出会い
人の命なんて呆気ないもんだ。
大きな岩が落ちて来たら潰されて死ぬ。水の中では息もできずに死ぬ。自力で空を飛ぶことなんてできないし高い所から落ちたりしたら落下死は必然。まさに今の俺だ。
「ああ、俺の人生なんてこんなもんか」
薄れゆく意識の中燈馬想のように今までの人生を思い出す。
子供にも手を挙げる呑んだくれクソ親父。クソ親父が俺を男娼に売る。運良く脱走ののち冒険者になるがこれといって取り柄のない俺は日々を生きるだけで精一杯。人に害するモンスターの討伐なんてできるはずもない俺は薬草採取など儲けの少ない依頼しかできなかった。
そして現在、街の近くにある森の中で薬草採取の途中で崖下に転落。即死ではなかったのは幸運だが体のあっちこっちが痛いし声を出そうとするとむせて咳がでるばかりだ。
俺はここで死ぬのか?でもこれでいろいろ苦しい思いもしなくてすむと考えると何故かほっとしている自分がいた。
もういい。こんなクソみたいな人生に未練なんかない。
そう思い俺は目を閉じた。
チクリ
なんだ? 首元に痛みを感じたが全身激痛だらけなんだからいまさらか。
ペチペチ
しばらくすると今度は頬に変な感触がするが気のせいだろう。
ペチペチペチペチ
なんだよ? 俺はもう死ぬんだ。ほっといてくれ。
ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ
「だーーー! 鬱陶しい!! もう助からないんだから静かに死なせろ!」
「ふぇっ!」
体が動く? だが後に激痛が襲う。
「づっ!」
「お、起きたの?」
「なんだ……お前?」
激痛に耐えながら薄目を開けると目の前に白い髪に赤い目をしたボロボロの服を着ている少女がいた。
目に涙を溜めているがなんなんだコイツ。
「ま、まだ動かない方がいいの。休んでいればそのうち治るの。…………たぶん」
「お前が治したのか?」
小さい声でたぶんって言ったのは気にしない事にする。現に体の激痛が段々と和らいでいた。
「そ、そうなの。でも治ってる途中だから動かない方がいいの」
「ならなんで執拗に叩いてきた?」
「い、息はしてたけど全然目を覚まさないから……」
「だから起こそうとして叩き続けたと」
コクコクコクと何回も頷く。どうやら悪気があってやっていた訳ではないらしい。
「はあ、まあいい。……助かったありがとよ」
「よ、よかったの」
俺が礼を言うと少女はニコニコ笑いだした。何なんだ? コイツは?
「悪いがまだ動けそうにないんだ。大人を呼んで来てくれないか?」
「お、大人の人はどこにいるの?」
「は? オマエの連れがいるんじゃないのか?」
「1人なの……」
少女はまた目に涙を溜めながら答えた。
こんな場所に子供が1人で来たのか? まだ街からあまり離れていないがモンスターと出くわす時もある。
出会ったら最後子供なんてすぐに殺される。いや子供だけじゃなく力のない奴は殺されるのか当たり前なんだ。そんな場に子供1人で来るなんて普通じゃない。ん? 赤い目。
「オマエもしかして魔族か?」
「っ!!」
少女はビクッと体を動かした後プルプルと震えだした。恐ろしい程にわかりやすいリアクションだ。
赤い目は魔族の特徴の1つだ。そして魔族は特殊な能力を持っている者が多いため人間から恐れられている。だから危険とされた魔族は討伐対象にもなる。
「……殺されるの?」
目に溜めた涙が決壊しポロポロ涙を流しながら少女は聞いてくる。
「……殺さねーよ。命を恩人を殺す程性根は腐っちゃいねー」
「そう、なの?」
魔族とはいえまだ子供だ。どういう経緯があってこんな場所に子供1人でいるかは知らんが討伐対象にはなってないだろう。
それに下手したら魔族の子供より俺の方が弱いかもしれない。下手に虎の尾を踏む行為はしないほうがいい。
「あの、私はミレイっていうの。アナタのお名前はなんていうの?」
「ゼロ」
「ゼロ?」
前の名前は冒険者になるとき捨てた。クソ親父に売られて全てがなくなったんだ。だからここからスタートするためにと思いこの名前にしたが今では違う意味なってしまったがそれはどうでもいい話か。
「ゼロはお腹空いたの?」
「別に」
「私はお腹空いたの」
「…………」
少女、ミレイが言うと同時にミレイの腹が鳴った。つまり俺に食料を持ってないか聞きたいのか?
「俺の腰にある袋の1つに干し肉がある。それでもイデデデデ!」
言い終わる前にミレイが俺の腰ある干し肉を盗るために体を弄る。そのせいで俺に激痛が走るがそんなのおかまいなしだ。
はぐはぐはぐはぐ
干し肉を手に入れたミレイすぐに口に頬張る。
「……ぐすっ、うぅ、おいひぃの。ぐすっ」
頬張りながら涙を流すミレイにどんな事があったのか聞く気になれなかった。どうせ碌でも無い事だ。
「落ち着いたか?」
「うん……ぐすっ」
ミレイが干し肉を平らげ泣き止むのを待っていたがいい加減これからの話をしたいから声をかけた。
「俺はまだ動けそうにない。オマエは魔族だからこの辺のモンスターなら倒せるんじゃないのか?」
「い、イヤなの!」
「は?」
「イヤイヤイヤ、モンスター恐いの! 絶対イヤなの!!」
ミレイは首を横に激しく振りながら嫌がる。どんだけ嫌なんだよ。
「なら1人でどうやってモンスターのいる森の中を生き延びてたんだよ」
「……てたの」
「ん?」
「逃げてたの。必死に見つからないように」
マジか……。いや、子供頼りというのも問題だった。幸いにここは森に入ってまだ浅い場所だ。奥に行かない限りモンスターとはまず遭遇することはない。だが絶対ではない。念のため警戒が必要だが戦力外2人だけではどうしょうもない。
「運任せだな。どうするんだ? 俺は動けないがオマエなら森から出ることができるだろ」
「イヤなの! もう1人はイヤなの!」
ミレイは先程よりも力一杯に拒否してきた。
「バカなのか? こんな場所にいたらいつ襲われるかわかったモンじゃない。アッチに進めば街に行ける」
「…………」
街の方角を指差すがミレイは俯いたまま黙っている。
コイツ意地でも動かないつもりか?
「はあ、勝手にしろ」
俺はため息をつき木の根元まで這いずって木に背中を預ける。
まだ体を動かすと痛いがこれで寝たままより周りが見やすくなった。木で後ろも守れるから一石二鳥だ。この森で木を薙ぎ倒せるのは1部のモンスターだけだ。そんなモンスターはこの辺りには来ないだろう。
やる事もないので俺はこのまま寝る事にして目を閉じる。
トコトコ……コテン
「っ!」
腿に何かを乗せられた痛みで目を開けるとそこにはミレイが俺の伸ばしたままの足に頭を乗せていた。
「はあ」
ため息を再度つき俺はそのまま寝ることにした。
どうせ退けと言っても喧しくなるだけだ。なら放って置こう。倖いじっとしていたら足の痛みも引いた。後はモンスターに見つからないように願うだけだ。
◇
「おなか、すいた」
体は汚れボロボロの服を着ている俺は毎日のように腹を空かせていた。街の片隅ゴミ溜めのようなスラムで育った俺はいつものように残飯を漁っている。
盗みはなるべくやりたくない。見つかって捕まれば痛い目に遭うし、もし顔を覚えられたら俺を見ただけでなにされるかわかったものじゃない。だから盗みは最終手段だ。
「きょうもないか……」
ここ最近禄なモノを食べてない気がした。父親は酒ばかりで食べ物を買って来ないし仮に買って来たとしてもそれは自分の物で俺の食べれる物はない。
だから今日も街に流れている川の水で腹を膨らませるしかないのだ。
「おなか、すいたな」
◇
「夢か」
目が覚めるとまだ夜だった。
嫌な夢を見た。昔の俺。まだクソ親父に売り飛ばされる前の毎日ゴミを漁りその日その日を食いつなぐだけの日々だった。
「はっ、食いつなぐだけの日々は今も変わらないけどな」
自然と出た笑いだが昔より上等な物が食えるんだ。なかなか腹一杯とはいかないがそれでも生活水準は上がっている。
「でもそれだけだ」
結局今も昔も力がないからその場しのぎで生活しているに過ぎない。力があればモンスターを倒してより多くの金が手に入る。金があれば今よりいい暮らしができるし腹一杯飯が食える。女も抱き放題だ。
「……我ながら貧しい想像力だな。だが無いものは無い。タラレバなんか気にしたところでどうしようもないか」
目線を下げると俺の足を枕代わりにして寝息を立てている体が汚れボロボロの服を着た少女がいた。
「寝るか」
変な夢を見たせいか柄にもなく感傷に浸ってしまった。そんな感情を振り払って寝直す事にして目を閉じた。
「ん」
朝日が差し眩しさから目を覚ます。こうして生きているなら運が良かったんだな。
体を伸ばして凝り固まった体をほぐす。
「痛くない」
そこで気付いたが動いても体に痛みが襲ってこない。なので体に異常がないか一通り動いて確認するが特に異常は無かった。
異常は無かったがもう1つ気付いた事がある。
「アイツいないな」
俺の足を枕にしていたミレイがいない。俺の寝ている間にいなくなったのなら自分の帰る場所があってそこに帰ったのか、それとも街の方へ行ったのか。
まあどちらでもいいか。自分から居なくなったんだから俺が探す理由はない。
『イヤなの! もう1人になるのはイヤなの!』
不意に昨日の必死になって嫌がるミレイを思い出した。
「はっ。情でも湧いたか。そこまでしてやる義理は……。あるか。助けてもらったしな」
自分の考えを鼻で笑うがよく考えると命を助けてもらった恩があった。このまま帰っても癪に障る。
「少し見て周るか」
「グオオオォォォーーー!!!!」
1歩進んだところで大きな咆哮が聞こえすぐに身を屈める。おそらく大型のモンスターだ。そんなモノと出くわしたら間違いなく御陀仏だ。
俺はそのままの状態で周りを見る。緊張で呼吸が乱れるのを無理矢理抑えて耳に集中する。
大型のモンスターなら動けば枝に当たったり足音がするなどあるはずだ。その音を聞き漏らさないようにする。
「はあ、はあ、はあ」
誰かが息を切らしながら走る音がする。その音の方向が見えやすい位置取りをしてよく見るとそこにはミレイがいた。
そしてさっきの咆哮の主と思われる大きな熊型のモンスター。グリズリーベアーがミレイの後を追っていた。
グリズリーベアーは腕が4本ありその腕1本で木をなぎ倒せる程の怪力を持っている。通常なら最低魔法使いが2人はいるベテラン冒険者のパーティーが挑むような相手だ。俺なんかが出て行ったとしても2人まとめて殺されるのが目に見えている。
ないよりマシな薬草採取用の小さなナイフを取り出しその場に留まる。
「はあ、はあ、あっ!」
走り続けて体力の限界だったのか足がもつれミレイは転倒した。これでもう戦う事のできない彼女は終わりだろう。
最後の悪足掻きに地面を這いずりながらも逃げようとするがグリズリーベアーは遊んでいるのかゆっくりとミレイに近づく。
「グルルゥゥ~~」
「いや、来ないで……。たすけて、オクタヴィア」
誰だか知らない名前を言うが助けなんか来ない。
「おとうさま、おかあさま……」
ちゃんとした親なら娘をこんな場所に1人で来させない。どんな事情があったか知らないが呼んでも無駄だろ。
「……ゼロ」
「っ」
ここで俺の名前も出すのか。たとえ俺が助けに行ったとしても俺に何ができるってんだ?
冒険者になると決めた時死ぬ覚悟もしていた。だが自分から死にに行く事をする気はないし、自分と他人どちらが大切なのかは分かりきっている。
なのにこの理不尽に怒りが湧いてきてナイフの柄を必要以上に握り締めた。
「たすけて! ゼローー!」
出て行く気なんてなかったのにミレイの声で気付いたら走り出していた。体が熱い。まるで体中の血が沸騰したみたいだ。
それのせいかいつもより体が軽く速く走れている。理由なんかどうでもいい。今はどうにかしてミレイを助ける事だけ考えろ。
俺の手にあるのは小さなナイフ1本のみこんなのじゃグリズリーベアーの分厚い毛皮に薄くキズをつけるのが精々だろう。なら1撃で致命傷か怯ませることができる部位を攻撃するしかない。真正面なら無理だが不意打ちなら可能性はある。
俺は全力疾走のままグリズリーベアーの頭部に向かって飛びかかり眼球目掛けてナイフを突き刺した。
「ガァ!」
左目を刺されたグリズリーベアーは仰け反りながらも爪で俺を攻撃してきたが始めから1撃入れたら離れるつもりだったので迷わずナイフから手を離し、着地してすぐ後ろへ跳ぶ。そしてミレイの所まで走り担ぎ上げる。
「ゼロ!?」
「ったく、手間の掛かるチビだ」
「ごめんなさいなの!」
悪態を付きながらも何故か見捨てることができなかった。やってしまったものは仕方がない。今の状況で次やるべきことを考える。
「つっても逃げの1手しかないがな」
唯一武器と言えるナイフを手放した今ミレイを担いだまま逃げるしかない。元々勝算のなかった相手だ最終的には逃げて撒くしかないと思っていた。
「グ……グガァ……」
隙を見て逃げ出すつもりだったがグリズリーベアーがよろけて倒れた。しばらく痙攣していたかと思えば動かなくなった。
適当な木の枝で突いてみても反応がなかった。
「死んだ……のか?」
眼球に刺したナイフが脳にまで到達したのか? ともあれなんとか危機は脱したようだ。
「はあ、なんでこんなところにモンスターなんて出やがるんだ? こんな奴奥にまで行かないと遭遇することなんてないぞ」
「ご、ごめんなさいなの……」
「運がなかったな」
緊張が緩んだのかミレイはまた泣き出した。
ったく。奥に行かなくてもモンスターとも遭遇する。今回がそうだったように。
「違うの……。これ……」
「水?」
ミレイが差し出してきたのは水の入った革袋だった。これは干し肉を入れていた袋だ。
何か抱きながら走っていたのはコレのせいか。
「……まさか」
「水をね……汲みに行ったら……見つかったの」
つまり水を汲み森の奥まで行きグリズリーベアーに見つかってしまったと。
「ーーーーーー」
自業自得じゃねーか! それなのに俺は自分の命を賭けてまでコイツを助けたのか……。
コイツはここで見捨てよう。
「あ、あのね。朝起きたら水飲みたいかなっておもったの。だから、はいなの!」
「……俺にか?」
ミレイは再度水を差し出す。その手はまだ震えていた。
「はあ、ありがとよ。でも次からはひと声かけろ」
ため息を付きミレイから貰った水に口をつけて水を飲む。
待て俺! 今なんて言った? 次から? それじゃまるで俺がコイツのおもりをするみたいじゃないか!
「大丈夫なの。自分の眷属に心配はかけないの」
は?