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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 1ー6

 乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない

 一巻本日発売です!

 

 ――気が付けば、私はリビングのソファにもたれかかっていた。

 下手をしたら二度と目覚めない。目覚めてもしばらくは安静の重症を覚悟していた私は、自分の容態に違和感を覚えつつ周囲を見回す。

 柔らかな光が部屋を満たし、優しい風が前髪を揺らす。私の手には紅茶が注がれたカップ。明らかに異質なその状況には覚えがある。

 視線をあげると、お姉さん風の洋服を身に着けた女性――オラキュラ様が微笑んでいた。


 世界の観測者であり、死にゆく定めだった私を転生させてくれた恩人でもある。そんな神にも等しいオラキュラ様に再会できたことは嬉しいけれど、私の胸はドクンと嫌な音を立てた。


「もしかして私は……死んだのですか?」

「心配しなくても貴女は無事よ。私は眠っている貴女の夢に干渉しているだけだから」


 ほっと安堵の溜め息をつく。私は気を取り直してオラキュラ様に視線を向ける。


「オラキュラ様、またお会いできて嬉しいです」

「私もよ。でも、あまり時間はないの。だから用件だけを話すわね」

「……分かりました、聞かせてください」


 時間がないというのなら、無駄な質問はしない。彼女の言葉を聞き漏らすまいと、神経を研ぎ澄ませた。


「単刀直入に言うと、貴方達に死の危険が迫っているわ」

「――っ。これから、さらに危険がある、と?」


 思わず、手に持っていたカップを取り落としてしまう。中身が注がれていたはずのそれは絨毯に上に落ちて砕け散る――寸前、音もなく消え失せた。


「落ち着きなさい。以前にも言ったでしょう? 原作のストーリーはもともと薄氷の上でワルツを踊るような危険なストーリーだって」

「それは、もちろん覚えていますが……」


 言い方は悪いけれど、原作にはご都合主義なところがある。

 奇跡は起きないから奇跡なのだ。だけど、原作でヒロインがピンチに陥れば、攻略対象や仲間達が奇跡的に駆けつけて助けてくれる。

 攻略対象が毒に侵されて生死を彷徨えば、愛の力で奇跡的に一命を取り留める。


 私がこの世界に来たときだってそうだ。

 湖に落ちて溺れた私を、シリル様が救ってくれた。

 だけど普通なら、一国の王太子がそんな無謀なことをするはずがない。恋愛が主題だからマイルドに書かれているだけで、一歩間違えれば死ぬシーンが原作にはたくさんある。


 そして、この世界には原作ストーリーの強制力なんてものはない。私が介入したことで変化が訪れた以上、原作と同様に運良く命が助かる保証はどこにも存在しない。

 それらは、以前にも忠告されていたことだ。

 だから――


「あらためて警告するのには、なにか理由があるのですよね? なにを根拠にそのようなことを仰るのか、教えてくださいませんか?」

「時間がないから端的に言うわ。ラプラスの悪魔という概念を知っているかしら?」

「……ええっと、はい。触りくらいなら」


 簡単に言うと、ある瞬間のすべてを把握していれば、その先の未来を予測できる、という概念である。って、待って。すべてを識る存在……?


「オラキュラ様は、観測者だと言っていましたよね。貴女はラプラスの悪魔、なのですか?」

「私はそこまで万能じゃないわ。でも、観測者である私は多くのことを把握している。だから警告しているの。このままなら、貴方達の誰かが死ぬ、と」

「その誰か、と言うのは?」

「そこまでは分からないわ。と言うか、貴女の行動次第よ」

「私の行動次第で、誰かが……死ぬ?」

「そうね。そして、貴女の行動次第で誰かを救える、とも言えるわ」

「……理解、しました」


 オラキュラ様はさきほど、原作のストーリーを、薄氷の上でワルツを踊っているようだとたとえた。まさに、いまの私達がその状況なのだろう。


 このまま踊り続ければ、誰かが氷を割って冷たい水の中に沈むことになる。その誰かは私かもしれないし、私の友人かもしれない。

 脳裏に、毒に侵されたアナスタシアの顔が脳裏に浮かんだ。いまの時点でもっとも危険なのは彼女だろう。


 私の行動次第で誰かが死ぬ。

 そう言われて怖くない訳じゃない。


 だけど、知らなければ気を付けることも出来なかった。危機が迫っていると知ったのなら、その未来を回避する努力をすることが出来る。


 なにより、私は最初から、この世界を乙女ゲームのハッピーエンドに導いて、私自身も幸せになると決めている。だから、私は恐怖に抗い、努めて笑みを浮かべた。


「……オラキュラ様、ありがとうございます。私の行動で被害をなくすことも出来ると言うのなら、私は誰も死なない未来を必ず掴み取って見せます」

「いい返事ね。貴女が幸せな未来を掴み取れるよう、心から応援しているわ」


 彼女が微笑むと、リビングが真っ白に塗り潰されていった。


 そして次に目を開くと、天幕の天井が目に入る。私は簡易ベッドに寝かされていた。慌てて自分の状態を確認するけれど、特にこれといった痛みはない。

 オラキュラ様が言ったように、私は一命を取り留めたようだ。

 続けて周囲を見渡すと、隣のベッドにはアナスタシアが眠っており、セシリアが治癒魔術を施していた。そして私の隣にはエリザベスが控えている。


「……エリザベス?」

「ソフィア様、お目覚めになったんですね!」


 エリザベスが大きな声を上げると、「なに? ソフィアが目覚めたのか?」とか、「ソフィアお姉様!?」とか、いくつもの声が聞こえてみんなが集まってきた。


「ソフィア、身体は大丈夫か?」


 真っ先に声を掛けてきたのはシリル様だった。私を見つめる青い瞳が不安げに揺れている。私はベッドの上で上半身を起こし、自分の身体にケガがないことを確認した。


「大丈夫みたいです。……エリザベスが治してくれたのかしら?」


 視線を向けると、彼女は苦笑した。


「少しは治しましたが、ソフィア様はもとから軽傷でしたよ。まったく。鍛え抜かれた騎士ですら、骨折をしていたというのに、ソフィア様はどれだけ頑丈なんですか?」


 なにやら呆れられてしまったけど、私だって自分がそんなに頑丈になった覚えはない。他になにか理由が……と考えた私は、あのとき甲高い音が響いたことを思い出した。


「もしや、シリル様がなにかしてくださったのですか?」

「風の足場を盾としたのは事実だ。だが、それはあの一撃を受け止められるほどのものではなかった。そなたが結界を張ったのではなかったのか?」

「……結界? あぁ……」


 胸元に視線を落とせば、ネックレスに飾られた魔石から色が消えている。浄化をするとき、セシリアの魔力を押し出すのに私の魔力を込めたので、本来なら青く輝いているはずだ。

 そしてもう一つ、お父様に用意していただいたローブ。


「どうやら、魔導具の護りが纏めて発動したようです」


 私がそう答えると、シリル様は「あの攻撃を防ぐほどの護りか」と顔を引き攣らせた。

 もしかして、相当に高価な護りだったんだろうか? なんにしても助かったと息を吐く。


「ともかく、そなたが無事でよかった」


 シリル様に優しく微笑まれ、むずがゆさを覚えた私は、「護りがあったとはいえ、シリル様の魔術がなければ大怪我を負っていたでしょう。お守りいただいたこと、心より感謝申し上げます」と口にした。

 瞬間、シリル様は不穏な表情を浮かべる。


「……ほう? 私の助けがなければ大怪我を負っていたと、認めるのか? 私はそなたに、無茶をするなと言ったはずなのだが?」

「うぇ? そ、それは、その……」


 助けを求めてエリザベスに視線を向けると、彼女はとても笑顔だった。


「言い出した私が、もっとも危険な役目を引き受けると言いましたよね? どうして私より危険な目に遭っているんですか?」


 ダメだ。彼女も怒ってる。

 私は続いてセシリアに視線を向けると、彼女は涙目で私を睨んでいた。ここに私の味方はいない。それを理解して天を仰いだ。

 前世の私は、なにも出来ない自分を歯がゆく思っていた。だから転生して、なんでも自分で出来るようになって、みんなのためになにかを出来るのが嬉しくてがんばった。

 でも、それで周囲が心配すると言うことを私はまだよく分かっていなかったみたいだ。


「……ごめんなさい」


 自分の不甲斐なさが申し訳なくて、私はちょっぴり涙目で頭を下げた。そうして頭を下げっぱなしにしていると、周囲から戸惑うような空気が流れてきた。


「み、皆様、ソフィア様もこうして反省なさっているようですし、そこまで責めなくてもよいのではありませんか?」


 セシリアが私の左腕に抱きついた。


「そ、そうですよ! ソフィアお姉様は私達のためにがんばってくれたんですよ」


 続いて、エリザベスが私の右腕を掴んで庇ってくれる。顔を上げると、二人に訴えかけられていたシリル様が困った顔をしていた。


「……いや、私も別に、ソフィアを責めている訳では……と言うか、そなたら、さっきまで散々、心配掛けてと怒っていただろ?」

「私はお姉様を心配していたんです」

「……私も、自分が危険な役目をするべきだと考えていただけで怒ってはないです」


 セシリアとエリザベスの言葉に、シリル様は小さく息を吐いた。


「分かった。というか、私も怒っていない。ただ、心配しただけだ」

「……その、心配掛けてごめんなさい」


 私がもう一度うなだれると、シリル様に頭を撫でられた。それがちょっぴり恥ずかしくて上目遣いで睨むと、彼は苦笑して手を離してしまった。


「とにかく、無事でよかった。それに、そなたのおかげで騎士団も犠牲者は出なかった」

「そうだ! 騎士の皆さんは無事だったのですか!? それに、アナスタシアは?」

「騎士は無事だ。熱を出している者はいるが、いまのところ微熱程度だ。それにアナスタシアの容態もいまは安定している」

「そう、ですか……」


 差し迫った状況ではないと安堵。

 それから、ここはどこかと尋ねる。


「ここは森の外だ。あの魔獣、カースドファングだったか? を仕留め損なってな」


 私はその言葉にビクッとなった。


「逃げられたのですか?」

「ああ。追撃も考えたが、皆の安全を優先して撤退を選んだのだ」

「それは、仕方ないですね」


 今後の安全のためにも倒しておきたかった。私が気を失っていなければとも思うけれど、それは考えても仕方のないことだ。ひとまず、犠牲が出なかったことを感謝するべきだろう。


「では……あ、そうだ。アンチュリスの花はどうなりましたか?」

「採取は出来た。ただ……現地の群生地は戦闘でぐちゃぐちゃになってしまった。少し見て回ったが、あの場所で再びアンチュリスの花が咲く可能性は低いだろうな」

「……そう、ですか。では、絶対に栽培を成功させないといけませんね」


 群生地が全滅したのは残念だけど、採取した後だったのは不幸中の幸いだった。


 その後、出発まで少し休むようにと命じられた。そうしてみんなが退出していくが、セシリアだけは私にしがみついたまま離れない。


 セシリアの顔には疲労が色濃く滲んでいる。恐らく、治癒魔術の使いすぎだ。

 それに――と、セシリアの胸元に飾られたネックレスを摘まみあげる。本来は私の魔力で水色に輝いていたそれが、いまは無色の魔石に戻っている。

 きっと、私が意識を失ったあとに護りを使うような無茶をしたのだろう。私はその魔石に魔力を込めながら笑いかける。


「セシリア、貴女も少し休みなさい」

「……はい、お姉様」


 そう答えるけれど、やっぱりセシリアは動かない。


「セシリア?」

「その……ごめんなさい」

「どうして貴女が謝るの?」

「だって、私のせいでソフィアお姉様が危ない目に」


 泣きそうな顔。

 自分が聖女だからという理由で護られていることに罪悪感を抱いているのだろう。私は少し考えたあと、「貴女のせいじゃないわ」と微笑んだ。


 ここは乙女ゲームをもとにした世界で、私は悪役令嬢だ。

 けど、オラキュラ様は、自由に生きてかまわないと言ってくれた。セシリアが聖女として活躍しなければ世界が滅ぶという制約はあるけれど、本来なら私が危険を冒す必要はない。

 だけど――


「私がそうしたかったからしただけ。貴女が責任を感じるようなことじゃないわ」

「お姉様がしたかった、ですか?」

「そうよ。私は家族を見捨てたりしない。そして、私は貴女を義妹として認めている。だから、なにがあっても、どんなに大変な思いをしても、私は必ず貴女を護るわ」


 そう宣言すると、セシリアは青い瞳をわずかに潤ませた。


「セ、セシリア? もしかして、迷惑だった?」


 私がそう問うと、セシリアはふるふると首を横に振った。


「……私、家族に憧れていたんです。もちろん、孤児院のみんなのことも家族のように思っているけれど、もっと特別な、私だけの家族が欲しかったんです。だから……そう言ってくれて、すごく嬉しいです」


 セシリアが涙を指で拭い、透明感のある笑顔を浮かべた。

 それを見て、私も胸が一杯になった。

 前世の私は家族に愛されることを夢見て生きていた。だから、転生した私――ソフィアに、優しい家族がいることはすごく嬉しかった。


 だけど、彼らはソフィアの家族だ。私は間違いなく、彼らを本当の家族と思っているけれど、同時に後ろめたさもあった。


 でも、セシリアは違う。

 彼女は『いまの私』と出会い、私の家族になりたいと言ってくれた。

 そのことを、私はなにより嬉しく感じている。


「セシリア、これからも私を頼っていいのよ」

「嬉しい、です。けど……私は護られるだけじゃ嫌です」

「……そっか。なら、立派な聖女になって、世界を救ってくれる?」

「そうしたら、ソフィアお姉様は嬉しいですか?」

「ええ、もちろん。貴女の姉として誇らしく想うわ」


 そう言って笑うと、セシリアは瞬きを一つ。

 その瞳をキラリと輝かせた。


「はい! 私、お姉様が誇れるような聖女になります!」

「いい子ね。期待しているわ。みんなで、この苦難を乗り越えましょう」


 そうして、私はこの物語を、自分の手でハッピーエンドへと導いてみせる。

 

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