザベス様なら――」


 振り返った令嬢が私を見てフリーズした。

 それからぽつりと「お姉様……」と呟く。いや、私はセシリアのお姉様であって、貴女のお姉様ではないわよ。なんてことを考えていると、そこにセシリアがやってきた。


「お姉様、迎えに来てくださったのですか?」

「貴女と一緒に帰るのはとても素敵だけど、エリザベスに聞きたいことがあるの」


 私がそう口にすると、セシリアはわずかに俯いた。窓から差し込む午後の日差しが、セシリアのモーヴシルバーの髪に影を落とす。

 いつの間にか、クラスを包んでいた喧噪が消えていた。

 そして私は気が付いた。このクラスにいるはずのエリザベスの姿がないことに。


「もしかして、お休み?」


 尋ねるけれど答えは返ってこない。

 誰か答えてくれる人はと視線を巡らすと、そこにアイリスが立っていた。


「ソフィア様、よろしければ少しお時間をいただけますか?」



 というわけで、私はアイリスとカフェにやってきた。二階部分にあるテラス席に座り、互いに注文を取って、それが届くまでは他愛もない世間話に花を咲かせる。

 ほどなく紅茶とケーキが届き、アイリスの紫色の髪が風に揺れた。彼女はそれを指先で押さえながら、私を前にぺこりと頭を下げた。


「父が聖女護衛の任に返り咲きました。ソフィア様が私達親子のことを高く評価してくださったことが大きいと、シリル様よりうかがっています。心よりお礼を申し上げます」

「私は事実を口にしただけよ」


 実際、最初の浄化では、アルスターが私の無茶を聞いてくれなければシリル様は死んでいた。そして、今回はアイリスが私の合図に気付かなくても、やっぱりシリル様は死んでいた。

 アルスターやアイリスが評価されるのは必然だと思う。そう思って微笑むけれど、アイリスは顔を曇らせた。


「マクシミリアン侯爵が処罰された結果だと考えると、少し複雑ではありますが」


 心に思い浮かべていた言葉をアイリスが口にした。私はそれに驚いて目を見張る。そうして驚く私を見て、アイリスがふっと笑みを零した。


「やはり、エリザベス様の心配をしていらっしゃるのですね」

「え、ええ。アルスター隊長の復帰に水を差すつもりではないのだけれど……」

「その点はお気になさらず。マクシミリアン侯爵の件は残念ですが、父にその資格がなければ、他の騎士団が護衛の任に就いていたでしょうから。その点は誇らしく思っています」

「……アイリスは強いね」


 少し前まで、自分だけ夢を追いかけてていいのかな――なんて悩んでいたのに、魔術師としても、騎士としても活躍して、私が浄化するのを手伝ってくれた。

 彼女を見ていると、私ももっとがんばらなきゃなぁという気持ちになる。

 でも、いまはそれよりも――


「アイリス、もしかしてエリザベスが学校を休んでる理由、知ってる?」

「噂ならば知っています。婚約の手続きで学校を休んでいる、と」

「やっぱり、そうなんだ……」


 マクシミリアンが失態を侵し、エリザベスもまた浄化に失敗した。そして、それを挽回できる保証がない。先行きが不安な状況で婚約を結ぶことが間違いだとは言い切れない。

 でも、私は知っている。彼女が努力して、高い実力を身に付けていることを。


 それに、アラン陛下は実力ある聖選の癒し手を必要としている。ここで焦って、エリザベスが望まぬ婚約を結ぶ必要はない。だから――


「ローゼンベルク家に乗り込みましょう」

「そうですね……って、どうしてそのような発想になるのですか!?」


 アイリスに待ったを掛けられた。


「だって……友達には、幸せになって欲しいもの」


 私が上目遣いで訴えると、アイリスはぱちくりと瞬いて、それからアイリスを冠する花のようにふわりと微笑む。


「私も、ソフィア様と同意見です」

「そうよね。じゃあ、ローゼンベルク家に乗り込みましょう」

「それは自重ください」


 再びたしなめられる。


「どうして? ちゃんと、手紙を送って予定も確認するよ?」

「あ、ちゃんと作法を守る理性は残っているんですね。それなら……いえ、やっぱり冷静になってください。訪問の約束を取り付けるくらいなら、明日のパーティーでお話をなさっては?」

「あぁ、瘴気溜まりを浄化した祝賀会ね。すっかり忘れていたわ」


 ちょっとパーティーが多すぎる気もするけれど、貴族の大事な情報交換の場だ。前世の現代社会と違ってネットも電話もない以上、そういう場は必要になる。

 その場で話をするくらい……可能よね?


 マクシミリアンに事情を説明して、エリザベスを政治の道具にしないように、せめて焦って望まぬ相手と結婚させないようにお願いしようと決意する。

 マクシミリアンなら、きっと分かってくれるはずだ。でも、もしもマクシミリアンも、レミントン子爵のように不義理な性格なら……どうしよう? そんな不安を胸に、私は髪飾りにそっと指を添えた。

 

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