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エピソード 1ー7

 お兄様が退席した後、私は念のために治癒魔術を掛け直してもらった。

 というか、治癒魔術って便利だよね。私も少しなら使えるけど、これからのことを考えたらもう少し勉強しておいた方がよさそうだ。なんてことを考えながら身だしなみを整えていた私はふと、会場の状況が気になった。


「ねぇクラウディア。アラン陛下に無茶なお願いをしてしまったけれど、後でお父様に叱られるかしら?」

「いいえ、シリル王太子殿下を救うために無茶をしたことは叱られるかも知れませんが、発表会の継続を願ったこと自体を叱られることはないと思いますよ」

「……あら、どうして? わりと無茶なお願いだったと思うのだけど」


 クラウディアは「無自覚だったのですか」と呟いて、「ソフィアお嬢様の提案は、王家にとって渡りに船だったからですわ」と言った。


「私の提案が渡りに船? 王族は発表会を続けたかったと言うことかしら?」

「ええ。湖上の魔術発表会は、魔術師を育てるという名目で国が主催する催しです。それが警備の不備で中止になったとしたら国の威信に関わります。ですが、お嬢様が怪我を負った以上、催しを続行しても批判を浴びることになりました」

「……あぁそっか。だから、私の提案が渡りに船だったのね」


 王族は、恩人に報いるために仕方なく発表会を継続するという大義名分を手に入れたのだ。

 ……言われるまで気付かなかった。この身体は明晰な頭脳を持っていても、いまの私はそれを活かすことが出来ていない。今回はアラン陛下と利害が一致していたから大丈夫だったけど、もう少し精進しないと、いつか社交界を渦巻く陰謀に翻弄されてしまいそうだ。



 天幕で少し休んだ私は会場に舞い戻った。

 ほどなく発表会が再開され、私達の学年の順番になる。会場全体が静まり返り、観客の期待が高まる中、私はシリル様とともに舞台袖へと移動する。


 同学年のほかの学生が次々に魔術を披露し、会場に驚きと感嘆の声が響く。

 中等部三年の部。

 魔術を覚えて二、三年の者が大半で、使える魔術の種類もそれほど多くない。けれど、虚空に浮かべるシャボン玉に色を付けたりと、この学年では応用の片鱗が現れている。


「――ソフィア様」


 舞台袖で順番を待っていると、不意に背後から声を掛けられた。振り返ると、紫の髪のミステリアスな雰囲気を纏う少女がいた。彼女のグリーンの瞳が私をまっすぐに見つめている。

 ……この子、アイリスだ。


「発表のまえに申し訳ありません。どうしてもお礼を申し上げたくて」

「お礼、ですか?」

「はい。発表会の継続を願ってくださってありがとうございます。おかげで夢を掴むチャンスを失わずにすみました」


 発表会が中止になり、彼女の夢を掴むチャンスが消えるというイベントを回避することが出来た。それを実感した私は思わず笑みを零す。


「お気になさらず。私も発表会を続けて欲しいと思ったまでのことですから。それに、アイリスの発表も楽しみにしています」


 微笑みかければ、アイリスも「ありがとうございます」と表情をほころばせた。

 とても可愛らしい。原作ゲームのヒロインの友人枠なんだけど、このゲームに登場する子はみんな美男美女で性格もいいんだよね。憧れだったアイリスとお話し出来るなんて楽しいと考えながら雑談を交わしていると、不意にアイリスの名前が呼ばれた。


「すみません。ソフィア様、また今度お話しいたしましょう」


 彼女は踵を返し、壇上へと上がった。

 名乗った後、彼女が生み出したのは氷で作った一輪挿しの花瓶だった。赤い薔薇の花が生けられている花瓶で、薔薇も花瓶も氷で作られている。


 とても高い技術を使っているのだけど、残念ながら遠くからは見えづらい。もしも、美術館のような場所に飾ることが出来れば、高い評価を得られたかも知れない。

 と、そんなことを考えていると、次はシリル様の名前が呼ばれた。


「……王族は同学年の中では最後なのでは?」


 なぜ私よりさきにと首を傾げると、シリル様に仕える執事が私の側に近づいてきて、「恩人へのささやかな礼として、ラストを譲るという伝言を預かっています」と言われた。

 私は苦笑しつつ、それをありがたく受けると返事した。


 そうしてシリル様を見送る。

 ステージに上がった彼は観客に挨拶をすると、そのまま背後の湖に向かって歩き出した。しかも、ステージの端に着いても歩みを止めず、湖の上に足を載せる。

 危ない――と誰かの呟きが聞こえた。けれど、シリル様は湖に沈むことなく、そのまま湖面の上を歩き始めた。さらには階段を上るように水面から離れ、空中を歩き始める。


「……あれは、圧縮した空気で足場を作っているのね」


 原作のゲームの設定と違う。ゲームの中の彼はたしか、この発表会では風の魔術で物を浮かべてみせる予定だったと言っていたはずだ。


 いや、たしかに物体(自分)を浮かべているけれど。シリル様の関係者の表情に焦りが滲んでいるので、シリル様が寸前で発表内容を変えたのだろう。


 たしかに人が空を飛ぶというのは幻想的な光景だ。事情を知らない者達は、シリル様の魔術に見惚れている。そして一分ほどが過ぎ、シリル様はステージの上に降り立った。

 会場にいまだかつてない歓声が上がる。


「さあ、中等部三年のラストを飾るのはソフィア様、ウィスタリア家のご令嬢です!」


 続けて名前が呼ばれ、私は興奮冷めやらぬ会場のステージへと上がった。私は『シリル様、この状況で発表しろというのは酷ですよ』と心の中で苦笑する。たぶん、当初の通り氷像を作り出していたら、それがいくら精巧だったとしても会場をしらけさせていただろう。


「ソフィア・ウィスタリア。水の魔術を使います」


 カーテシーをして、ゆっくりと空を見上げる。安全確認のために休憩を挟んだことで、いい具合に太陽が傾き始めていた。

 それを確認した私は客席に背を向ける。と言っても、王族がいるので完全に背中は向けない。斜に構えた私は空を見上げながら、虚空に霧のように小さな水を無数に浮かべた。


 空に水を撒けば虹が架かる。日本人なら誰でも知っているような現象だ。

 あまり知られていないのは、水を撒く方向くらいだろう。背中に太陽を背負って水を撒く必要がある。その点、この会場は条件を満たしていた。


 私は上手く水滴を操作して、湖の上空に大きな虹を架けて見せた。さらに、大粒の水滴を交えることで光を乱反射させ、煌めく虹を完成させる。


 ……思ったよりうまく出来た。そう自画自賛するけれど、客席からは思ったような反応がない。私が肩越しに振り返ると、逆光の向こうで観客達がポカンと口を開けていた。

 びっくりしてる感じかな? なら、想定通りに進めて大丈夫だろう。


 観客に向かって右手を伸ばし、パチンと指を鳴らす。その瞬間、光を乱反射させていた大粒の水が雪のようにゆらりと落ち、湖面に美しい波紋を描きながら溶けていく。虹が消えゆく様子を背景にカーテシーをすると、会場が大きな歓声と拍手に包まれた。

 

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