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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 2ー6

 パーティーがあった次の日の朝。

 私とセシリアは王城の門の前へと顔を出した。そこには、第二騎士団の面々と、エリザベスを始めとした数名の聖選の癒し手が出立の準備をしていた。


「ソフィア様、どうしてここへ?」


 白い衣を纏ったエリザベスが私に気付いて駆け寄ってくる。


「おはよう、エリザベス。セシリアが予備の魔石を用意すると言ってね。私はその付き添いを兼ねて、貴女のお見送りに来たのよ」

「まぁ、それはとても光栄ですわ」


 エリザベスがそう言って優雅にカーテシーをした。けれど、彼女の指が摘まむ白い衣がわずかに波打っていた。瘴気溜まりを浄化するという重責に緊張しているのだろう。


「……エリザベス、貴女ならきっと出来るわ。それに、もし失敗しても私やセシリアがいる。だから、安心して挑戦してきなさい」

「ソフィア様は、いつも私が欲しい言葉をくださいますね」


 彼女はギュッと拳を握り、それを女性らしい曲線を描く胸に添えた。彼女の震えがピタリと止まり、その淡い黄色の瞳に覚悟が滲む。


「必ず瘴気溜まりを浄化してまいります」

「ええ、貴女の好きなケーキでも用意して待っているわ」

「では、早く帰らなくてはいけませんね」


 彼女は笑みを零すと、今度はセシリアのもとへと駈けていった。それを見送っていると、こちらに気付いたマクシミリアンが歩み寄ってくる。


「ソフィア嬢、娘の緊張をほぐしてもらったことに感謝します」

「いえ、私はなにも。でも、また瘴気溜まりが発生したことにはびっくりしました。浄化したばかりなのに、こんなにも立て続けに発生するなんて……」


 原作では、瘴気溜まりの発生ペースはここまで速くなかった。詳細な日付や間隔までは覚えていないけれど、日常パートが多かったから間違いないはずだ。

 オラキュラ様が示唆したように、私がこの世界に来たことで歪みが生じているのだろう。そしてそれは、ある意味で私のせいと言うことになる。

 その事実に後ろめたさを覚えていると、マクシミリアンが口を開いた。


「たしかに想定外です。しかし、聖女や聖選の癒し手の活躍によって乗り越えることが出来るでしょう」

「そうですね。このまま順調に行くことを願っています」


 と、私はマクシミリアンの様子をうかがう。

 原作では、エリザベスが主導で浄化をおこなうなんてイベントはなかった。もちろん、私が知らないだけで、ストーリーの裏ではそういう機会があったのかもしれないけれど。

 何事も起きなければいいな……と、私はスカートの端を握った。



 エリザベス達を見送ったあと。

 私とセシリアは城下町に立ち寄り、お土産のケーキを購入した。誤算だったのは、わずか一日でセシリアが聖女だと民衆に認知されていたことだろう。

 感謝の言葉は雨のように降り注ぎ、露店のまえを歩けば色々な商品を押しつけられる。途中から変装することで事なきを得たけれど、なかなかに大変な経験だった。


 そうして一息ついた頃、セシリアがポケットから小さな懐中時計を取り出した。青い瞳が文字盤を追い、次の瞬間、少し慌てた様子で顔を上げる。


「お姉様、そろそろ戻りましょう。アナスタシアに治癒魔術を掛けないと」

「あら、もうそんな時間なのね。いいわ、急ぎましょう」


 そんなやり取りを経て、私達は屋敷へと帰ってきた。

 その足で部屋に向かうと、アナスタシアは窓際の席で本を読んでいた。開け放たれた窓から吹き込むそよ風が、彼女の前髪を揺らしている。

 ビビットオレンジの髪が揺れてキラキラ輝く姿はとても絵になっていた。


「アナスタシア、調子はだいぶよさそうね」


 声を掛けると、アナスタシアがピクッと顔を上げた。

 そうして私を見ると驚いた顔をする。


「……え? ソ、ソフィア様? それにセシリアも? ……き、来たのなら声を掛けてくださったらよかったのに」

「一応言っておくとノックはしたわよ。貴女の侍女が入れてくれたのだけど……」


 私がちらりと視線を向けると、アナスタシアの侍女は「お嬢様は上の空で返事していらっしゃいました」と冷静に指摘した。


「あう。ごめんなさい。この本が興味深くて」


 彼女が見せてくれたのは、ウィスタリア公爵家の蔵書の一冊、聖女の伝承を纏めた本だ。


「勉強熱心なのね。なにか面白い記述は見つかった?」

「過去の逸話が面白くありますね。ただ……ソフィア様ほど活躍なさった方は、過去にもいないようですよ。それに、聖女以外が瘴気溜まりを浄化したという記述もありませんね。ソフィア様は一体どの本で、その記述を発見なさったんですか?」

「――っ」


 思わず答えに窮する。

 直後、隣にいたセシリアも、唇に指を添えて「そう言えば、私もここの図書室で何冊か本を読ませていただきましたが、そういう記述はなかったですね」と呟いた。


 これは想定外だ。

 私が知るあれこれは原作の知識だ。でも、そんなふうには言えないから、私はウィスタリア公爵家の蔵書に載っていたという言葉を、便利な言い訳として使っていた。

 彼女らが、私の家の本を読むことはないと思っていたから。


 困った私は「どこだったかしら? もうずいぶんと前だから忘れてしまったわ」と言い訳をする。それから、「そうだ、ケーキを買ってきたの、皆で食べましょう」と話を逸らした。


 という訳で、私達は中庭に設置した席に移動し、三人で丸テーブルを囲ってささやかなお茶会をする。ケーキを口にしたセシリアが、その青い瞳をキラキラと輝かせた。


「ん~~~っ。とっても美味しいです」

「ホントに美味しいですね。あのお店のパティシエ、また腕を上げましたね」


 アナスタシアが妙な感心の仕方をしている。

 とか思っていたら、セシリアが不意に表情を曇らせた。


「……セシリア?」

「あ、ごめんなさい、お姉様。なんでもありません」

「なんでもないって顔じゃないわよ」


 そもそも、なんでもない人は急に謝ったりしないと心の中で指摘する。


「……本当にたいしたことじゃないんです。ただ、孤児院のみんなにも、こんなケーキを食べさせてあげられたらな……って思って」

「なんだ、それならちょうどよかったわ。さっきケーキを買ったときに、孤児院にも届けるように、クラウディアに命じておいたから。ね?」

「はい、いまごろ、皆さんもケーキを食べている頃かと」


 クラウディアが答えると、セシリアが目を大きく見張った。


「ソフィアお姉様って、完璧すぎませんか?」

「あら、私だって出来ないことはたくさんあるわよ?」


 そう言って微笑むけれど、ホントかなとでも言いたげな目を向けられる。


「セシリア、ソフィア様がすごいのには同意するけど、お礼を忘れているわよ?」


 アナスタシアが指摘すると、セシリアがはっという顔をした。


「ごめんなさい、お姉様。ありがとうございます!」

「ふふっ、どういたしまして」


 そう答えつつ、申し訳ない気持ちになった。

 私はセシリアとの約束に従って、孤児院にはあれこれと世話を焼いている。それをセシリアが知らないと言うことは、忙しくて顔を見せる時間がないと言うことだから。


「セシリアは少し働き過ぎね」

「お姉様にだけは言われたくないですよ?」


 間髪入れずに言い返されて苦笑する。


「私はいいのよ。いまの状態が嫌いじゃないもの」


 前世では誰かに頼られることもなく、腫れ物のように扱われ、なにかを成し遂げることも出来ないままに儚く散った。だから誰かに頼られ、忙しい現状を私は気に入っている。


「そう言えば、アナスタシアの方はどう? 解毒ポーションは昨日で飲み終えたのよね? そろそろ魔力は操作できるようになった?」


 気遣いつつ尋ねると、アナスタシアは「それが……」と視線を斜め下に落とした。

 まだダメなのかと質問したことを悔やんだ次の瞬間、彼女は視線の先に手を掲げて見せた。


「少しだけ、魔力を動かせるようになりました」

「……もぅ、脅かさないでよ」


 そう口にした瞬間、細い息が零れ、自分が安堵したのだと自覚する。

 直後、セシリアが席を蹴立てて立ち上がり、アナスタシアのもとへと飛んでいった。


「アナスタシア、本当? 本当に魔力を動かせるようになったの?」

「え、ええ、本当よ。まだいつも通りじゃないけれど、感覚は戻りつつあるわ」

「……そっか。よかった。アナスタシア、おめでとう」


 セシリアがそう言って目元に小さな光を浮かべる。それを見たアナスタシアは目を見張り、続いてその釣り上がった目を細めて微笑んだ。


「ええ、貴女が看病をしてくれたおかげよ、ありがとうね」

「私は、なにもしてないよ」


 セシリアが首を横に振るけれど――


「あら、貴女がなにもしていないなら、私はもっとなにもしていないことになってしまうけど?」


 私がそう言って笑うと、セシリアは「そ、そんなことはありません!」と慌てた。

 アナスタシアがすかさず、「なら、私に感謝させなさい」と言って笑う。


「……あう。じゃあ、どういたしまして?」

「ええ、本当に感謝しているわ」アナスタシアはそう言って笑い、続けて私に向かって「ソフィア様もありがとうございました」と頭を下げる。


「気にする必要はないわ。貴女になにかあればセシリアが悲しむと思ったから。それに、私にとっても、貴女は……と、友達だもの」


 勇気を出して口にすると、中庭に小さな静寂が訪れた。そよ風が木々を揺らし、木漏れ日となって降り注ぐ光がゆらゆらと揺れる。

 沈黙に耐えかねた私がそっぽを向くと、ほどなくしてアナスタシアがクスクスと笑った。


「ソフィア様って、可愛らしいですね」

「……からかってる?」

「いいえ、素直な感想です。それに、友達と言ってくださって、すごく嬉しいですよ」

「そ、そう? ならいいけど……」


 友達発言が好意的に受け取られたことに笑みが零れる。私がその幸せを噛みしめていると、メイドが歩いてくる姿が目に入った。

 そのメイドは私の側に歩み寄ると、「シリル様がいらっしゃっています」と耳打ちをした。


「約束はなかったはずよね?」

「どうやら、急ぎで聖女関連のお話があるようです」

「……そう。なら、シリル様の席をここに用意して」


 私は手ぐしで髪型を整える。

 そうして顔を上げると、二人がなにか言いたげな顔をしていた。


「……どうかした?」

「お姉様、私達は席を外しますよ? ねぇ、アナスタシア」

「ええ、野暮なことは申しませんわ」


 私はコテリと首を傾げ、「聖女関連のお話みたいだから、貴方達も聞いた方がいいと思うわよ?」と答えると、なにやらすごく残念なモノを見るような顔をされる。


「……なによ?」


 もう一度問い掛けると、セシリアはふるふると首を横に振った。


「いいえ、なんでもありません」


 彼女はそう言って、ポケットから取り出した小さな懐中時計に視線を落とした。


「……セシリア、どうしたの?」

「いえ、少し時間が気になっただけです」

「……そう?」


 いつもと違う様子が少し気になったが――


「シリル様がいらしたみたいですよ」


 アナスタシアの呟きを聞いて私は肩口に零れた髪を手の甲で払い除けて背筋を正す。

 ほどなく、使用人に案内されたシリル様が姿をみせた。

 陽の光を浴びたブロンドの髪がキラキラと輝いている。そのまぶしさに目を細めつつ、私は席を立ってカーテシーで出迎える。


「シリル様、ようこそおいでくださいました。席を用意させましたのでどうぞおかけください」

「ああ、急に訪ねてきて迷惑を掛ける」


 彼はそう言って私の隣の席に座り、私達もそれに続いて席に座り直した。

 彼は紅茶を飲んで一息つくと、ふわっと笑みを浮かべる。


「まずは、先日のパーティーに出席してくれたことに感謝する。そなたらが出席してくれたことで、王家は体面を保つことが出来た。心から感謝する」

「もったいないお言葉です。私は貴族の娘として役割を果たしただけですわ」

「ならば、ウィスタリア公爵家の貢献は計り知れないな。それと……アナスタシア。そなたには無理をさせてしまってすまない。快復に向かっていると聞いたが、その後はどうだ?」

「おかげさまで、魔力もわずかに操れるようになりました」

「それはよかった。これでソフィアも安心だろう。ずいぶんと気に揉んでいたようだからな」


 シリル様がそう言って破顔した。

 アナスタシアとセシリアの視線が私へと向けられる。それがなんとなく気恥ずかしくて、私は自分の髪を指先で弄んだ。


「そ、それより、なにか急用なのではありませんか?」

「……ん? あぁ、そうだったな。実は王都で令嬢が襲撃された」

「え!? その令嬢はご無事なのですか?」

「ああ。護衛がいたために事なきを得たが、問題はその令嬢が訓練中の聖選の癒し手だったことだ。その令嬢が狙われたのか、聖選の癒し手が狙われたのかでは事情が大きく異なるからな」

「それは……たしかに気になりますね」


 令嬢個人を狙っただけならば、金品が目当てだった可能性もある。だけど、もし聖選の癒し手が狙いだった場合、ろくでもない理由しか思いつかない。

 そして、私はそういう存在に心当たりがある。登場するのはもっと先だったはずだけど……


「それで、その襲撃者の身元は分かっているのですか?」

「いや、正体は分かっていない。しかし、ただの賊という訳ではないと考えている。その襲撃者は揃って、腕に入れ墨があったそうだからな」

「……入れ墨、ですか?」


 アナスタシアが首を傾げる。


「腕をくるりと一周する、ひび割れた輪っかのような模様だそうだ」

「そんな入れ墨を全員が入れているんですか? それはなんだか不気味ですね」


 シリル様とアナスタシアが言葉を交わしている。私はそのやり取りを聞きながら、まさかという思いに駆られた。


「話の途中すみません。その入れ墨、もしやヒビの部分が赤くありませんでしたか?」

「あぁ、たしかに、赤色が使われていると言っていたが……」

「やっぱり……」


 混沌の神を祭る、ナイクティス教団。原作の続編で登場し、危険な思想を持ってルミナリア教団と敵対することになる。その教団のシンボルがたしか、壊れた円環だった。


「ソフィア、その入れ墨のことを知っているのか?」

「えっと……いえ、実は私も最近、どこかで見た記憶が――」


 それはとっさに口についた出任せだった。

 でも、口にしてから、本当にどこかで見たような気になった。


 ……どこだったかな?

 考えるけれど、入れ墨を見た記憶はない。

 もっと別のなにか……腕輪? いや、腕輪も見ていない。この身体は記憶力がいいから、そんなモノは見ていないと断言できる。

 ということは、別のなにか。たとえば、入れ墨じゃなくて装飾品とか……っ!


 そうだ、思い出した。パーティーに出席したとき、セシリアを取り巻いていた貴族の子供の中に、ひび割れたデザインの指輪をしている令嬢がいた。

 あの令嬢がナイクティス教団の信者?


 だとしたら、なにかセシリアに対してアクションが――と視線を向けた私は、彼女がまた小さな懐中時計を眺めていることに気が付いた。


「セシリア、さっきから時間を気にしているようだけど、その懐中時計はどうしたの?」

「これですか? ほら、昨日のパーティーで、ソフィアお姉様のことを悪く言った人達がいたでしょう? そのうちの一人に、お詫びの品としてもらったんです」

「まさか、あの言い訳をしていた令嬢?」


 指輪をしていた令嬢かと確認するけれど、セシリアは首を傾げる。


「ええっと、あの中にいたのは間違いありませんが、どんな会話をしていたかまでは。……あ、ちなみに、時間を気にしていたのは、正午に時計を見ると、面白いことが起こると教えてもらったからです。……えっと、あと十秒足らずですね」

「――っ。セシリア、その時計を捨てなさい!」

「……え?」


 私はセシリアの元に駆け寄り――その手の中にある懐中時計を叩き落とす。芝の上を転がった懐中時計はカチリと音を立て、時計の針が正午を指し示した。

 それがなにを引き起こすか確認するより早く、私はセシリアを押し倒した。


「お、お姉様!?」


 セシリアが驚愕の声を上げる。その直後、振り返った私が目にしたのは、なにかを引き起こした懐中時計――ではなく、私を護るように両手を広げたシリル様の後ろ姿だった。

 

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