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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 3ー1

 毒の症状とか、移動に掛かる時間などにつきまして。書籍版では直す予定ですが、WEB版ではいくつか不自然な部分がございます。(ストーリー自体に変わりはありません)

 ご了承のほどお願いいたします。

 混沌の神を祭るナイクティス教団。原作でも危険な存在だったその教団の信者が、セシリアに手渡したかもしれない懐中時計。

 セシリアにそれを渡した者は、正午に面白いものが見られると告げたらしい。


 懐中時計は芝の上に転がっていて、時計の針が正午を示している。そしてその時計から皆を庇うようにシリル様が立ちはだかり、私はセシリアに覆い被さっている。

 そして丸テーブルの反対側、少し離れた場所でアナスタシアが芝の上に伏せ、さらに離れた場所に侍女やメイドが警戒態勢を取っていた。

 だけど、なにも起きない。


「……私の、早とちり?」


 本当に、ただのお詫びの品だったのかもしれない。

 恥ずかしいと、身を起こそうとしたそのとき、シリル様が「いや、たしかに時計から空気の漏れるような小さな音が聞こえた」と言った。


「……空気が、漏れる音?」


 セシリアをその空気に触れさすのが目的?

 なんのために? そんなの、危害を加えるために決まっている。

 だとしたら――


「シリル様、幻影蝶の鱗粉かもしれません!」

「――っ!」


 私の警告した瞬間、前方へと強い風が吹き抜けた。シリル様が得意の風の魔術で毒を吹き飛ばしたのだと理解すると同時、私は水の魔術で自分たちに付着したであろう毒を洗い流す。


「ソフィアお嬢様!」

「近付かないで!」


 とっさに駆け寄ろうとしたクラウディアを一喝、私は全力で思考を巡らせる。

 毒以外を考慮している余裕はない。

 毒だと仮定して、重要なのは被害を拡大させないこと。だけど、元凶は風の魔術で吹き散らした。報告に上がっていた内容から考えても、濃度が薄まれば影響はなくなるはずだ。

 なら、あとは――


「クラウディア、内密に王宮とナビアに連絡をして! 昨日のパーティーでセシリアに近付いた令嬢の中に懐中時計の持ち主がいるわ。注意を促して!」

「は、はい、かしこまりました!」

「他の者は湯浴みの準備を。貴方達も念のために洗い流しなさい」

「「「かしこまりました!」」」


 私の命令のもと、それぞれが動き出す。


 そうして、私達は湯浴みを終え、応接間へと集合した。そこには、アルスターを始めとした第一騎士団の面々が集まり、厳戒態勢が敷かれている。そんな中、私はソファに座り、ウィスタリア公爵家が抱える医師から容態の確認をされていた。


「……熱や倦怠感などはありませんか?」

「ええ、いまのところは大丈夫よ」

「分かりました。近くに待機しているので、なにか変化があればすぐに仰ってください」


 医師は一礼して、他の者の容態を確認するために馬車を移動する。それを横目に一息吐くと、そこにアルスターが話しかけてきた。


「ソフィア嬢、懐中時計にはやはり鱗粉のようなものが付着していました。成分は確認中ですが、幻影蝶の鱗粉が噴出するギミックだったとみて間違いないでしょう」

「……そう。まさか、セシリアを狙うなんてね」


 聖女が死ねば世界が滅ぶ。

 それは原作乙女ゲームを知らないこの世界の住人でも理解していることだ。

 にもかかわらず、彼女を狙う者がいるなんて想像もしていなかった。


 でも、想定しておくべきだったと、私はスカートの端を握りしめた。せめて、他人から受け取った品は安全を確認するようにと、セシリアに教えておくべきだった。


 いや、後悔しても仕方がない。

 重要なのは今後の対応だと、私はみんなを見回した。いまは各々がソファに座り、自分の容態の変化を恐れながら待機している。


 いまのところ、毒による症状は誰にも現れていないが、一番近くにいたシリル様や、セシリアに覆い被さっていた私は危うい。


 でも、私の手持ちの解毒ポーションは残り一本だ。

 ナビアにも連絡を取っているけれど、元々少ない素材をその場しのぎの薬にも使っている。

 だから、完成した解毒ポーションは二本だと最初に聞いている。栽培も始めているけれど、そちらから新たに入手するのは望み薄だろう。

 だから――と、顔を上げる。


「アルスター、解毒ポーションの到着はいつ頃ですか?」

「解毒ポーションを製作した研究機関に使いを出しました。まもなく届くかと」

「……そう」


 あちらにはもっと素材があった。たとえ数名が発症してもなんとかなるだろうと息を吐く。

 そうして沈黙すると、アルスターがセシリアに歩み寄った。


「セシリア嬢、くだんの懐中時計はパーティーで受け取ったとのことですが、相手がどのような方だったか教えていただけますか?」

「えっと、それが、とっさのことであまり覚えていなくて。たしか、黒い髪をサイドテールにした、私と同じ年頃の女の子だったんですが……」


 セシリアが自信なさげに答える。


「黒い髪でサイドテールの女性なら覚えています。身長は153くらいで、琥珀色の瞳。当日は深紅のドレスを纏い、ひび割れたデザインの指輪をしていたわ」


 私が補足すると、アルスターは軽く目を見張った。


「……それは、間違いありませんか?」

「ええ、私、記憶力はいい方なの」


 もっとも、私と言うよりも、この身体は――と言った方が正しいのだけれど。いまはどちらも私なので、その辺りについては伝えない。

 私は続けて、一緒にいた貴族の子弟についても特徴を挙げた。


「助かります。それだけの情報があれば、犯人を割り出すのは容易でしょう。問題は、なぜ聖女様を狙ったのか、と言うことですが……」

「そうね。セシリアになにかあれば世界が滅ぶのを知らない訳じゃないだろうし……」


 そう口にしてハッとする。

 ナイクティス教団が混沌の神を祭り、ルミナリア教団と敵対する危険な教団だ。


 表向きの教義は自由を掲げているが、本質的には混沌を望んでいる。もしも世界を混沌へと導くことだとしたら……

 そこまで考えたとき、アナスタシアが「セシリア!」と声を荒らげた。

 驚いて顔を上げると、斜め向かいのソファに座っていたセシリアの顔が赤い。明らかに熱に浮かされた者の顔だ。私はとっさにセシリアの側に駆け寄る。


「セシリア、熱があるの?」

「……えへへ、ちょっと、身体が熱い、だけ、ですよ」


 力なく笑う。セシリアが無理をしているのは明らかだ。慌ててセシリアと自分のおでこをくっつけると、明らかに自分よりも体温が高かった。


「……熱があるわね。すぐに、彼女を自室のベッドに――いえ、私が運ぶわ」


 セシリアをお姫様抱っこで抱き上げた。


「――ひゃっ、ソフィアお姉様?」

「部屋に連れて行ってあげるからじっとしていなさい」

「で、でも、ソフィアお姉様は大丈夫なんですか?」

「ええ、私は大丈夫よ」


 いまのところはだけど――とは声に出さず、セシリアを自室にまで運ぶ。そうして彼女をベッドに寝かせると、セシリアが離れ際に私の服の袖を掴んだ。


「……セシリア?」

「あ、その……ごめんなさい」

「こういうときはありがとうと言うって、覚えたんじゃなかったの?」

「うっ。そうなんですが、そうじゃなくて……その、懐中時計のこと」


 セシリアがポツリと呟いた。窓から差し込む明るい陽の光とは裏腹に、照らし出された彼女の顔は悲しげに色づいていた。

 私はたまらなくなってセシリアの手を握る。


「セシリア、それは貴女のせいじゃないわ」

「でも、私があんなものを受け取ったせいで、またみんなに迷惑を……っ」

「……たしかに、貴女があれを受け取ったのが原因なのは事実よ」

「そう、ですよね」

「――でも、貴女は最近まで卑怯な陰謀とは無縁の世界で生きてきた。そういった危険性があることを教えなきゃいけなかったのに、それを怠ったのは私達よ。貴女の責任じゃないわ」


 悪いのはだいたいレミントン子爵だけど、私に責任がないとは言い切れない。少なくとも、セシリアは聖女としてよく頑張っている。そんな彼女を責めるのは筋違いだ。


 私はセシリアの頭を優しく撫でつけた。

 セシリアは布団を被り、だけど少しだけ顔を出して私を見上げる。


「……ソフィアお姉様、優しい」

「家族なんだから当然でしょ?」


 私はそう言って笑い、クラウディアに私が所持する最後の解毒ポーションを用意させた。そして、その三分の一を取り分けて、セシリアの口元に運ぶ。


「セシリア、解毒ポーションよ。飲みなさい」

「……わかり、ました」


 上半身を起こしたセシリアがのたのたとしながらも、解毒ポーションを飲み干した。それを確認した私はもう一度セシリアを寝かせ、そのうえに掛け布団を掛ける。


「すぐに効果が出るから、少しだけ眠って待ってなさい」

「……うん、分かった」


 いつもと違う口調。

 ちょっぴり子供っぽくなったセシリアも可愛らしい。私は「いい子ね」と、セシリアの頬にこぼれ落ちた髪を指で払い、部屋を退出するべく立ち上がった。


 そうして戻りながら、考えるのは幻影蝶の毒について。最初に症状が出たのがセシリアなのはなぜか、と言うことだ。


 懐中時計が正午になったとき、一番近くにいたのはシリル様だ。風の魔術を得意とし、発表会で好成績を残した彼の魔力は決して少なくない。

 そもそも、セシリアには私が覆い被さっていた。

 セシリアが毒に侵されて、私やシリル様が無事なのは不自然だ。


 ……もしかして、最初から懐中時計には鱗粉が付着していた?


 周囲に散布したのは十二時だけど、それまでにもセシリアは鱗粉に触れていた。

 そう考えれば、彼女が真っ先に発症した理由に説明がつく。


 そんな推理をしながら応接間に向かうと、部屋が騒がしくなっていた。

 まさかと駆け込むと、今度はシリル様の周りに人が集まっている。


「まさか、シリル様にも症状が現れたの?」


 近くの使用人に尋ねると、熱が上がってきたようですという答えが返ってきた。私は医師の邪魔にならないように駆け寄って、シリル様の顔を覗き込んだ。


「シリル様、熱があるんですか?」

「……ソフィアか。いや、たいしたことはない。いまは微熱程度だ」


 そう言って笑う。彼の様子からは余裕がうかがえる。でも、それはあの日のアナスタシアや、さきほどのセシリアもそうだった。

 シリル様の魔力量を考えれば……いや、魔力量を考えるまでもない。原作で彼は幻影蝶の鱗粉に触れて生死を彷徨った。

 現実となったいまも、放っておけば生死にかかわるくらい悪化するだろう。


「シリル様、解毒ポーションは飲んだのですか?」


 私の発言に、なぜか周囲の空気が張り詰めた。

 え、なに? と周囲を見回すけれど、誰もなにも言わない。私がその疑問を口に出そうとした直後、シリル様が「ソフィアは大丈夫なのか?」と問い掛けてきた。


「ええっと……私は大丈夫みたいです」

「……本当か?」

「ええ。恐らく、シリル様が護ってくださったおかげかと」

「私の? だが、セシリアは症状が出ているのだろう?」

「セシリアは懐中時計に触れていたのが原因ではないでしょうか?」

「なるほど、二重の罠だったわけか」

「結果から考えた推測ですが……」


 私がそう言うと、シリル様は額に汗を浮かべながらもふっと笑みを零した。


「そうか、そなたを護れたのなら前に立った甲斐があった。これで憂いはなくなった」


 私の鼓動が二度、続けてドクンと跳ねた。一度目は、護れたと微笑まれたから。そして二度目は――憂いはなくなったという言葉に、強い違和感を覚えたから。


「……シリル様、解毒ポーションは飲んだのですよね?」

「いや、まだだ」

「では、用意をしてもらっているんですね?」


 追及すると、シリル様は言葉を濁した。午後の日差しを浴びた彼の顔には、窓枠の影が落ち、その隙間から覗く瞳には、押し殺した焦燥が揺らめいていた。

 私は言いようのない不安を覚え「シリル様?」と重ねて問い掛ける。

 けれど、彼はなにも答えなかった。

 私は慌てて周囲に視線を向ける――けれど、私に見られた人達はみんな視線を逸らす。


「……どういう、こと? なぜ誰もなにも言ってくれないの!?」


 焦燥感に駆られて声を荒らげる。私の足下に影が落ちた。振り返ると、私の目の前に苦悩に満ちた顔のアルスターが立っていた。


「ソフィア嬢、解毒ポーションは届きません」

「……どういうこと?」

「さきほど研究機関から連絡があったんです。解毒ポーションはもう残っていないと」


 彼が告げた信じられない一言に、私の目の前が真っ暗になった。

 

 

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