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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 2ー2

 小説

 乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない1


 コミカライズ

 回帰した悪逆皇女は黒歴史を塗り替える2

 悪役令嬢のお気に入り6


 それぞれ好評発売中!

 


 あれから数日が過ぎた。一時は危ぶまれたアナスタシアだったが、いまは容態も安定している。ナビアの作ってくれた間に合わせの薬が功を奏した形だ。

 とはいえ魔力は扱えないままだし、高熱に浮かされてはいるので、薬の完成が待たれる。


 そんな訳で、私はアナスタシアのことを気に掛けつつも、学生生活を再開させた。

 私が聖女ではないと手のひらを返す人もいたけれど、私は最初から自分が聖女ではないと知っていたので特に気にはならなかった。


 それより問題なのは、セシリアが学校を休んでいることだ。

 国としては、真の聖女がセシリアであると大々的に発表したいと思っている。だけど、セシリアがアナスタシアの看病を続けているため、発表を遅らさざるを得ないのが現状だ。


 いまの感じなら、解毒ポーションが完成するまでに死ぬことはない――と説得してみたけれど、セシリアは納得しなかった。


 セシリアにとって、アナスタシアはそれだけ大切な友人なのだろう。

 その気持ちを汲んだ私は、アラン陛下にパーティーを遅らせるように願い出た。

 シリル様が取りなしてくれたこともあり、その願いは聞き入れられたけど、聖女が表舞台に上がらないことに対して、王都で様々な憶測が飛び交い始めた。聖女様が負傷したのではと、不安に駆られる者も少なくない。


 この状況が長く続くとよくないことになるだろう。そういう意味でも、早く解毒ポーションが完成して欲しいと願っていたある日、私の下に待ち望んでいたそれが届いた。


 昼間での授業を終えて帰宅した私は、すぐさまアナスタシアの部屋へ向かう。廊下を歩いていると、クラウディアが私に耳打ちをしてきた。


「ソフィアお嬢様、アナスタシア様の件で、使用人から不安の声が上がっています」

「……不安の声?」


 説明を求めると、彼女は殊更声を潜めた。


「彼女が床に伏せる理由を明かしていないので、未知の病気ではないか、と。看病をしていたメイドが不安を零したことで、噂が広がりつつあります」

「そういうのはお父様が対応なさるでしょう?」

「それが、聖女関連の出来事につき、判断はソフィアお嬢様に任せると」

「……そう」


 ウィスタリア公爵家の屋敷は広く、三桁に及ぶ使用人がいる。

 そのすべてが規律を完璧に守っているかと言えばそんなことはない。いまは王都でも様々な憶測が流れている時期だから、下手に隠そうとすると余計な憶測が広がりかねない。


「原因が毒であることだけ明かして口止めをしておいて。数日稼げればいいわ」

「……数日、ですか? そう言えば、さきほどなにか受け取っていたようですが……」


 もしかしてというクラウディアに、私はイタズラっぽい笑みを返した。

 私は赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、アナスタシアの療養する部屋の前についた。ノックをして部屋に入ると、ベッドに横たわるアナスタシアと、看病するセシリアの姿があった。


「ただいま、セシリア。アナスタシアの容態は?」

「お姉様、お帰りなさい。いまは、安定しています。魔力はまだ扱えないみたいですが……」

「そっか。あなたも治癒魔術の行使で疲れたでしょう? 代わるから少し休みなさい」


 アナスタシアはもちろんだけど、セシリアの顔にも疲労が滲んでいる。

 私はセシリアの場所に割り込んで、アナスタシアに治癒魔術を行使する。淡い治癒の光がアナスタシアを包み込めば、彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。


「……ソフィア様、申し訳、ありません」

「そういうときはありがとうって言うのよ?」


 私が茶目っ気たっぷりに笑うと、アナスタシアは少し困った顔で微笑んだ。


「感謝はしています。でも、魔術を使えなくなったばかりか、皆さんの足まで引っ張って……」


 力なく笑うアナスタシアが、私には泣いている子供のように見えた。

 アナスタシアは、聖選の癒し手として活躍し、家を復興するのだと意気込んでいた。

 実際、彼女は私の次に実力のある聖選の癒し手と目されており、その願いは早々に叶うはずだった。


 けど、今回のことで活躍の場は遠退くことになるだろう。それはきっと、家のために活躍したいと言っていた彼女に取っては、なによりも辛いことだ。

 だから――


「早く体調を戻して、瘴気溜まりを浄化できるようになりましょう」


 私はそう言って、大事に抱えていた木箱の中を開ける。割れないようにしっかりと固定されたそこには、二本のガラス瓶が収められている。


「ソフィア様、それは……?」

「解毒ポーションの試作品よ」

「――解毒ポーションが完成したんですか!?」


 いの一番にセシリアが詰め寄ってくるが――


「セシリア、貴重なポーションよ」


 落としたら大変という意図は伝わったのか、セシリアはビタッと動きを止めた。それから恐る恐る私の手元を覗き込んでくる。


「……それが、解毒ポーションなんですか?」

「ええ。暫定、解毒ポーションだけどね」

「暫定、ですか?」


 セシリアが不安げな顔をした。


「制作者曰く、アンチュリスの花の解毒に作用するとおぼしき成分は特定し、その効果を引き出した。だけど、強い薬だからなんらかの副作用があるかもしれないし、百パーセントの効果を引き出せたかも分からない、とのことよ」

「……効果はあるんですね?」

「臨床試験はしていないから、恐らく、だけどね」


 セシリアにそう説明した後、私はアナスタシアに向き直った。


「という訳だけど、貴女はこれを飲む?」

「飲まないという選択肢があるのですか?」

「いますぐは飲まない、という選択肢があるわ」

「……それは、どういう?」

「詳しい説明は省くけど、いまから臨床試験が始まるの」


 ナビアが開発するのとほぼ同時、王宮でも解毒ポーションが開発された。だから、それぞれの効果と安全性を確認するために、騎士を相手に臨床試験が決定したのだ。

 だから、その経過を待てば、アナスタシアはより安全な状態で解毒ポーションを使用できる。


 私がそれを伝えると、アナスタシアは少しだけ考える素振りを見せた。だけど次の瞬間、私をまっすぐに見つめ「いま、それを飲みます」と言い放った。


「いいの? 念のために言っておくけど、万が一の可能性はあるわよ?」

「私も聖選の癒し手の一人です。治療を先延ばしにして、お二人の手を煩わすなんて我慢できません。それに、一刻も早く復帰して、私も瘴気溜まりを浄化したいから」


 揺るぎない意志を秘めた瞳がとても綺麗だった。それだけの覚悟があるのなら他に言うことはないと、私は二本ある解毒ポーションのうちの、一本をアナスタシアに手渡した。


「強い薬だから、三日ほどに分けて飲むといいそうよ」

「ありがとうございます」


 アナスタシアはその瓶を大切そうにギュッと握りしめた後、取り分けるために身を起こそうとした。それをセシリアが留め、代わりにグラスに三分の一ほどを注ぐ。

 セシリアはそれをかすかに震える手でアナスタシアに手渡した。


「アナスタシア、どうぞ」

「……ええ、ありがとう」


 アナスタシアは緊張した面持ちでグラスを口元に近づけ――まずは一口。それから、再び口を付け、今度は一気に飲み干した。

 それを見ていたセシリアがアナスタシアに詰め寄る。


「どうですか? 治りましたか?」

「そんなにすぐ効果が現れるはずがないでしょう、落ち着きなさい」


 セシリアの腕を掴んでアナスタシアから引き剥がす。

 私はアナスタシアに向かって、というよりはセシリアに向かって「効果が現れるまで速くても十五分くらい。そこからゆっくりと回復に向かうはずよ」と伝えた。


「うぅ、十五分ですか。十五分ってどれくらいですか?」


 焦れすぎたセシリアが語彙力を失っている。

 私は「十五分は十五分ぐらいよと」苦笑しつつ、「強い薬だから、効果が現れたら貴女の治癒魔術が必要になるわ。だから、いまのうちにお昼ご飯を食べてきなさい」と諭した。


 それを聞くなり、セシリアは「分かりました、いまのうちに食べてきます!」と飛び出していった。その姿を見送っていると、アナスタシアのクスクス笑う声が聞こえて来た。


「ソフィア様は、セシリアの扱いが上手ですね」

「そうかしら?」


 だったら嬉しいなと、私はわずかに笑みを零した。


「ソフィア様はセシリアと仲良しですね」

「そうね。私の大切な家族だもの」

「……家族」


 アナスタシアが愁いを帯びた顔をした。


「そう言えば、貴女はモンゴメリー家を繁栄させるためにがんばっているのよね?」

「ええ。弟が家を継いだときに少しでも楽になるように盛り立ててあげたくて。なんて、そうすることで、私の嫁ぎ先の幅が広がるから、という打算もあるんですけどね」


 アナスタシアが茶目っ気たっぷりに笑う。

 たぶん、どっちも本音なんだろう。

 個人的に言うなら、家族のためにがんばるアナスタシアの評価は急上昇中だ。成果を上げられるといいなぁと心の中で応援していると、不意に扉がノックされた。

 それに対応したクラウディアが振り返ってアナスタシアを見た。


「アナスタシア様の弟君がいらっしゃっています」

「……ジュリアンが?」


 アナスタシアが目を瞬いた。驚いているようだけど、その青い瞳は弟に会いたいと物語っていた。それを確認した私は、その子を部屋に通すようにと命じる。

 ほどなく、私達よりも少し幼い、十二歳くらいの男の子が部屋に入ってきた。

 彼は私に挨拶をした後、早足でベッドへと向かった。


「アナスタシア姉様、お見舞いに来るのが遅くなって申し訳ありません。倒れたと聞きましたが、お体は大丈夫なのですか?」


 情報が統制されているために、ジュリアンは詳しい事情を知らされていないようだ。それに気付いたアナスタシアが、どうすればいいかと言いたげな視線を向けてきた。


「口止めさえしてくれれば、話して問題ないわよ。ということで、私は少し席を外すから、薬の効果が現れたら呼んでね」


 私はそう言い残して部屋をあとにした。

 廊下に出た私は壁に身を委ね、肩口から零れ落ちた髪を指で払い除ける。そうして手持ち無沙汰で待機していると、そこにセシリアが戻ってきた。


「ソフィアお姉様、そんなところでなにをしているんですか?」

「いま、アナスタシアの弟が来ているのよ。というか、戻るの速いわね? ちゃんとよく噛んで食べないと消化に悪いわよ?」

「大丈夫です、全力でもぐもぐしました」

「……そう」


 全力でもぐもぐするセシリアを思い浮かべ、それがちょっと可愛いと思ってしまった私は、吹き出しそうになって視線を逸らした。

 そうしてセシリアと並んで壁の花になる。そのまま無言で壁にもたれていると、セシリアが不意に口を開いた。


「ソフィアお姉様、ありがとうございます」

「……急にどうしたの?」


 コテリと首を傾げる。


「ソフィアお姉様に一杯お世話になって、ずっと申し訳なく想っていたんです。だけど、お姉様がさっきアナスタシアに言っていたでしょう? そういうときはありがとうって言うのよって」

「そうね。私はお礼を言われる方が嬉しいわ」

「はい。いっぱい、いっぱい、ありがとうございます」


 さすが乙女ゲームのヒロインと言いたくなるような笑顔でお礼を言ってくる。うちの子は可愛いなぁと感心しつつ、私は「どういたしまして」と笑顔を返した。

 そうして他愛もない話を続けていると、ほどなくしてジュリアンが部屋から顔を覗かせた。


「……あら、もういいの?」

「はい。というか、薬の効果が現れたから少し寝る、と」

「あっ、じゃあ治癒魔術を掛けてきますね」


 セシリアはそう言って、ジュリアンと入れ替わりで部屋に入っていった。それを見送ったジュリアンが、「彼女はアナスタシアお姉様のご学友ですか?」と私に尋ねる。

 私は壁から身を離し、「彼女はセシリア、私の義妹で、アナスタシアの友人よ」と答える。


「あの方が噂の聖女ですか!? あぁ……失敗しました。彼女にもお礼を言うべきだったのに」

「私でよければ伝えておくわよ?」


 私がそう口にすると、ジュリアンは「では、すみませんがお願いします」と口にした。

 それからハッとした顔になり、「ソフィア様も、ありがとうございます」と今度は私に向かって頭を下げた。


「……今日はよくお礼を言われる日ね」

「えっと……?」

「こっちの話よ。それで、なんのお礼?」

「姉様から聞きました。ソフィア様が貴重な薬を用意してくれたって。それで、その……薬のお代はどうすればよろしいのでしょう?」


 ジュリアンが不安げな顔で私を見上げる。

 私はクスッと笑みを零した。


「私は友達を助けただけだから代金は必要ないし、モンゴメリー家になにかを要求することもないわ。まあ、アナスタシアにはなにかしてもらうかもしれないけど」


 そう冗談ぽく言ったのだけど、ジュリアンの顔色が悪くなった。


「あ、あの、姉様は僕のためにがんばっているんです。だから、姉になにかさせるつもりなら、僕が代わりに引き受けます」


 私を見上げる彼は、道に迷った子犬のようだ。


「不安にさせてごめんなさい。さっきも言ったけど、私は友達を助けただけよ。だから、そんなふうに気にする必要はないわ。アナスタシアにも、無茶を言うつもりはないから」


 そう言って微笑むと、ジュリアンは安堵の表情を見せた。


「……ソフィア様は、姉様が言っていたとおりの方なんですね」

「アナスタシアが、私のことをなんと言っていたの?」


 なにそれ気になると、そんな内心を抑えながらも少しだけ早口で聞き返した。


「アナスタシア姉様は最近、明るくなったんです。まえは、家のために結果を出さなきゃいけないんだって、どこか必死な感じで……もちろん、いまもがんばってはいるんですが」

「……分かる気がするわ」


 初めて会ったときのアナスタシアはどこかツンツンしていた。でも、いつからか、少しだけ余裕が感じられるようになっていた。


「アナスタシアお姉様が言ってました。ソフィア様は聖女じゃないのに、聖女と同じくらい活躍している、とってもすごい人だから、私もあんなふうになりたいって」

「……そう、なんだ」


 彼女の変わる切っ掛けになったのかもしれない。それに気付いた私は明後日の方を向いた。嬉しくて、顔が緩みそうになったから。


 いままでは『きっと聖女は貴女だ』と言われる度に、自分は聖女でないと証明するのに必死だった。だから、『聖女じゃないけどすごい』と言われるのは新鮮で……純粋に嬉しかった。

 そんなふうに浮かれていたから、ジュリアン沈んだ顔をしたのに気付くのが遅れた。


「だけど、さっきぽつりと、魔力が扱えなくなった、このままだったらどうしよう……って」


 ……あぁ、そっか。アナスタシアにとっての『魔力が扱えない』は、前世の私に取っての『みんなと同じことが出来ない』状態なんだ。


 セシリアはそんな彼女の苦しみに気付いていた。だから、あんなにも必死に看病を続けていたのだろう。私ももっと、人の心の機微が分かるようにならないとなと反省する。


「大丈夫よ。さっき薬を飲んだから、きっとすぐに魔術を使えるようになるわ」

「そう、ですよね。僕もそうなることを願っています」

「大丈夫、彼女は強いもの」


 そう言って、アナスタシアの状態が一日でも早く回復することを願う。

 彼女が回復したら、次は彼女に瘴気溜まりを浄化してもらおう。そうして誇らしげに微笑む彼女の姿を思い浮かべながら、私はジュリアンとおしゃべりを続けた。

 

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