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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピソード 1ー5

 乙女ゲームのスチルを頼りに、現実世界でアンチュリスの花の群生地を探す。中には、そんなことは不可能だという人もいるだろう。

 でも、私は無理じゃないと思っている。


 作中に登場する場所や建物を特定した例はいくらでもある。作品のファンがその地を訪れる、聖地巡礼という言葉を聞いたことのある人は多いはずだ。


 とはいえ、問題もある。

 原作のスチルを知っているのが私一人なことだ。この身体は一度見聞きしたことの大半を忘れない優秀な頭脳を備えているけれど、前世の記憶はそれに当てはまらない。


 それでも、小川と大木、群生地の位置関係はなんとなく覚えていた。私はそれをもとに探索を続ける。森の中を流れる小川沿いに歩いて行くと、遠くに大木が見えた。それが背景になるように移動していると、ぽつんと大きな木の生えていない空間に行き当たった。

 地面の色が少し違うのは、風化した鉱石が土と混じっているからだろう。


「……ありました」


 視線の先、色が違う地面の上にだけ美しい花が咲いている。薄紫色の花片は透き通るクリスタルのように透明で、中心には魔石のような核がある幻想的な花だ。

 それに見惚れていた私の横にシリル様が並び掛けてきた。


「あれがアンチュリスの花か。……美しいな」

「夜になると燐光を放つそうです」

「それは……ぜひ見てみたいところだが、残念ながらいまは時間がない。ソフィア、必要なのはあの花のどの部分だ?」

「素材になるのは、花の中心にある魔石のような核の部分です。花が咲いている状態の核だけが、解毒ポーションの素材になると文献にはありました」

「ならば、その核のみを採取すればいいのか?」

「いえ、土ごと苗を持ち帰りましょう。そうすれば、王都でも栽培できるはずです」

「苗は分かるが……土?」


 シリル様が怪訝な顔をした。


「アンチュリスの花が咲いている部分だけ土の色が違うでしょう? 風化した鉱石の成分が花を育てるのに必要な養分となるのだと推測します」


 私がそういうと、シリル様は「そうなのか?」とマクシミリアンに視線を向けた。だが、マクシミリアンは「分かりません」と首を横に振る。


「シリル様、どうか信じてください」

「いや、博識なことに驚いただけで、そなたの言葉を疑っている訳ではない。もちろん、そなたの言うとおりにしよう。――マクシミリアン」

「心得ております」


 マクシミリアンが応じ、騎士達がアンチュリスの花を周囲の土ごと掘り起こしていく。花の数が多くないことにもあり、作業は順調に進んでいく。


「あまり数が多くありませんが、自然に増えるように根絶やしにはしないでください」

「分かりました。では、このくらいでしょう」


 私のお願いを聞いて、マクシミリアンが騎士達の作業を止めた。そうして撤収作業に入ったそのとき、周囲を警戒していた騎士から警告が響いた。


「大型の魔獣、そちらに向かっています!」


 とっさに警戒態勢を取る。

 声が聞こえて来た方、森の奥で木が一本、二本とへし折られた。そしてほどなく、馬車くらいはある巨大な四足歩行の獣が飛び出してきた。

 その巨体が天に向かって吠えた。ビリビリと衝撃が伝わってくる。


「あ、あれは、まさか……」

「ソフィア嬢はあれを知っているのですか!?」


 切羽詰まった声のマクシミリアンが問い掛けてくる。

 シルエットはブラッディウルフのような姿。だが、禍々しい影を纏っていて、その身体は馬車くらいもある。その姿を、私はゲームのスチルで見たことがある。


「あれは恐らくカースドファング、瘴気に触れて進化を遂げたブラッディウルフです!」

「あの巨大な魔獣がもとはブラッディウルフ? なら、対処法は分かりますか?」

「他の魔獣と同じように倒すことが可能なはずですが、その攻撃を受けると幻影蝶と同じ毒を受けます。その身に纏う瘴気を浄化すれば、無毒化して、弱体化も出来るそうですが……」

「あの巨体に非戦闘員を近づけるのは難しいな。分かった、まずは通常戦闘で対処する! 総員、聞いての通りだ。距離を取って慎重に戦え!」


 マクシミリアンの命令の下、カースドファングとの戦闘が開始される。

 馬車ほどの巨体ながら、オオカミと同程度の素早さを備えている。騎士達がなんとかその動きを抑えようとするが、カースドファングは機敏に立ち回る。

 一進一退の攻防に、鉱石混じりの地面が跳ね上げられ、周囲に土埃が舞う。その激しい戦闘を見守りながら、私はシリル様や護衛と共に、非戦闘員やアナスタシアを連れて退避した。


 そうしている間にも続く激しい戦い。

 騎士達は剣や魔術を使ってカースドファングにダメージを負わせていくが、そのあいだに何名かの騎士がカースドファングの爪で負傷してしまった。見た感じは軽傷だが、負傷者の動きが明らかに鈍くなる。


「ち、治療しないと!」


 セシリアが木の陰から飛び出し、負傷した騎士のもとに駆け寄ろうとする。私はとっさに「ダメよ!」とセシリアの手を掴んで引き止めた。

 直後、カースドファングがその巨体をこちらに向ける。


「戦場で治癒魔術の使用は自殺行為です、お下がりを!」


 護衛の一人が叫んで、私達を庇うようにまえに立った。それとほぼ同時、カースドファングがこちらへ駆け寄ろうとするが、マクシミリアンがその足を目掛けて剣を振るった。

 カースドファングはそれを回避して飛び下がり、再び騎士達と戦闘を繰り広げる。それを横目に、セシリアが青ざめた顔で頭を下げた。


「ご、ごめんなさい、私」

「焦る気持ちはよく分かるわ。でも、無茶はダメよ」


 うなだれるセシリアを慰めつつ、私は戦況に目を向けた。

 騎士達の攻撃がカースドファングにいくつもの手傷を負わせているが、そのどれもが致命傷にはほど遠い。対して、相手の攻撃はまともに当たれば致命傷だ。


 それに、カースドファングの攻撃を受けて動きの鈍くなった騎士達がいる。放っておけば、彼らはカースドファングの追撃を受け、二度と帰らぬ人になるだろう。


「ソフィア様、なにか打開策はありませんか!?」


 縋るような声を上げたのはエリザベスだ。父の身を案じているのだろう。その金色の瞳に浮かぶハイライトが不安に揺れている。


 なんとかしてあげたいと、私は原作の戦闘シーンを思い返した。本来なら物語の中盤以降――つまりはもっと先に登場する強力な魔獣。

 戦闘シーンでは、聖女がカースドファングの瘴気を浄化して弱体化させていた。


「やはり、瘴気を浄化するしかないわ。そうすれば、いまの戦力でも勝てると思う」

「浄化? なら私が――」


 セシリアが名乗りを上げようとするけれど、私は「ダメよ!」と遮った。


「貴女は聖女。人類にとっての切り札であるがゆえに、絶対に失う訳にはいかない存在なの。貴女を、あのカースドファングに近付けさせる訳にはいかないわ」


 私がそう説得すると、セシリアは悔しげな顔をして俯く。そして、それを見ていたシリル様が沈黙を破った。


「……ソフィアの言うとおりだ。聖女の両肩には、全人類の命が乗っている。決して、危険に晒していい存在ではない」

「で、では、どうするのですか?」


 泣きそうなエリザベス。私は彼女の頬に触れ、「大丈夫よ」と微笑んだ。私は胸元で金色に輝く、セシリアの魔力が込められた魔石のネックレスを摘まみ上げた。


「……ソフィア様、なにを? って、まさか!?」

「ええ。瘴気溜まりと同じなら、これで浄化できるはずよ」

「「「――無茶だ(です)!」」」


 シリル様とセシリア、エリザベスの声が重なった。その三対の瞳が不安に揺れている。彼らの私を心配する想いが強く伝わってきた。

 だから、私は彼らを心配させないように笑みを浮かべた。


「大丈夫、私は無理なんてしませんから」

「「「…………」」」


 無言の圧力。彼らはなにも言っていないのに、嘘つきという言葉が聞こえてきた。そして、私が次の言葉を探しているあいだに、エリザベスが私に詰め寄ってくる。


「ソフィア様、言い出したのは私です。だから、私にさせてください」


 まっすぐに向けられる強い意志を秘めた瞳。

 そんな彼女の姿と、なにも出来ずにいることを嘆く、前世の私の姿が重なった。


「分かった。なら、重要な役を貴方に任せるわ。二人なら比較的安全な方法が選べるから」

「――任せてください。……でも、二人なら比較的安全な方法が選べるって、やっぱり一人で無茶をするつもりだったんですね?」


 エリザベスにジト目を向けられ、私は明後日の方を向いた。



 作戦を皆に伝え終え、それぞれが役目を果たすために動き始める。

 アナスタシアと負傷者、それとセシリアは護衛と共にその場に待機。

 まずはエリザベスが、騎士達と戦闘を繰り広げるカースドファングとの距離を詰める。彼女が得意とするのは炎の魔術。その炎の魔術を放つために詠唱を始めた。


「エリザベス、なにをやっている、下がれ!」


 真っ先に気付いたマクシミリアンが警告を発する。けれど、詠唱中のエリザベスは答えない。そして、それに気付いたカースドファングがエリザベスを次の標的に定める。

 そして――突進。馬車ほどの巨体でエリザベスに向かって駈けだした。


「――食らいなさい!」


 エリザベスが全力で作り上げた炎の魔術を放つ。

 それが向かってくるカースドファングに直撃した。炎が周囲ごとカースドファングが焼くが、カースドファングは足を止めずにエリザベスに飛びかかった。


「――ひっ」


 爆炎を纏いながら、暴走する馬車のごとくに自分に向かってくる巨体をまえに、エリザベスが悲鳴を上げながら尻餅をついた。

 そこに、カースドファングが飛びかかる。


「エリザベス!」


 マクシミリアンの悲痛な声が響き渡った――瞬間、カースドファングが躓いた。その巨体の勢いは止まらず、エリザベスの上すれすれを超えて地面にダイブする。

 私が事前にお願いしたとおり、シリル様が空気を圧縮した足場でカースドファングの出足をくじいたのだ。


 頭から地面に突っ込んだカースドファングが止まったのは、私のすぐ目と鼻の先。私はセシリアの魔力が込められたネックレスをカースドファングに押し当て、全力で魔力を放った。

 私の魔力に押し出され、魔石からセシリアの魔力があふれ出る。それがカースドファングに触れると同時、その身を覆っていた影――瘴気が浄化されていく。


「瘴気を浄化しました! これで弱体化するはず――」


 みなまで言い終えるより速く、カースドファングがその巨体を起こして立ち上がった。四足歩行の獣であるにも関わらず、顔の高さが私よりも少し高い。

 寸前まで触れていた至近距離、カースドファングに見下ろされた私は恐怖に身を竦めた。


「ソフィア!」


 シリル様の声を聞いて我に返る。

 逃げなきゃ! そう思った瞬間、カースドファングが右前足を振るった。予備動作のほとんどない鋭い一撃が私に襲い掛かる。

 とっさに、両腕で顔を庇った。直後に金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が三度響き、私は衝撃を受けて吹き飛ばされ、地面の上をごろごろと転がって止まる。


 ……痛い、すごく痛い。だけど、それは泣き言を言えるレベルの痛みだった。もしかして、痛みが麻痺しているのかな……と不安になる。

 直後、シリル様の「総員、いますぐにあの魔獣を倒せ!」と叫ぶ声が聞こえた。続けて、泣きそうな顔で駆け寄ってくるセシリアの姿が目に入る。

 彼女がなにかを叫んでいるけれど、その声を上手く聞き取れない。


「きちゃ、ダメよ……」


 貴女が死んだら、世界が滅びるんだから、と声にならない声で訴える。それと同時に、視界がぼやけ始めた。そうして、半泣きのセシリアを視界に映しながら、私は意識を手放した。

 

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