表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1.序


 「異世界転生」というものをご存知だろうか。あるいは剣と魔法のファンタジー、あるいは乙女ゲームの世界に、現代社会を生きる人間がその記憶を持ったまま新たに生を受ける。そんな非現実的なお話。

 どうやら私は、その一例となってしまったらしい。


 私の名前は井崎祐奈(いさきひろな)。歩道橋の階段でバランスを崩して転落。救急車のサイレンの音をバックに意識を失い、目が覚めたら知らない場所にいた。果てしなく広く、上下左右も曖昧なそこが現実の世界でないことはすぐにわかった。


『契約者よ、彷徨える魂よ、理に歯向かう者よ』


 高いような低いような、不思議な声が響く。驚いて周囲を見回すと、遥か頭上に巨大な球体のような“何か”があるのが小さく見えた。


『契約に基づき、お前を“智”のもとに還す』


 “何か”は、呆然と立ち尽くす私に向かって静かにそう告げた。

 “何か”以外何も無い訳の分からない空間でただ混乱する。契約ってなんのこと?“智”ってなに?どこにかえすって?一体何がどうなってるの?あなたはなんなの?私は死んだの?

 そんな私の疑問や訴えは未知の力で封殺され、光に包まれた視界が開けたとき、気付いたら「異世界転生」していた。



 ミルテ・エルリタ・デライヴォナ・ヴィア・サングスター=キルンベルガー

 それが今の私の名前だ。

 大陸に覇を唱えるロゼニア帝国の交易の要である由緒ある辺境伯家の長女として生まれ、皇太子妃候補のひとりでもある高貴な少女。

 貴族の名前はファーストネーム・洗礼名・ミドルネーム・称号・母の姓=父の姓で構成される。既婚女性の場合は父の姓=配偶者の姓。

 『ヴィア』は地方領主である諸侯を指す称号であり、先祖代々の土地を治める家に与えられる。

 ミルテの父は現キルンベルガー辺境伯ギュンター・ヨグファン・ガラルディン・ヴィア・オリヴァー=キルンベルガー。

 外務大臣職にあり、彼のきょうだいやいとこたちは皆国内外の有力貴族の夫人であったり高位聖職者であったりする。その父……ミルテの祖父は皇都を含むロズ・デビュラ管区を管轄する大司教だ。なんで前辺境伯じゃないのかというと、もともと辺境伯位を持っていたのは祖父の兄、現辺境伯から見ると伯父にあたる人物で、爵位を継ぐはずだった息子が若くして亡くなったから。現辺境伯の兄たちはすでに叙階を受けていて爵位を継ぐことが出来ず、当時13歳だった現辺境伯に白羽の矢が立ったという訳だ。

 母は帝国の同盟国であるヴァイオレー王国の侯爵令嬢。マルガレーテ・リーリエ・タレイア・ヴィア・サングスター=キルンベルガー。

 王国から幼くして嫁いできて、早くに亡くなった王女の女官を勤めていた。

 帝国貴族はあまり国外の貴族と婚姻を結ばないが、外交を主とする辺境伯家は別だ。一般庶民の「私」からすると目眩がするような家柄の血を代々重ねている。

 高熱を出し、「私」としての記憶を思い出した今は「私」と本来のミルテが混ざっていて、人格は「私」だし「私」としての記憶もあるがミルテの記憶もあるというなんともよくわからない状態だ。そしてミルテは、なんとすでに人生を2周していた。

 何を言っているかわからないと思うが、ミルテは一度ミルテとして生きて死に、もう一度ミルテとして生涯を送り、そして「私」が混ざった3周目を迎えている。ミルテはどちらの人生も覚えていた。しかし、1周目と2周目で内容に大きく違いがあるのだ。

 1周目のミルテは名家の令嬢として相応しく育ち、皇太子妃には別の令嬢がなったため、家格の釣り合いがとれた相手と結婚して平凡に生涯を閉じた。

 問題は2周目。辺境伯家の娘として生まれるまでは変わらないのだが、何故か家族や周囲から思いっきり冷遇されていた。膨大な魔力を持ちながらそれを制御しきれず度々暴走させていたことが原因らしいのだが、1周目のミルテはそんな事件を起こしたことなんて無かったし、そもそも魔力も人並みだった。

 社交界への顔見せであるデビュタントでそれは決定的になった。上級貴族の令嬢たちやその親族、さらには皇帝と皇后がいる場でミルテは魔力を暴走させた。幸い大事には至らなかったものの、この一件で社交界でのミルテの評判は地に落ちた。父である辺境伯は娘を領地に送るか修道院に入れようとしたが、帝国貴族の中でも最高位を頂くリスヴェルト公爵が強い魔力を求めて反対し、帝国の最高教育機関であるアルロス学院への入学を進めた。

 学院に入学したミルテは家の権力に擦り寄ろうとする者以外には遠巻きにされ、その心は徐々に荒んでいった。そんな中、ひとりの少女が現れた。

 ローレ・フィオナ・ヴォナ・ヘルケ=アーレンス。

 ほとんど平民と変わらないような下級貴族の出身でありながら、女神に愛された聖なる力を持つ素直で可愛らしい少女。常に笑顔で、努力を怠らず、何事にも真っ直ぐに向き合う彼女は誰からも好かれており、ミルテは血筋しか誇れるもののない自分と比較して激しい劣等感を抱いた。そして、彼女を嫌う上級貴族の令嬢に利用されて、最後にはその命を狙った。さすがに実家の権勢を以てしても庇いきれず、ミルテは狂女と糾弾されて修道院に幽閉され、困惑の中で自ら命を絶った。19歳の誕生日を目前に控えたときだった。


 ……と、ずいぶんハードな体験をした3周目のミルテは現在5歳。ミルテが最初に魔力暴走を起こしたのは7歳の時だから、現時点では1周目と2周目どちらと同じ環境なのかわからない。前者ならば話は簡単だが、後者だった場合、私は程なくして人生が詰むことになる。


(頭が痛い話だ……)


 思わず渋い顔をすれば、乳母のアディー……アデラ・リンダ・セルマ・ヴィア・フィルツ=メツガー夫人が「あらあら」とおっとりした調子で私のそばに膝をつく。


「どうなさいました?」

「う、ううん。なんでもない」

「左様ですか?何かあったらアディーにお申し付けくださいね」

「はい。ありがとう、アディー」


 アディーは微笑んで、控えていたメイドに昼食の準備をするように言いつけた。

 貴族の子どもは基本的に親と離されて育つ。子どもを育てるのは乳母の役目で、子どもたちは部屋からあまり出ずに、食事も夕食以外は子供部屋で乳母と食べる。元の世界でいう小学校に上がるくらいの年齢になると家庭教師がつけられて、貴族の子女としての教養を身につける。そして15歳〜18歳の間に女の子はデビュタントで社交界デビューし、男の子は騎士の位を賜る。どちらも高位の貴族ほど早く行う習慣があって、ミルテがデビュタントに参加したのも15歳の時だった。

 皇宮で行われるデビュタントに参加できるのは伯爵以上の貴族家……皇族との結婚が許される家柄の令嬢だけで、庶子は認められない。ミルテはそこで醜態を晒し、皇太子妃候補からも外されて一気に凋落することになる。


(魔法のことなんて何も知らないし……どうしたらいいか見当もつかない)


 幼児ならばいざ知らず、貴族ならば魔力を制御出来て当たり前。それが特権のひとつなのだから。そんな考えがある世界で自分でコントロール出来ない力を抱えて生きるのは、どれほどの苦痛だろう。ミルテのように魔力を暴走させてしまう事例は無いわけではないようだけど、その対処法は曖昧で根性論的なものしか見当たらない。2周目のミルテはさぞ孤独だったことだろう。


「お嬢様、お昼ご飯の時間ですよ」

「あ、はあい」


 呼ばれるまま小さなテーブルセットに着いて昼食をとり、天蓋付きのいわゆるお姫様ベッドでお昼寝までさせられた。走り回って遊ぶなんてことはさせてもらえないからぜんぜん疲れていないはずだったのに、布団を被ると睡魔が訪れる。身体は幼児だから仕方ない。アディーの「おやすみなさいまし」の声に抗わずに目を閉じた。

はじめまして。続くかはわかりません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ