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エピソード 1ー5

 結果から言うと、魔術を使うことは出来た。

 ただし、魔法陣の展開速度や精密さが下がっていて、記憶にあるよりも少しレベルが落ちている。このままでは、公爵令嬢として満足な結果は出せないかもしれない。


 うぅ……シリル様やお兄様に情けない姿は見せたくない。

 だけど、発表の内容だけに気を取られる訳にもいかない。第一目標はシリル様を守ることで、第二目標は発表会の中止を阻止すること。

 私が公爵令嬢として、ちゃんと魔術を使うのはその次だ。まずは事件を未然に防ぐ努力をする。そう考えた私は会場に入ってすぐ、クラウディアに声を掛けた。


「クラウディア、アウローゼ子爵家の家紋を身に着けたローブ姿の男を見かけたわ」


 原作通りなら、その人物がこの会場内でシリル様の命を狙っている。私はそれを警告するために、アウローゼ子爵家の人間を見たと嘘を吐いた。


「……アウローゼ子爵家、ですか?」


 聞き覚えのない名前だったのか、クラウディアは小首を傾げた。だが覚えがないのも当然だ。アウローゼ子爵家は十年ほどまえに取り潰しになった家である。

 本来なら、家紋を着けた人間がいるはずはない。なのに会場内にいるなんて、王家に復讐しようとしているかもしれないと伝えれば、クラウディアは顔色を変えた。


「それは、本当ですか?」

「分からないけれど、意味もなく取り潰しになった家紋を身に着けないでしょ? ここでなにかする可能性は十分にあるわ。警備に伝えてくれるかしら?」

「かしこまりました」


 クラウディアが報告するべく小走りに去って行く。これで上手くいけば、事件が発生するまえに犯人が取り押さえられるだろう。

 だが、十年前にお取り潰しになった子爵家の家紋と言われて、形を思い出せる人間は希だろう。やはり、未然に防ぐのは厳しいかも知れない。

 そんなことを考えていると、シリル様がやってきた。


 キャラメルブロンドの髪が朝陽を受けて煌めいている。白を基調とした礼服を纏う彼は、まるで光に包まれているかのようで、近くの令嬢が軒並みシリル様に熱い視線を送っている。

 そんな彼の綺麗な青い瞳が私を映し出した。


「おはよう、ソフィア。今日はローブを纏っているんだね」

「ええ。形から入ってみました」


 いまの私はダークグレーが基調の、前面が開いたローブを羽織っている。お父様が用意してくれた戦闘用の一級品で、並みの攻撃なら弾く護りの力が施されている。

 ローブの下には、薄手のブレザーにブラウス、スカートという日本の学生を少しだけ彷彿とさせる、乙女ゲームらしいデザインの学生服を纏っている。


「そうか。コーラルピンクの髪と、そのダークグレーのローブがとても合っている」


 彼はローブの上に広がる私のロングヘアーに触れた。その手つきは優しく、まるで宝物に触れるかのようだった。こういう仕草をさらっとするあたりがイケメンというか、乙女ゲームの攻略対象っぽいと思う。私は髪に触れられるのに身を任せつつ、「ありがとうございます。シリル様も今日は一段と素敵ですよ」と微笑み返した。


「ソフィアにそう思ってもらえるのなら着飾った甲斐があったな」


 彼はふっと笑って私の髪から手を放すと、肘を軽く上げた。エスコートをするという意思表示だ。私は「お言葉に甘えて」と彼の腕を掴んだ。


 周囲から黄色い悲鳴が上がる中、私は彼とともに貴賓席へと向かう。

 会場は湖畔の上にある円形のステージで、中央には美しい石造りのステージがある。その周りには水晶の柱が立ち並び、幻想的な雰囲気を醸し出していた。観客席はステージを取り囲むように半円形に配置され、貴賓席には特に豪華な装飾が施された座席が並んでいる。


 私は貴賓席の一角にある席にシリル様と並んで座りながら、さりげなく周囲に意識を向けた。まだ、不審者が捕らえられたという報告はない。このどこかに襲撃者がいるはずだ。

 そうして私が神経を張り詰めさせる中、発表会が厳かに始まった。


 まずは学年順。低学年から順番に、各学年の優秀な生徒が一年の成果を発表し、最後に卒業生の中でも特に優秀な魔術師が魔術を披露するというプログラムだ。


 魔術の発表会はいくつか種類があり、この湖上の魔術発表会はおもに芸術面が評価される。魔術という超常現象を使い、いかに美しい現象を引き起こせるかというのを課題としている。


 低学年の魔術師は、シャボン玉を作ったり、光や炎を散りばめたアートを生み出したりしている。幻想的な光景で、どれも学年代表と呼ぶにふさわしい技術が使われている。


 ……そういえば、私がなにをするか決めてない。前世を思い出す前の私は精巧な氷像を生み出す予定だったけど、いまの私がそれを作るには技術的に不安がある。


「独創性は物足りないが、技術はなかなかのものだな。低学年の魔術師がこれだけの魔術を扱えるというのは、我が国にとって嬉しいことだ」


 隣の席で発表会を鑑賞しているシリル様が呟いた。私は物珍しく感じたのだけれど、シリル様にとってはそうじゃないようだ。

 ――と、そこまで考えたところでふと気付いた。


 私が物珍しく感じたのはたぶん、いまの私の人格が前世の記憶ベースだからだ。だとすれば、前世の私にとって珍しくないものが、この世界では珍しく思えるかも知れない。

 なにかないかと空を見上げたとき、不意に一つのアイディアが降ってきた。


 うん、これならこの世界の人々の心を掴めるかも。

 前世の記憶を活かし、現代の技術と融合させた独創的な魔術を披露することで、皆を驚かせたい。そんなふうに考え、アイディアを実行するための計画を練る。


 そして、私達の学年の順番が巡ってきたのか、スタッフらしきローブを纏った男に声を掛けられた。私はシリルとともに席を立つ。

 直後、スタッフが纏うローブの襟に付けられたアウローゼ子爵家の家紋が目に入った。私がそれを理解するのと同時、男が懐から短剣を抜き放った。その顔が復讐心と歓喜に歪む。


「シリル様!」


 反射的にシリルと男のあいだに両手を広げて割って入った。突然のことに驚くシリルの顔が視界に広がり――そして、背中にズキリと痛みが走った。私はその痛みに耐えかねてしゃがみ込む。

 誰かの金切り声が会場に響きわたり、シリル様の瞳が怒りに染まった。


「貴様、よくもソフィアを!」


 シリル様が怒号を上げて飛び出し、一瞬で襲撃者を取り押さえる。私はその凜々しい姿を見上げながら、私のために怒るシリル様、格好いいなぁと見惚れていた。

 

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