エピソード 4ー2
目覚めたのは夕方だったので、私は身だしなみを整えて夕食の席へ足を運ぶ。そこにはアルノルトお兄様やセシリア、グラニアお父様やクレアお母様が揃って席に着いていた。
「まずは、我らが娘の無事を祝って」
お父様が口上を述べてワイングラスを掲げる。それに併せてみんなも乾杯とグラスを掲げた。それだけでも恥ずかしいのに、控えていた使用人からも拍手をされてすごく恥ずかしい。
「お、大げさですよ」
「大げさなモノか。なぁ、クレア」
「ええ、まったく大げさではなくってよ、ソフィア」
お父様の言葉にお母様が相槌を打つ。二人は笑顔――だけど、目が笑っていない。私はなんだか嫌な予感がして逃げ場を探すが、そのまえにお母様から声を掛けられた。
「ねえ、ソフィア。私達がどれだけ心配したか分かるかしら?」
「えっと……その、ちょっぴり?」
「とってもよ。本当は止めたいのに、貴女がやらなければ王太子が死ぬとか、世界が滅ぶかもしれないとか言われて、止められない親の気持ちが貴女に分かる?」
「ご、ごめんなさい!」
本能的に逆らうべきではないと悟って謝罪する。
頭を下げたまま、誰か助けてと周囲を見回すけれど、お兄様やはちょっとは反省しろと言いたげな顔で見守っていて、セシリアはあわあわしている。
止めてくれそうな味方はどこにもいない。
「貴女、言ったわよね?」
「え? その……なにを、でしょうか?」
「言ったわよね」
「あ、危ないことはしないと言ったような気がします!」
ホントは言った記憶なんてないけど、なんて内心は絶対に口にしない。でも、私の言葉に、お母様はさらに笑顔を深めた。
「いいえ、貴方はそう言わなかった」
「そ、そうでしたか?」
「ええ。その代わり、次は上手くやると言ったのよ」
「あ、はい、それは言いました」
素で答えると、じろりと睨まれた。
「なにをのんきにしているの? 私はね、ソフィア。貴女が重要な役割を担っていることを理解している。だから、危険な役目に関わるのも止めなかった」
「で、では、なにを怒っているのでしょうか?」
「貴女が上手くやれていないからに決まっているでしょう!」
「うぐっ」
オラキュラ様に不器用と言われたことを思い出して胸を押さえた。
「ソフィア、貴女はウィスタリア公爵家の令嬢なのよ? なのに、どうしてなんでもかんでも一人でしようとするのかしら? もう少し、人を頼るようになさい」
「……あ」
それは目から鱗だった。
前世の私は人の好意に返せるモノがなくて、出来ることは自分でするように心がけていた。公爵令嬢になっても、それが抜けきっていなかったようだ。
「アンチュリスの花の件もそうよ。貴女が一人でこっそり調べていたと聞いたときは驚いたわ。どうして、私達を頼らなかったの?」
それについては誤解。前世の知識を、自分で調べたことだと偽ったから。でも、お母様の言うとおり、もう少し早くに頼っていれば話は変わっていたのも事実。だから私は、きゅっと拳を握り、「ごめんなさい」と頭を下げた。
どれくらいそうしていただろう? 不意に頭を抱きしめられる。顔を上げると、いつの間にか席を立ったお母様が、私の頭を抱きしめていた。
「……お母様?」
「貴女が無事でよかった」
お母様の泣きそうな声。それを聞いた瞬間、私も泣きそうになった。
「ごめん、なさい。心配掛けてごめんなさい」
お母様に抱きついて肩を震わせる。
そうして十秒か二十秒か、しばらくするとお母様はそっと私から離れた。そうして視界が開けると、お父様やお兄様、それにセシリアが温かい目で私達を見守っていた。
私は気恥ずかしくなって、心配掛けてごめんなさいともう一度頭を下げる。
「心配掛けたことを理解しているのならいいわ。そして、貴女は止めても聞かないことも分かっている。だからせめて、次はもっと上手くやりなさい」
私は軽く目を見張った。危ないことをするなではなく、上手くやれと言われたから。
「それで、いいのですか?」
お母様はコクンと頷いた。私は続けて、お父様にいいのかと視線を向ける。
「親としては複雑だが、公爵家の当主としては誇りに思っている。なにより、そなたが望んでいていることなのだろう?」
「はい。私がやるべきことだと思っています」
「ならば止めはしない。だから、心配をかけないように頑張りなさい」
お父様の言葉が温かな追い風となり、私は満面の笑みでハイと答えた。
そうして家族の愛情を確かめ合ったあと、テーブルに香ばしく焼き上げられたローストビーフや、濃厚なポタージュスープなどが運ばれてくる。
魔導具の灯りが、テーブルの上の料理を一層美味しそうに引き立てていた。その食事を楽しみながら家族の団欒に笑みを零していると、お父様が「そういえば」と口を開いた。
「一応伝えておこう。そなた達に縁談がいくつも届いている」
「縁談、ですか?」
貴族令嬢としては政略結婚は珍しくない。
でも私は、政治的な理由で知らない誰かと結ばれたくはない。それに――と、一人の顔が脳裏をよぎり、私は頬を手のひらで押さえる。
すると、どこからともなくふっと息の零れる音がした。顔を上げて周囲を見回すけれど、誰の吐息かは分からなかった。というか、全員がなにやら温かい目を私に向けている。
いや、セシリアだけは何故が胸を押さえて呻いている。
「……なんですか?」
「いや、なんでも」
「野暮は言うまい」
「なんでもありませんよ」
「お姉様、可愛い」
お父様から始まって、お兄様、お母様、そしてセシリアが次々に答えた。
「よく分かりませんが、政略結婚の話ですよね? もしや……」
受けるのですかと首を傾げ、もしそうなら悲しいなとしょんぼりする。
「い、いや、もちろんそんなつもりはない!」
お父様がそう言ってくれる。
「本当ですか?」
「ああ、もちろんだ。そなたらには好きな相手と結ばれて欲しいと願っている」
「そうですか……」
よかったと微笑むと、セシリアがぷるぷると震え始めた。この子は、私をどういう目で見ているんだろうと少し心配になる。
でも、いまはお父様と話を続けるのが先だ。
「では、どうしてそのような話を?」
「そうだな。注意喚起、と言ったところか」
真っ先に思いついたのは、縁談相手から圧力を掛けられることだ。だけど、うちはウィスタリア公爵家だ。相手が王族だったとしても、一方的に縁談を押しつけるような真似は出来ない。
セシリアが相手なら、出来ると誤解をする人もいるかもしれないけど……
「セシリアに不利益がないように気を付けろ、ということですか?」
「そんなところだ。いまは、とにかく色々なところから縁談が届いているからな」
「色々なところと言うと、子爵家くらいからも来ている、ということでしょうか?」
「ああ。いまは情報が半端に伏せられているからな」
それを聞いてすぐに思い至った。
半端な情報統制で、様々な相反する噂が流れている。セシリアが私のスケープゴートみたいな噂や、セシリアが真の聖女だったことで、私の立場が失墜した、みたいな噂もある。
つまり、下級貴族にも可能性があるかもしれない。どれが真実か分からないから、とりあえず縁談を持ち掛けるだけしてみよう、みたいな動きがあるのだろう。
「ここであらためて宣言しておく。そなたらを政治の道具にするつもりはない。ゆえに、その手の話が来ても独断で断ってかまわない」
お父様はどうやらそれが言いたかったらしい。私は「お気遣いに感謝します」と微笑んで、セシリアは「あ、ありがとうございます」と続いた。
私は唇の縁に指を添え「ですが――」と首を傾ける。
「私達に届いていると言うことは、他の聖選の癒し手にも縁談は舞い込んでいるのでしょうか?」
「届いているだろうな。ただ、我が家と比べると、恐らくあまりいい状況ではないだろうな」
「……流れている噂の内容がよくない、ということですね」
私とセシリアは浄化に成功し、エリザベスは失敗した。その辺りが、妙な誤解を生んでいるのだろう。家を復興したいと言っていたアナスタシアのことを思いだして心配になる。
「お父様、他の家はどうなるのでしょう?」
「それは家による、としか言えないな。だが、合図として魔光を打ち上げる要員として、聖選の癒し手には声が掛かっていた。その者達には、エリザベス嬢の失敗が耳に入っているだろう」
「そう、ですよね」
言い方は悪いが、その事実が明るみに出て、娘の価値が下がるまえに縁談を決めてしまおうと考える家もあるかもしれない。
そして――
もしも、セシリアの魔力が込められた魔石を砕くだけで瘴気溜まりが浄化できるなどと公表した場合、聖選の癒し手の存在意義は失われる。
あんなにがんばっているのに――と、アナスタシアやエリザベスのことを思って胸を痛めた。
「ソフィア、顔色がよくないが、まだ体調がよくないのか?」
「いいえ、病み上がり感はありますが、ずいぶんよくなっていますよ」
「そうか。アラン陛下から、体調が戻り次第、城に来て欲しいと言われているのだが」
「……はい。明日一番に向かうと伝えてください」
瘴気を浄化した方法について、陛下に相談しようと心に誓った。




