【1】①
《稜司、明日会えない? 外で遊ぶには暑過ぎるし、部屋に行きたいな~。》
美紀が恋人に送った誘いのメッセージ。
《あー、悪い。明日はサークルの方に顔出してちょっと遅くなると思うんだ。ごめん、また空いてる日あったら言うから。》
二時間以上待った彼の返信には申し訳無さが伺えるとはいえ、代替案も出さない却下でしかなかった。
こうして毎日アプリで連絡を取り合ってはいても、前回会ってからもう一週間近く経つ。
大学の同級生である彼と付き合いだしてもう一年。
そういえば一か月ほど前から、恋人の様子が少しおかしいとは感じていた。折角の夏季休暇だというのに、二人で過ごす機会もあまりないのだ。
その理由を考えるたびに、胸の奥で何かがざわめく気がする。
彼は最近になって急に、これまで大して熱心でもなかったサークル活動に時間を取られることが増えて来ていた。
以前なら稜司は、サークルの会合や練習が終わるとすぐに美紀の予定を尋ねるメッセージを寄越していたのに。
しかしこのところ、向こうからの連絡が目に見えて少なくなって来ていた。美紀が送ったメッセージにもなかなか既読がつかないことも珍しくない。
「ごめんごめん、練習中はなかなかスマホ見られなくてさ」
最初のうちは、美紀の懸念に対する彼の言葉を疑いもしなかった。
家で一人過ごしている時間ならまだしも、常にスマートフォンを気にしているのが無理なのはわかる。
逆に美紀の方が所謂『即レス』を常に求められたら、きっと息苦しく感じるだろうことも。
しかし一つ一つはごく微かな違和感が、少しずつ積み上がって行ったのだと思う。
ふと気づくと、彼との間にはっきりとした溝があるのを感じてしまったのだ。
稜司が初めての恋人で、恋愛経験値の足りない美紀にはこういうときに取るべき言動がわからなかった。
数日後、どうしてもと言葉を重ねてようやく会う約束を取り付ける。
一人で悩む日々も辛くなり、美紀はその機会に稜司に直接問いただすことを決心していた。
「ねえ、最近サークル忙しいみたいだけど、本当にそれだけなの?」
「え、うん。他になんかある? 俺達もう甘えるだけの一年生じゃないじゃん。下級生も入部して来たしさ。美紀のサークルは緩いからわかんないかもしれないけど、後輩の間の揉め事とか『先輩』としてはほっとけないだろー。特に夏休み入ったし、今しかできないこともあるんだよ」
そう返されてしまうと、もう何も言えない。
何よりも稜司の堂々とした素振りや口調に、それ以上食い下がることができなかった。
明確な『何か』があるわけでもない状態で疑いを向ける自分が、恋人を一方的に束縛したがる嫌な女に感じてしまう。
実際に美紀の所属する文芸サークルは少人数の上、活動も基本は個人単位だ。「サークルとして」はせいぜい学園祭で会誌を出す程度。
先輩後輩の垣根も曖昧な和気藹々とした雰囲気で、良くも悪くも「仲良し友人グループ」と変わらない印象だった。
「大学始まったら落ち着くと思うし、ちょっとの間だけ我慢してくれよな」
微笑みながらの言葉に一時的に安心はしつつも、美紀の中から完全に疑念が消えたわけではない。
彼の言葉が本当かどうか、大好きな恋人を素直に信じられないことが苦しかった。