【2】②
約束の時間にやって来た彼と、言葉を交わすことなくカウンターに並び席に着く。
「稜司、あと一回だけ訊くわ。私に隠してることあるよね?」
腰掛けたまま静かに深呼吸して、美紀は稜司の目を真っ直ぐに見つめて淡々と口にした。
困惑した表情を浮かべたものの稜司はすぐにまた笑顔を作る。笑う、のとは違って。
「なんだ、またそんな話かよ。俺、何もないって言っただろ?」
自ら話す気など一切ないらしい彼に、仕方なく避けたかった単語を口にする。
「……浮気、してるんじゃないの? 私が何も気づいてないと思った?」
「はあ!? おい美紀、何くだらないこと言ってんだよ。俺のこと信じてないのか?」
いつもと何も変わらない様子に動揺しそうにもなったが、彼の言葉にはもう信頼を寄せることができなかった。
あのトークルームのメッセージが頭から離れない。
今ここで「これでも惚けるの!?」と証拠画像を突き付けたら、稜司はどういう反応を見せるのか。それで無理やり認めさせることに、どれほどの意味があるのだろう。
「わかった。それが答えなのね。私、嘘ついて、……裏切って平然としてるような男と一緒にいられないわ。別れよう」
稜司は美紀の言葉が予想外だったようで、見るからに取り乱し始めた。
取り合わずに鼻で笑うか逆切れするか。
それとなく思い描いていたのとはまるきり違う彼のリアクションを意外に感じる。
「え、……え!? そんな、俺お前と別れる気なんてなかったんだ! ちょっとした遊びっていうか気の迷いで……。なあ、あと一回だけチャンスくれないか? 絶対、美紀のこと悲しませないから──」
ちょっとした遊び。気の迷い。
……つまりは本当に「浮気」だったわけだ。美紀の被害妄想でも思い込みでもなく。
確信してはいても、心のどこかで「ただの後輩だよ。ちょっと距離近い子でさあ」と笑い飛ばしてくれる、と期待していた部分があったのかもしれない。
今になって慌てるくらいなら、それだけ美紀が大事だったというのなら、何故最初から美紀だけ見ていてくれなかったのか。
「最後のチャンス」以前にそもそも余所見などしなければ、今まで通り仲良く共に過ごせていたのに。
直前まで「まだ好きで別れたくない」と思い悩んでいたことが嘘のように、彼に未練を感じていない自分にかえって驚く。
「さよなら。私、稜司のことホントにすごく好きだった。でも、──もう無理なの」
「美紀──」
背中に聞こえる稜司の声は黙殺し、弱気を覗かせないよう気力を振り絞って出口を目指し歩く。
そのまま一度も振り返ることなく、美紀は店を出た。 どうでもいい相手なら、……そんな男と付き合う筈もないが、仮にそうだとしたらきっとあっさり切り捨てられた。
「浮気なんて! ふざけてる、冗談じゃない!」
そんな風に怒りが勝つのは容易に想像できる。
好きだからこそ、裏切りが信じられずに苦しかった。自分が何か悪かったのかと心のどこかで思い巡らせてもいた。
……好きだからこそ、簡単に「なかったこと」にはできない。