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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 3ー2

「どうしてよ? 解毒ポーションがもうないって、おかしいでしょう!?」


 私が声を荒らげると、アルスターが沈痛な顔で口を開いた。


「さきほど、在庫はないと連絡が来たんです」

「そんなのおかしいわ! ナビアの方はともかく、研究機関には十分な量の素材があるはずよ。いくら騎士に使ったからって、数本は残っているはずでしょ!?」

「仰るとおりです。ですが……解毒ポーションの在庫がないのは事実です。どうやら、解毒ポーションの開発に関わった職員が横領をしたようです」

「横領? でも、解毒ポーションを横領と言っても……まさか!」

「はい。確認したところ、職員の家族が何人も倒れています。詳細は調査中ですが、複数の職員が、家族を救いたくばポーションを使えと、何者かに唆されたようです」


 結果、何人かがその誘惑に抗えず、家族を救うためにポーションを横領し、在庫が一つもなくなってしまったとのことだ。


「偶然、じゃないわよね」

「はい。聖女様に懐中時計を渡した者と目的は同じでしょう」

「……聖女の、毒殺」


 私の呟きが、静まり返った部屋に広がり、深い絨毯に吸い込まれて消えていった。重苦しい空気が、部屋の中を支配する。そんな中、シリル様が重苦しい口を開いた。


「ソフィア、そなたは解毒ポーションを一つだけ持っているのだろう?」

「……はい。さきほど、三分の一をセシリアに飲ませました」

「そうか。ならばいい」


 シリル様が安堵の表情を浮かべる――けれど、いいことなんてなにもない。


「ちっともよくありません、シリル様はどうするのですか!」

「……魔力が高い者は死に至る可能性が高い、だったか? 案外、私程度の魔力量なら助かるかもしれないぞ」

「それは、でも……」


 私は知っている。シリル様の魔力量は、最低でも生死を彷徨うレベルだと。原作では最終的に解毒ポーションが間に合って一命を取り留めた。間に合わなければどうなるかなんて、考えたくもない。


「……他に、他に解毒ポーションを作るあてはないのですか? たとえば、アンチュリスの花を採取した場所でもう一度採取する、とか」

「あの後、あらためて騎士団を向かわせたが、魔獣に踏み荒らされた花は全滅していたそうだ」

「じゃ、じゃあ、栽培用のアンチュリスの花を使うのはどうですか? もちろん、全部を使うことは出来ませんが、一人分くらいならなんとかなるのではありませんか?」

「それも無理だ。素材となる核は、花が咲いている状態でなければならないのだろう? 確認したが、花が咲いている状態の核はないそうだ。花が咲くまで、少なくとも数週間はかかる、と」

「じゃ、じゃあ、どうしたら……」


 なにか方法があるはずだと必死に考える。

 私が思い出したのはオラキュラ様の言葉。彼女は、私の行動次第で犠牲者が増えることもあれば、無くなることもあると言った。


 あの助言を聞いた時点で、アナスタシアは既に毒に侵されていた。ならば、アンチュリスの花を手に入れ、解毒ポーションを入手する流れは間違っていなかったはずだ。


 それとも、カースドファングを倒すときに怪我人を出したのが間違いだったのだろうか? あるいは、研究機関に素材の多くを渡したのが間違いだった?

 もしくは、懐中時計の件を未然に防げなかったのが帰還不能点だったのだろうか?


 ……違う。違っていなければならない。

 そうじゃないと、シリル様を救う手段がないことになってしまう。そんなの、認める訳にはいかない。ここからでも、二人を救う方法があるはずだ。


「……そうだ! セシリアの解毒ポーションを、シリル様に分けるというのはいかがでしょう? アナスタシアのときから考えれば、一回分でもかなり症状は緩和されるはずです」


 私はそう提案するが、シリル様は首を横に振った。


「半端に薬を分け合い、聖女が死ぬ事態だけは避けねばならない」

「分かっています。でも、症状が軽い者は、解毒ポーションがなくとも回復すると書いてありました。であるならば、解毒ポーションの服用量を減らすことも可能なのではありませんか?」


 私の言葉に、アルスターを始めとした面々がハッとした顔をする。


「大至急、研究機関とナビア嬢のもとへ早馬を走らせ、いまのことについて確認しろ!」

「「――はっ!」」


 アルスターの命令に、幾人かの騎士が飛び出していった。


「……ソフィア」


 シリル様が私の名前を口にする。

 視線を向けた私は、彼がなにを言おうとしているか察してしまう。初めての浄化におもむいたとき、自分が殿を務めるから聖女候補を逃がせと言ったときと同じ顔をしていたから。


「……シリル様、私は貴方に死んで欲しくありません」

「私とて死にたくはない。だが、私一人のために聖女を――この世界の住人すべてを危険に晒す訳にはいかないのだ」


 彼は聖女を危険に晒すくらいなら死を選ぶと言っている。窓から差し込む光を受け、キラリと光る彼の青い瞳には確固たる意思が込められていた。

 だけど――と、私は拳を握りしめた。


「……シリル様、私は貴方に死んで欲しくないと言いました」

「だが、聖女が死ねば世界は終わる。そんな危険は晒せない」

「分かっています。私はセシリアを、妹を護ると誓いました。あの子を危険に晒したりはしません。でも、可能なら二人とも救いたい」


 私は家族を見捨てないと誓った。でも同時に、友人も見捨てたくないと思っている。

 シリル様を見捨てて、幸せな未来を掴み取れるなんて思えない。それはきっとセシリアも同じはずだ。

 だから、捻り出せ。

 セシリアを危険に晒さず、シリル様をも救えると、皆を説得できる方法を。


「……アナスタシアの症例から考えて、三分の一程度でも十分に症状は緩和されるはずです。なので、三日後にセシリアの容態を確認した上で、残りの三分の一をシリル様に飲んでいただく、というのはいかがでしょう?」


 それならば、セシリアを確実に救い、シリル様も救えるはずだと訴える。

 シリル様は思案顔になった。


「……それならば、たしかに私とセシリアの両方を救えるかもしれない。だが、聖女には役割があることを忘れていないか?」

「むろん、分かっています」


 セシリアは聖女だ。

 その魔力が回復するまで、彼女自身が瘴気溜まりを浄化することは出来ない。解毒ポーションの量が少なければ、彼女の回復は当然遅れることになる。

 だけど、セシリアはナビアの研究を手伝っている。


「聖女の魔力を込めた人造魔石は十分な数があるはずです。セシリアが魔力を扱えずとも、当分のあいだは問題にならないでしょう」

「……それは、事実か?」

「はい。確認は必要ですが、セシリアはナビアの手伝いをしていました。在庫はあるはずです」


 だからと訴えかければ、シリル様は苦笑した。


「……そこまで理由を用意されては考えない訳にはいかないな」

「シリル様、では……?」

「ああ。浄化完了の報告と、セシリアの容態や意志の確認。研究機関の見解を聞いた上での判断にはなるが、そなたからの進言があったと陛下に相談してみよう」

「……はい、そうしてください」


 私はシリル様が前向きになってくれたことに心から安堵した。そうして、私はシリル様に治癒魔術を行使する。


「……助かる、が。そなたは本当に大丈夫なのか?」

「はい。私は問題ありません」


 もちろん、不安はある。もしも私や、あるいはアナスタシアにまで症状が出れば、本当に全員を救う方法が見つからなくなる。

 だけど、二人に症状が出てからそれなりの時間が過ぎている。それを加味して考えれば、いまだ自覚症状がない私や、他の者がいまから発症する可能性は低いと思われる。

 そんなことを口にしたのだけれど、シリル様は「アルスター」と目配せをした。


「ソフィア嬢、シリル様への治癒魔術の行使は、第一騎士団の治癒魔術師が引き受けます。ですから、貴方も少しお休みください」

「ですが……」


 と、シリル様を見るが、彼はやんわりと首を横に振った。


 私が休まなければ、彼も安心できないのかもしれない。そう判断した私は部屋へと戻った。それからしばらく、私は医師に見守られながら安静に過ごす。


 時間は流れ、窓から見える空が夕焼けに染まる頃、私は何度目かの診察を受けていたが、結局症状は現れなかった。これで毒を受けたのはセシリアとシリル様の二人で確定だ。


 そして私はようやくベッドから起きることを許された。

 そこに、クラウディアが姿を見せる。


「ソフィアお嬢様、お加減はいかがですか?」

「なんともないわ。それより、セシリアの容態は?」

「セシリアお嬢様は容態が落ち着いて、いまはお休みになっています」

「……そう」


 経緯を考えると、セシリアはまた落ち込むわねと憂慮する。私は気を取り直し、「シリル様は?」と尋ねた。


「シリル様は客間でお休みいただいています」

「……客間? 王宮に帰ったのではなく?」

「今回の件、箝口令が敷かれており、少しでも情報を漏らさぬように、と」

「そっか。それで……容態は?」


 クラウディアがあえて私の質問の意図と違う答えをしたことに気付きつつも、重ねて尋ねる。彼女はわずかに視線を落とし、「いまは、熱にうなされておいでです」と答えた。


「やはり、シリル様には解毒ポーションが必要ね。セシリアに相談を――」

「その件なら確認済みです。セシリアお嬢様は快く応じてくださいました」

「そっか……」


 よかったと安堵すると同時に、本当にこれでいいんだろうかとわずかに迷いが生じた。自分の選択が、世界を滅ぼすのではという不安。


 ……うぅん、弱気になっちゃダメ。オラキュラ様は、犠牲をなくすことも出来ると言った。なら、きっとこの選択は間違ってない。

 私は不安を振り払い、「それで、捜査になにか進展はあった?」と問い掛ける。


「はい。そのことで、アルスター様がお嬢様に面会を求めていらっしゃいます」

「……分かった。この部屋にお通しして」


 そう言って許可を出すと、ほどなくしてアルスターがやってきた。


「ソフィア嬢、重要な案件ゆえ、部屋に立ち入る無礼をお許しください。実は聖女様に懐中時計を渡した令嬢の特定し、拘束が完了しました」

「それはなによりです。事情は分かりましたか?」

「それが……」


 アルスターが周囲に視線を向ける。その意図を理解した私は軽く手を挙げ、クラウディア以外の使用人や医師を退出させた。


「これでよろしいですか?」

「お心遣いに感謝します。……実は、まだ尋問の途中なのですが、彼女――ヴァレンティーナ子爵家のご令嬢は、どうやらナイクティス教団という団体の信者だそうです」

「……ナイクティス教団ですか」


 やはりと思いつつ、私は初めて聞くような振りをする。そうして説明を受けた内容は、私が知る原作の知識と同じだった。


「ヴァレンティーナ子爵家の令嬢が教団の信者というのは分かりましたが、その目的は?」

「それが……ルミナリア教団の真実を暴く、と。どうやら彼女は、瘴気溜まりを浄化できるのは聖女だけではない、という部分について誤認しているようです」


 誤認と言われて、私は首を傾げた。

 少し考えた私の脳裏に、一つの可能性が思い浮かぶ。


「瘴気溜まりは聖女しか浄化できないという点について、ですか」

「ええ。最初にソフィア嬢が瘴気溜まりを浄化したことも影響しているのかと」


 アルスターが苦々しげに頷いた。

 最初は私が聖女だと噂されていた。だが、あとから『ソフィアは聖女の力を借りただけで、真の聖女はセシリアだった』なんて言っても疑わしく聞こえる、という心情は理解できる。

 それが、ルミナリア教団の権威を護るための嘘だと思う者がいても不思議ではないだろう。

 だけど――


「それで『セシリアを殺せばルミナリア教団の真実を暴ける』ですか、常軌を逸していますね」

「いえ、少なくとも令嬢にそのつもりはなく、懐中時計に仕込まれているのも、魔力をしばらく扱えなくなる毒で、命の危険はないと聞かされていたそうです」

「……そういうことですか」


 常軌を逸した考えを持つのは教団の上層部で、令嬢は上手く利用されただけ。

 正直、同情はする。

 令嬢にもそれなりの事情はあるのだろう。だけど、許せることじゃない。

 少なくとも、私が助けたいと思う人間には含まれない。だから、私はその令嬢の存在を頭から閉め出した。


 そうして、アルスターから話を聞き終えた私は、シリル様やセシリアに治癒魔術を施したり、アンチュリスの花を新たに入手する方法を探しながらその日を過ごした。


 そして翌日――エリザベスが浄化に向かって二日目の夜。第二騎士団の早馬により、エリザベスが浄化に失敗したという知らせが届いた。

 

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