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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 3ー3

 エリザベスが瘴気溜まりの浄化に失敗した。その知らせを早馬で聞いた私はすぐに王宮へと向かった。相手も用件が分かっているからか、すぐに謁見の間へと通される。


 王宮の魔導具の灯りに照らされた謁見の間。いつもなら多くの重鎮達が並ぶその場所に、今日はアラン陛下とアルスターだけが待っていた。

 静寂に包まれた謁見の間の中程で、私は赤い絨毯の上に片膝を突いてかしこまる。


「……アラン陛下、まずは謝罪を申し上げます。私の監督不行き届きにより、聖女ばかりか、シリル様にまで危害が及ぶのを許してしまいました」


 前世では走ることもままならなかった私だけれど、今世ではなんだって出来るようになったはずだった。なのに私はいま、あのときこうしていればよかったと悔やんでいる。

 私はおのれの不甲斐なさに唇を噛む。


「……面を上げよ」

「陛下に、合わせる顔がありません」

「よい。顔を上げ、そして立つがよい」


 陛下に促され、私はゆっくりと立ち上がった。そうして階の上を見上げると、彼は疲労が色濃く滲んだ顔で私を静かに見下ろしていた。


「聖女が毒を受けたいきさつは聞き及んでいる。そなたでなくとも、未然に防ぐことは難しかっただろう。それに、我が息子は王族の責務を果たしただけだ」


 私はその言葉にうなだれるしか出来なかった。アラン陛下が様々な感情を押し殺していることが痛いほど分かったから。


「ソフィアよ。互いに辛い立場ではあるが、いまは今後について語らねばならぬ」

「……はい。瘴気溜まりの浄化に失敗したと、聞き及んでいます」


 私はそう口にしながらも、あり得ないと心の中で否定する。

 聖女はセシリアで、私はただの悪役令嬢。

 原作を知る私は、それが揺るぎのない事実だと知っている。


 だから、私が浄化したのは、聖女の魔力を借りたからに過ぎない。ゆえに、エリザベスに同じことが出来ない理由はない。


 ……きっと、不慮の事故が発生したんだ。たとえば、想定外に強い魔獣が現れて、瘴気溜まりに近づけなかったとか、そういう理由。

 そうじゃないと説明が付かない。

 だけど――


「エリザベスは瘴気溜まりに触れても、瘴気を浄化できなかったそうだ」

「……あ、ありえません……っ!」


 絞り出すように反論する。だけど、アラン陛下は痛ましい顔で首を横に振った。


「信じがたいのは我も同じだが、複数の早馬により届けられた情報はどれも同じだ。エリザベス他数名が聖女の魔石を持って瘴気溜まりに接触するも、瘴気を浄化することは出来なかった、と」

「そんな……」


 意味が分からない。

 私は聖女じゃない。私の時とは違い、セシリアがなんの抵抗もなく、触れただけで瘴気溜まりを浄化したことを考えても明らかだ。

 そこに、疑いの余地なんてない。なのに、エリザベス達が浄化に失敗した……?


「早馬には、聖女の出動を要請するとあった」

「で、ですが、セシリアはいま……」

「そうだ。魔力が使えない。その状況で瘴気溜まりを浄化することは不可能だろう」


 つまり、セシリアの回復が最優先事項になってしまった。そしてそれは、シリル様に解毒ポーションを分ける余裕がなくなったことを意味している。

 それを理解した瞬間、耳鳴りがして、視界がぼやけ、自分が立っているか、座っているのかも曖昧になった。


「……ソフィア、そなたに聞きたい。そなたなら、瘴気溜まりを浄化できるか?」

「それ、は……」


 私の答えでシリル様の命運が決まる。

 それは分かってる。

 でも、私に出来ることが、エリザベスに出来ない理由はない。逆を言えば、エリザベスに出来なかったことが、私に出来る理由も見つけられない。そして、私が選択を誤れば、尽きるのは人類の未来だ。


 どうするべきなのか、私は必死に考える。そのとき抱いたのは、シリル様に死んで欲しくないという強い想い。


 ……そうだ、私はシリル様に死んで欲しくない。


 前世の私の最推しのキャラだった。

 そして、ソフィアとして生まれ変わった私の命を何度も救ってくれた恩人。私にとって、特別な異性。私はきっと、シリル様に特別な想いを抱いている。それを、いまこの状況になってようやく自覚した。

 だからこそ、私は悔しさに涙する。


「浄化できる――と、断言する自信は……ありません」


 そう答える以外の選択が見つからなかったから。

 無力さに打ち震えて、私は血が滲むほどに唇を噛んだ。


 長い、長い沈黙のあと、陛下は「そうか……」と呟き、そして「ならば、選択の余地はない。聖女には一刻も早く復帰してもらわねばならん」と重苦しい声で告げた。


「それは、つまり……」

「残りの解毒ポーションは、聖女に与えよ。これは、国王からの命令だ」


 瞬間、アルスターが声を上げた。


「アラン陛下! シリル殿下を見捨てるおつもりですか!?」

「……私とて息子は可愛い。だが、私はこの国の王だ。息子一人のために、全人類の命を危険に晒す訳にはいかぬ」

「しかし、それでは、あまりに……」


 二人のやり取りが、遠くから聞こえてくる。耳鳴りが酷くなり、視界がぼやけ、そうして視界が暗転して――私の意識はそこで途切れた。



 次に目覚めたとき、私は自室のベットの上だった。


「ソフィアお嬢様、お目覚めになったのですね」

「……ええ。私は、どれくらい気を失っていた?」

「それほど時間は経っていません。それと、アラン陛下からお話があり……」

「――クラウディア、少し一人にして」


 その先を聞きたくなくて遮った。クラウディアは分かりましたと頷き、部屋を退出していく。

 私は無言で天井に手を伸ばし「オラキュラ様……」と呟いた。そうしてしばらく待つけれど、私がオラキュラ様の世界に招かれることはなかった。


「……どうして、助言してくださらないのですか?」


 もしかしたら、自分はとっくに失敗しているのだろうか? そんな不安に駆られて泣きそうになる。


 でも、だけど、そうじゃなかったら?

 もし、いまからでも出来ることがあったら?

 私はさっき、あのときこうしていればと悔やんだばかりだ。なんだって出来るようになったはずなのに、やらなかったことを後悔するのはもうたくさんだ!


 そう思った私はベッドから降り立ち、シリル様の元へ向かうべく部屋を飛び出した。

 途中でクラウディアと合流し、シリル様の部屋を訪ねる。ノックをして部屋に入ると、彼はベッドの上でうなされていた。

 熱が上がっているのだろう。その顔は赤く、額には汗が浮かんでいる。


 私は彼の世話をするメイドに場所を変わってもらい、硬く絞った濡れタオルで額の汗を拭う。シリル様の苦しげに歪んでいた顔がわずかに和らぐ。

 ほどなく、目がゆっくりと開き、ブルーの瞳が私を捕らえると、彼は小さく微笑んだ。


「ソフィア、そなたは大丈夫か?」

「――っ」


 自分が死にそうになっているのに、それでも彼は私のことを心配している。

 それを理解した瞬間、私は胸が苦しくなった。


 転生した直後、訳も分からず溺れた私を救ってくれたのはシリル様だった。

 その後も、シリル様はなんどもなんども、私のことを救ってくれている。


 今回、シリル様が毒に侵されたのだって、私達を庇ったからだ。それなのに、私はいま、シリル様を見殺しにしようとしている。

 私は酷い奴だ。


「……ソフィア?」

「シリル様にお伝えしなければならないことがあります」


 彼に声を掛けられた私は、意を決して口を開いた。でも、その先が声にならない。口を半開きにして唇を震わせる。そんな私に向かって、シリル様が優しく微笑んだ。


「……分かっている。解毒ポーションを私に分けることが出来なくなったのだろう?」

「どう、して……?」


 誰かが、その事実を伝えたのかと疑問を抱く。そんな私の頬に、シリル様の伸ばした手が触れた。


「そんな顔をして、分からないはずがないだろう」

「そんなに、顔に出ていますか?」

「……自覚がなかったのか? そなたの表情は分かりやすいぞ」


 そうだったんだ……と、少しショックを受けた。でも、いまはそれよりも伝えることがある。これ以上、責任から逃げる訳にはいかないと、覚悟を決めて口を開く。


「エリザベスが、瘴気溜まりの浄化に失敗、したそうです」

「……魔物に行く手を阻まれたのか?」

「いいえ、瘴気溜まりには問題なく到着できたそうです」

「そう、か……」


 問題なく到着できたにもかかわらず、瘴気溜まりを浄化できなかった。それが意味するところを理解して、彼は力なく項垂れた。


「そういう事情なら、セシリアを優先するのは当然のことだ。だから、そんな顔をするな」

「どうして、こんなときまで私のことを気遣っているんですか! 貴方は! 貴方は……っ」


 死ぬかもしれないのにと、喉元まで出掛かった言葉は泡のように消えてしまった。代わりに、私の視界がぼやけ、頬を熱い雫が伝い落ちていく。

 頬に触れていたシリル様の指が、私の涙を掬い取った。


「私の症状は日に日に酷くなっている。本音を言うと、既に意識が朦朧と、している。だから、解毒ポーションがなければ恐らく死ぬのだろう」

「そんな、そんなことを言わないでください!」

「すまない。だが……そなたが責任を感じることは、ない。私は、そなたに救われた恩を返しただけだから。そなたが無事なら、それで……」


 熱に浮かされた顔で、シリル様が力なく笑う。

 私を悲しませないように、精一杯明るく振る舞っているのが伝わってくる。


「私がもう少し早く気付いていれば、こんなことにだけはならなかったのに……」


 もう、現実から目を背けてはいられない。

 たぶん、私はどこかで失敗したのだ。


 あの異空間でオラキュラ様は言った。私達は薄氷の上でワルツを踊っているような状態で、犠牲者の数は私の行動次第で変わる、と。


 最善は犠牲者がゼロ、最悪は人類の滅亡。

 私はきっとどこかでステップを踏み間違った。そうして状況が悪化し、シリル様だけの犠牲に止めるか、人類もろとも滅びるかの二択にまで追い詰められてしまったのだ。


 いや、状況はもっと悪い。

 セシリアに解毒ポーションを飲ませても、魔力が回復するまでに瘴気溜まりに変化が起きれば、そのまま世界が滅びる可能性だってある。


「ソフィア、自分を責めるな。そなたが気付いたから、私はそなたを救えたんだ」

「どうして、こんな状況で私のことばかり心配するんですか」

「……そなたには幸せになって欲しいからだ」

「貴方がいなければ――っ」


 無意識に口にした言葉をとっさに飲み込んだ。

 ……私は、なにを言おうとしたの? シリル様を見殺しにすると言ったその口で、貴方がいなければ幸せになれないなんて、そんな巫山戯たことを口にするつもり?


 ――こんなっ、こんな想いをするくらいなら、好きだと自覚しなければよかった!


 心の中で声を荒らげて涙する。直後、前世の母が父との口論で耳にした言葉が蘇った。


『こんな想いをするくらいなら、あの子を産まなければよかった!』


 あのとき、私はお母さんに愛されていないのだと思った。昔は愛されていたけれど、いまはもう愛されていない、いない方がいいと思われているのだと、そう思った。


 でも……違ったのかな?

 あのときのお母さん、私のことが好きだから、あんなふうに泣いていたのかな?


 そういえば、私が交通事故に遭った時も、お父さんとお母さんは……泣いてた。


 私は、もしかしたら、前世の時から家族に愛されていたのかもしれない。


 でも、私はそれに最後まで気付かなかった。


 ……お父さん、お母さん、逆縁の不幸をしてごめんなさい。最後まで、親の愛情に気付かないダメな子でごめんなさい。


 ……でもね、私はちゃんと好きって言われたかった。辛いとき、大丈夫だよって抱きしめてもらいたかった。


 だから、私は――

 私は、二人と同じ失敗はしない。


「……私は、シリル様のことが好きです」


 私がくしゃりと笑えば、シリル様が驚いた顔になった。そして、彼が口を開くまえにと、続きを口にする。


「――だけど、いますぐセシリアに解毒ポーションを飲ませなければ、世界が滅ぶかもしれない。だから、私は貴方を救えません。私は、愛する人を死に追いやる人でなしです」


 私が泣き笑いのような顔で告げると、シリル様は熱に浮かされた顔で、小さく首を横に振る。


「ソフィア、そなたは正しい選択をしただけだ。そして私は、そんなそなたのことを愛おしいと思う。だから、卑下する必要はない」

「シリル様、だけど……」


 なおも言い募ろうとすると、シリル様はゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫だ。そなたは間違っていない。それに、さっきはあのように言ったが、解毒ポーションを飲まなかったからと言って、私が死ぬとは限らない。だから、そなたは成すべきことを成すがいい」

「……はい」


 私は手の甲で涙を拭う。

 これ以上はシリル様に気を遣わせるだけ。そう判断した私は部屋を出て――壁に寄りかかる。それからずるずるとしゃがみ込み、声を殺して泣きじゃくった。

 

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