VSグリズリーベアー変異体
「やっぱり濃い緑のポーションも持って来て正解だったな」
変異体が木を薙ぎ倒しながら通ってできた道を進むとすぐに怪我で動けなくなっている冒険者がいた。ポーションを使って怪我を治してやって他にも周囲に冒険者がいたのでソイツにポーションをできるだけ渡して後は任せる事にした。
ぱっと見重症な冒険者もいたので普通のポーションだけではヤバかったかもしれない。
「被害を見ても変異体は相当強いらしいな」
ガンスローが手こずる相手に俺が挑むのは無謀だとわかってはいる。だがここで見過してガンスローに死なれたらおそらく後悔すると思う。なら無謀でもやるしかない。それに今の俺には魔力もある。魔力での強化を使ってガンスローと共闘できればまだ勝機はあるはずだ。
それにしてもかなり森の奥へと来たのにまだ1体のモンスターとも出会っていない。こんなことあるのか?もしかしたら変異体のせいで他のモンスターが寄り付かなくなっている? それなら少し足を速めるか。周囲の警戒をしながらだから当然進むにも時間がかかる。時間がかかればその分ガンスローの命も危ない。
「急ぐか」
「グオオオォォォーーーー」
「っ!!」
足を速めようとしたとき大きな雄叫びが聞こえてきた。
声を聞いただけでわかる。異様な圧力。相手も見えず離れているはずなのに足が震えてくる。
ガンスローはこんな奴と戦っているのか? いや、本当に今も戦っているのか? もしかしたらもうすでに……。
パァン!
嫌な考えを吹き飛ばすように両頬を叩く。今その考えに支配されたらもう足を進めることは出来なくなる。自分の目で見た訳ではない。なら進め! まだ諦めるな! そう自分に言い聞かせて雄叫びがした方へ走る。
「いた!」
開けた場所に片膝を着いたガンスローと大人の倍近くありそうな大きさの4つの腕を持つ赤黒い毛をした熊型のモンスター、グリズリーベアーの変異体がそこにいた。
あれが変異体か。俺が倒したグリズリーベアーが子供の大きさに思える程だ。体がでかければ体重もあり1撃が重く破壊力もあるはずだ。真っ正面から受けるのは止めたほうがいい。
グリズリーベアーも今はまだ俺に気付いてないはず。不意打ちで全力で斬り掛かればいけるか?
そう思い一か八かで気配を殺しグリズリーベアーの死角からゆっくり近付く。当然ガンスローには気付かれるが俺の方を見ずに気付かれないようにしてくれている。そして剣の届く範囲に入り魔力を体に流し渾身の力を込めて剣を振り抜く。
「フッ!」
グリズリーベアーの体を一刀両断するつもりで斬り掛かったはずなのにその結果は毛皮も斬れず血の1滴すら出ずに終わった。
攻撃が効かなかったとわかったらすぐに後ろへ下がり相手の手の届かない距離に移動する。
グリズリーベアーはこちらを少し見ただけですぐにガンスローへ視線を戻す。まるで何事もなかったかのように俺を無視する。俺がいるとわかっていながら自分の脅威になり得ないと思い放っておいたと言わんばかりだ。
「逃げろ。お前でもコイツには敵わない」
「ふざけんな! ここまで来て尻尾巻いて逃げれるか!」
ガンスローはゆっくり立ち上がり武器を構えた。まるで俺が戦ってるうちに逃げろとでも言うように。でもそれじゃあここまで来た意味がなくなる。
魔力の加減がわからないからやりたくなかった武器の強化もして攻撃する。
「無視してんじゃあねぇ!」
足を狙い突き刺す。足にダメージを与えれば体重を支えきれずに動きが悪くなるはず。
バギィン
ブオン
強化した剣はグリズリーベアーの強靭な毛皮を突き破り刺さるが深々と刺さる前に真っ二つに折れてしまった。
だが剣が折れた事で俺はバランスを崩し前のめりに転けそうになったのが幸いした。先程まで俺の頭があった場所にグリズリーベアーの爪が通過したのだ。そのまま転がりながらもガンスローの隣まで移動し真正面からグリズリーベアーと対峙する。
「なんで逃げなかった!? まともな武器も持たないお前が勝てる相手ではない!」
「うるせえ! ここまで来て逃げ出せれるか!」
とは言ったもののガンスローの言ってる事は正しい。さっきの攻撃で折れた剣では奴を倒すには不可能なのは自分でもわかっている。それでも俺にはガンスローを見捨てる事はできなかったのだ。
「ん?」
真正面からグリズリーベアーを見て初めて奴の肩口から中心に向かって斬られた傷がある事に気がついた。俺が魔力で強化した剣でも途中で折れたのにあの傷口は振り抜いたようにきれいに斬られている。
つまり奴の毛皮をも両断できる武器があるという事だ。俺の知る中で1番いい武器はガンスローの使っている斧だ。
「あの傷はガンスローがやったのか?」
「そうだ。ワシの斧でしか奴に傷を負わせられんかった」
ならその斧を俺が使えば勝機があるのでは? と思ったがそれは大きな間違いだった。
ゾワッ
グリズリーベアーがしっかりと俺を見たのだ。それだけで生きた心地がしない程の強烈な殺気をグリズリーベアーが放っていた。さっきの攻撃で俺を敵と認識したようだ。
「ゼロ、コイツを使え」
そう言いガンスローはその手に持つ自身の武器を俺の前に寄越す。
「お前が持ってた方がまだ勝つ見込みがある。ただし壊すんじゃないぞ。魔力を刃だけではなく全体に内部隅々まで魔力を通せ。それなら加減がわからんお前でもなんとかなるだろう」
「ならガンスローはどうするんだ? 素手の相手なら見逃してくれる程優しそうな相手でもなさそうだが……」
「いいから使え!」
斧を無理矢理俺に預けガンスローは走り出す。固まっているより二手に分かれて戦った方がいいとの判断だろう。
グリズリーベアーを撹乱させるために俺もそれに合わせて走り出し武器に魔力を込める。ってこれ表面だけじゃなく内部まで魔力を込めるとかなり魔力を消費するんだが! ガンスローめ俺がかなりの魔力がある事を知ってるからこんな無茶苦茶な方法を教えやがったな! 普通こんなやり方をやったら1瞬で意識がなくなるぞ!
などと愚痴ってる暇はない。グリズリーベアーはまずはこちらを殺そうと爪を振るって来たからだ。
「クッ」
その凶刃をギリギリのところで躱す。風圧だけで奴の一撃をくらえば俺は死ぬと確信する。少しでも掠れば肉は抉られ骨すらも木の枝のようにすんなり折られるだろう。
「このぉ!」
続け様に繰り出される攻撃を振り向きざまに斧を当てて軌道をそらす。つもりだったが斧はグリズリーベアーの手を斬り裂いた。
「ググワァ」
予想もしていなかった痛みにグリズリーベアーは怯み数歩後ろに下がり俺を睨む。予想外だったのは俺も同じで追撃のチャンスをみすみす逃してしまった。
「グルルルル」
グリズリーベアーの目にはさらなる怒気が感じられる。それもそうだ。最初は気にするだけ無駄と思っていた俺に2回も傷を負わされたんだ。さぞ不快と怒りで感情はいっぱいだろう。
俺は両手で斧を持ち攻撃の体制をとる。今のでわかった。この武器ならグリズリーベアーの毛皮すら両断できる。だが下手な攻撃をして奴の攻撃をくらえばひとたまりもない。ガンスローも素手ではどうする事もできないだろうしコイツにまともな攻撃は効かない。ならば1撃の下斬り伏せるまでだ。
「来いよ。それとも自分より弱い奴しか戦いたくないってか」
笑いながら精一杯の虚勢を張る。この1撃を失敗すれば俺は死ぬ。
嫌な汗が出てくる。呼吸が早くなる。心臓の音がうるさい。それでも無理矢理自分を律して魔力を体に流して強化させる。奴の動きに注視してタイミングを見定める。
「グガァァァァ!」
安い挑発にのったのかグリズリーベアーは俺を切り裂くために腕を振り上げる。それに合わせて俺も斧を横から振り抜く。
斧はグリズリーベアーに当たらずに空振る。グリズリーベアーはそれを好機と見たのか本能のまま動いたのかわからないが腕を振り下ろす。
俺は斧を振った勢いのまま1回転して奴の手に向かって斧を当てる。遠心力で斧が持って行かれないように強く握り、軸足に使ってる方ではない足を1歩踏み込む。この1歩でグリズリーベアーの胴体にも斧が届く。
「うおおおおりゃああああ!!!!」
グリズリーベアーの腕を斬り裂きながら目一杯力を込める。後の事は考えず今この1撃に全てをかけて振り抜く。
斧はグリズリーベアーの胴体にも深く大きな傷を負わした。これは致命傷だ。これなら俺が殺されてももう長くはないだろう。グリズリーベアーはそのまま俺に覆い被さるように倒れた。
あ、ヤバイ。潰されると思い残り少ない魔力を体だけに集中させる。
「はあ、はあ、ゼロ……」
しばらくしてガンスローがやって来るがなんとかして出せた腕を見て呆然と立ち尽くす。
「バカ野郎……。ワシを助けるために相打ちなんかになりやがって。オマエはこれからだったのに……」
ガンスローの目を潤ませながら呟く。
おい! まだ俺は死んでねーぞ! 勝手に殺すな!
俺は力を振り絞って体を起こそうとして少しだけ動けた。
「……だえ」
「ん?」
俺の声に気づいたのかガンスローはグリズリーベアーに押し潰されている俺を再度見る。
「だから、抜け出す、のを手伝え……」
「ゼロ!」
俺が生きているのに気づきガンスローは俺をグリズリーベアーから引き抜いてくれた。
「あー、死ぬかと思ったぜ」
「無茶しやがって……。だがこれでお前も一端の冒険者だな」
にっと笑いながらガンスローは俺を立たせる為に手を伸ばす。
冒険者の殆どはモンスターを狩って報酬を受け取ったりモンスターの素材を売って生計を立てる。今までモンスターを倒せなかったから薬草などの採取ばかりしていたがグリズリーベアーを倒したことで久し振りに認められたようで少し嬉しかったのか知らず知らず俺も笑いながらその手を取っていた。