【1】②
食事の後、稜司の部屋で過ごすことになった。。
美紀は彼がシャワーを浴びている隙に、無雑作に放り出された荷物から恋人のスマートフォンを取り出す。
後ろめたいことをしている自覚は当然あった。
むしろ美紀は、こういった「卑怯なこと」には嫌悪感しか覚えなかったくらいなのに。
パスワードは稜司自身の誕生日だと聞いている。
正直、簡単に漏らすことも含め「誕生日って安直すぎない? 設定する意味あるの?」と呆れていただけだった。
まさか己がこっそり使う機会が巡って来るなどと、想像すらしたこともない。
震えそうになる指先で恐る恐る入力した数字が、エラーにならず安堵したのも束の間だった。
罪悪感に襲われたまま開いたメッセージアプリの一番上には、可愛らしいキャラクターイラストのアイコンの横に初めて見る名前。
──『Ami』。あみ、かな? 誰だろ。
自分の知らない誰かとID交換などして欲しくない、というほど狭量ではないつもりだ。
現に稜司がどういう相手とメッセージをやり取りしているかなど、彼が自分から話す以外には知らないし特に興味もなかった。
しかし「一番上にある」ということは、美紀よりあとにメッセージを送った、あるいは受け取ったということになる。
躊躇したのは一瞬。
『Ami』のトークルームをタップして開くと、そこには最も見たくなかった文字列が並んでいた。
《せんぱーい。今日はだめなんですかぁ?》
《ごめんね、亜美ちゃん。今日はちょっと、どうしても外せない用事があってさ。明日ならOK!》
《はーい。絶対だからね! 明日はサークル行くのやめて、直接会お~。》
──何? これは何なの!?
手の中の端末が途端に汚いものにすり替わったようで投げ捨てたくなったが、その前にとりあえず自分のスマートフォンでトーク画面を撮影する。
小刻みに戦慄く手に画像のぶれが気になり、三度シャッター音を聞いた。
稜司が戻る前に、とトークルームを閉じて、スマートフォンを元通りリュックのポケットに戻す。
……サークル。後輩の一年生だろうか。
いきなり活動に熱を入れるようになったのには「別の目的」があったというわけだ。
「美紀、お先〜」
バスルームのドアを開けて彼が姿を表すのと同時に、美紀は立ち上がってバッグを掴んでいた。
「私、今日は帰る」
それだけどうにか告げて、呆然としている稜司を気にする余裕もなく玄関に向かう。
そのまま靴を履いてドアを開け、部屋をあとにした。
何度も鳴る着信音に、美紀は黙ってスマートフォンの電源を落とす。今は何も聞きたくなかった。
帰宅して思い切って確かめたスマートフォンには、稜司からのいくつものメッセージと不在着信の履歴が並んでいる。
なにがなんだかわからない、といった様子の彼に対応する気力もなく、すべてを無視したまま入浴だけ済ませて美紀は早い床についた。