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二話

「まさか、生まれ変わってまで、古の相棒と出会うとは思わなかったな」


マーガレットがリーレンの顔を覗き込む。


ここは城から正門へと続くメイン通りの中央にかまえる路上。

道沿いに席を配置するカフェにて、二人は丸テーブルごしに向き合って座っていた。


「ご自身だって生まれ変わっているのですから、僕が生まれ変わっていてもおかしくないでしょう」


リーレンは長い髪を耳にかけながら、へろりと笑う。

人を喰うような笑顔は昔からかわらないなとマーガレットは思った。





婚約破棄が行われた夜会会場で、『ルース陛下』と囁かれたマーガレットは、そのままリーレンによって会場から連れ去られた。

名を呼ばれたショックで反応が遅れたマーガレットの虚をついた逃亡である。


会場から離れる最中、ジン・シェパードの生まれ変わりであるとリーレンから自己申告を受けた。


まさかと思いきや、ジンでなければ知らないルースの古傷や表ざたにできないまま有耶無耶とした危機などを言い当てられ、信じるしかなかった。


詳しい説明を求めようとしても、説明は後日と言い、手早く用意させた馬車にマーガレットは押し込まれた。

屋敷につくとどっと疲れが溢れ、確かめるのは明日にしようとすぐに眠りについた。


その翌日。

屋敷内の慌ただしい空気で目ざめたマーガレットはすぐさま父に呼び出された。


マーガレットと王太子の婚約破棄。

ならびに、リーレンとの婚約成立。

この二つの勅旨が夜中のうちに届いていたのだ。


形式的な同意を求められ、仕方ないとばかりにマーガレットが承諾すると、返事はすぐさま城へ届けられた。


さらには、その日の午後には、大輪の薔薇の花束を抱えたリーレンが挨拶に来た。


いけしゃあしゃあと、照れながらリーレンはマーガレットに告白する。

父も、母も、使用人たちもいる目の前で。


「前から、お慕いしておりました。あの場で、婚約破棄を告げられ、不謹慎にも僕の心は躍りました。

あなたの窮地をお救いできて、心より嬉しく思います。

ジン・シェパードを出したシェパード家の方との婚姻を認められるなど、孤児だった僕には、夢のようです。

もちろん、身分など関係ありません。僕は、マーガレット様ご自身が大好きです」


照れながら、少年のような笑みを浮かべる魔法使い。

マーガレットは、よく言うと呆れたが、屋敷中は、稀代の魔法使いを出した家に、これまた百年に一度の魔法使いを受け入れることができ、歓喜する。


笑顔のリーレンの横で、マーガレットはただ呆れかえるばかりだった。






あれよあれよと婚約成立。

リーレンを手放したくない王は、喜び勇んでマーガレットを差し出したらしい。

婚約破棄宣言は問題だが、国にとっては、結果オーライといったところだった。


婚約破棄の夜会から半月経過し、ほとぼりも冷めた今。

マーガレットは婚約者となるリーレンとお出かけをしている最中であった。


丸テーブル越しに、数百年ぶりに顔を合わす右腕。

にこにこ笑顔のリーレンに対し、マーガレットは気だるい表情で視線を目の前にパフェに落とす。


「いつから生まれ変わっていると気づいた」


マーガレットはお行儀悪く、肘をつき、目の前のパフェのクリームをすくって口に運びながら問う。

リーレンは紅茶を一口含んでから話し始めた。


「生まれた時からですよ。孤児だったので、記憶と知識に助かりました。現代の言葉は色々変わっていることはありましたが、幼少期から聞いていれば、なれるものです。

むしろ、数百年前の文献をスラスラ読めることが奏功しました」

「苦労したのだな」

「それほどでもありません。マーガレット様も、幼少期から勉学に励んでいらっしゃいましたでしょう。よく城の図書室でお見掛けしましたよ」

「本の虫だったのだ。好奇心が抑えきれなかった」

「きっと、記憶はなくとも、魂が情報を欲したのでしょうね」

「……かもしれないな」


ドレスや茶会、舞踏会。

華やかなものを見るのは好きだったが、それに浸るより、この国のことを知りたかった。

そのような行為が王太子妃候補に抜擢される一因になったのだが。


ティーカップを持ち上げながらリーレンが呟く。


「僕は、王太子妃から外されて良かったと思います」

「……」


無言で、マーガレットはパフェのクリームと添えられた果物をすくって口に入れた。飲み込んでから問う。


「なぜだ」

「もう十分でしょう。この国は平和なのです。僕たちが生きていた頃とは違う。あなたは生まれながらの王です。王として生きてきた歴史を鑑みれば、どんな時代に生まれ落ちようと国の行く末が気になって仕方ない。違いますか」

「……」

「否定できませんよね。むさぼるように本を読み漁った行為、あれがなによりの証拠でしょう」


違うと言えず、マーガレットは憮然として、パフェをかっくらう。王太子妃になると思えば、はばかるような行為だが、どうせもう、孤児出身の魔法使いに嫁ぐのだ。なにも気にする必要はない。


目を逸らすマーガレットをリーレンは柔らかい眼差しで見つめる。


「パフェ、美味しいですか」

「美味いよ。クリームも二種類入っていて、果物も多種あり、適度な酸味がきいている。なかに詰められたスポンジも柔らかくてふわふわで……」


数百年前は味わえなかった味だとマーガレットは改めて気づく。

抑揚のきいた声音でリーレンが語る。


「統一を果たし戦火を恐れる必要がなくなったことで、人々にもたらした安全は、健全な成長をもたらしました。能率的な農業や酪農業の発達により、安定した食料の確保、物流網を整備し、災害時の地域連携、医療技術の向上と貧富の格差なく命が救われる医療体制まで、人々の暮らしは向上しました。

豊かに、穏やかに、優しく、人々は寄り添って生きる時代になっています」


マーガレットがうつむく。

リーレンは前かがみになり、その頭部に囁きかける。


「ルース陛下。あなたの為したことはきちんと結実しています。後世の人々、王家、貴族、平民。多様な人々がそれぞれの立場で協力し合い、陛下のなしえたことを崇め、息長い平和を享受しております。

もう、なにも背負わなくていいのです」

「なにもかも、見透かすようなことを言うな」

「長い付き合いですよ。それこそ、あなたが背負う前からの……」


リーレンの言葉を噛みしめるマーガレットはスポンジにクリームを塗りつけ、口へ運んだ。


(甘い)


口に広がる甘さも、穏やかな街の景色も、なにもかも、輝くような平和の象徴にしか見えなかった。

ルースの記憶を得たマーガレットには、都市部の景色は、過去世で夢見た未来そのものであり、それ以上の天国である。


骨と皮となった人が路上に死んでいない。

物乞いもいなければ、打ち捨てられた老人もいない。

肉食の鳥が、死にかけた人を啄んでもいない。


腐敗した遺体にたかるハエが飛びかい、悪臭が漂う公道を、乾いた骨を踏み砕いて進んだ道などないのだ。


路地裏にいけば、まだまだ貧民が住まう地域はあるが、食うに困る風はなく。東屋に小さな家族を形成し暮らしは成立している。


子どもが殺され、娘がさらわれ、腕や足を無くした浮浪者にあふれた都市部。人が暮らす最低限の機能さえ失った様相がマーガレットの脳裏をよぎる。


(私の為したことは無駄ではなかった)


体中に光が注ぎ、体内をうねるように粒子がめぐる。

数多の命の責任からの解放は、許しに似た感覚をマーガレットにもたらした。


ゆっくりと顔をあげたマーガレットの双眸はうっすらと濡れていた。


「私は、もう、いいのだろうか」


覗き込むリーレンが笑いかける。


「もういいです。ここにいるのは、マーガレット。貴女だけです。僕はリーレン、現世で最も富む魔法使いです。過去世で頑張った、あなたへのご褒美を、全身全霊で捧げる男です」




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