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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

永続転生記

妖精と交信出来るだけで聖女にされた私が国を去ったら

作者: 天原 重音

 姿見で身だしなみをチェック。問題ないので姿見を仕舞う。

 王城の高位貴族用の客室なだけあって備え付けの家具は全て上品かつ高価なものばかり。今仕舞った姿見も淵に繊細な細工が施されていた。

 必要最低限の荷物を入れた鞄を持ち上げる。路銀と衣類しか入っていないので重くはない。そもそもこの部屋に置いていた荷物が少ない。道具入れを使うまでもなかった。身に纏う衣装は上下暗色のスラックスとシャツにいつもの黒コートと茶色のショートブーツ。完全に男のような装いだ。髪は一ヶ月前のパーティーで乱雑に切り落とされてしまったので、一思いにざっくりと切ってショートカットにしている。まぁ、人前に出ても問題ない程度に整えただけだが。

 部屋を出る前に、忘れ物がないかチェックする。一年間使っていた部屋だが、不思議と未練はなかった。やっと終わると言う解放感の方が強い。

 今の自分はエボニー・フェザーランド(十六歳)。国から出るまではこの名でいるしかない。人目がなければククリと名乗るものアリだろう。

 さて、忘れ物はなし、やり残しもなし。

 それらを確認し、部屋を出た。

「何をしているの?」

 廊下に出ると、専属だった二人の侍女と六人の護衛騎士達が床に膝を揃えて座り頭を下げる――所謂、土下座のような姿勢で並んでいた。記憶が確かなら、横一列になって土下座をしている面々は全員貴族だった筈。それが、恥も外聞もなく額を床に着けるようにしているのだ。

 間違っても、本日ここから去る人間への対応ではない。正しい対応例を挙げるのならば『立って頭を下げる』だろう。

 問いかけに応えがないので、無視し背を向けて歩き出せば『お待ちください』と声が上がる。

「待つも何も、私はこの国から出て行く予定の人間。先に追い出すような真似をしておいて『待て』とは随分な対応ね」

 肩越しに背後を見れば、八人揃って顔を上げている。全員顔色は悪く、目の下に濃い隈が出来ている。六人の騎士に至っては顔に殴られたような跡が見える。殴ったのは親か上司のどちらかだな。自業自得なので治しはしないが。

「お待ちを! 豊穣の聖女である貴女がこの国を出たら――」

「先に出て行けと言ったのはそちらでしょう? 何度言えば理解出来るの」

 騎士の言葉を遮って正論を言えば、悔しそうな歯ぎしりの音が聞こえて来た。他の七人は何も言わずただ俯く。当然か。冤罪擦り付けの先棒を担いだ馬鹿は他にもいるが、この八人も『その馬鹿』の一部である事には変わりない。

 今度こそ背を向けて去る。

 あの八人にどんな処罰を下されようが気にならない。

 自分は被害者。あの八人は加害者。

 この関係は崩れない。崩れる事もない。

 ある程度距離が離れてから、内心毒づいた。

 ――身内に甘過ぎるから、こうなるのよ。

 情に厚いと言えば聞こえは良いだろうが、いざと言う時に迅速果断な対応で切れないのならば『無能』と言われても仕方がなかろうに。

 今回もそれが原因で起きたのだ。

 自分は被害者なので、助ける気は起きない。

 その後も長い廊下を歩いていると彼方此方から『お待ち下さい』、『考え直しを』と、声がかかるが全て無視する。しつこい時には睨むように一瞥すると、それだけで静かになる。

 吹き抜けとなっている一階ホールに続く階段を降りると、

「何処へ行く気だ?」

 精悍な顔を険しくした金髪碧眼の青年がホールの中央に立っていた。久し振りに聞くテノールの声に苛立ちが混じっている。反省心は感じ取れないが。

 彼とは一ヶ月振りに会うが、以前よりもやや老けて見えた。三つしか年が離れていないのに、顔の彫深さで年齢差を広く感じるのは何故だろうか。

 ……今は場違いな感想を抱いている場合じゃないな。

「謹慎中の方が、何故いらっしゃるのですか?」

 暗に『王命の謹慎無視か?』と聞けば、青年の眉間の皺が深くなった。

 主犯格その一であり、兄弟がいない為首の挿げ替えすら出来ない、謹慎中の『王太子』がホールで仁王立ちしていれば悪目立ちする。現に彼専属護衛の騎士達が離れたところでオロオロとしている。小声で戻れと言うのなら、強制的に連れて行けよ。

 ホールを覗き見る廷臣は誰一人として王太子を諫めない。

 この男とは最早、婚約者と言う関係ですらない。加えて言うのなら、命令されても従う義務はない。

 歩き出せば、絶望に満ちた声が上がる。王太子の横を通り過ぎたところで腕を掴まれた。放せと言えば、関係のない言葉が飛んで来た。

「今日がカサンドラの処刑日だと知っているか?」

「血の繋がりのない赤の他人の予定等知りません」

「き、貴様! 自分の妹だろう!」

 呆れた。騙されていたとは言え、まだ情が残っていたのか。挿げ替え要員がいれば即座に切り捨て対象だな。こんなのが王位に就くとか不安でしかない。

 やっぱり、王位に就く奴は『そこそこの人でなし』じゃないと務まらなさそうだな。

 そんな感想を持ってしまう程に、激高した姿が無様に見える。

「妹? 母を毒殺した婿入りの父がお気に入りの娼婦に産ませた女が、私の妹ですか? 親の半分が貴族でも、我が公爵家の血は一滴も引いていません。引いているとすれば、そうですね、父の実家の子爵家でしょうか。その可能性も低いでしょうけど」

 父の実家は今一件で潰れ、離縁された伯父と祖父母は『責任を感じて』自ら毒杯を呷った。公爵家に払う莫大な慰謝料で首が回らなくなったからではなく、罪人が送り込まれる強制労働所に行きたくないからでもないと思いたい。

 そんな父は半月前に絞首刑となった。お気に入りの娼婦も同じ日に刑に処され、共に生きたまま城壁に吊るされた。吊るされた二人を見て、数多の民が石を投げた。外れた投石が城壁に当たり、当たった箇所が痛む可能性が有るとして僅かな時間で降ろされ、そのあとに火刑となった。

 降ろされてもまだ生きていたらしく『激しく暴れて刑執行が大変だった』との王の言だ。初めから火刑に処さない当たり、王も怒っていたのだろうな。

「それでも、義理の妹と言う扱いだっただろう」

 尚言い募るその王の息子にはほとほと呆れる。騙されていたからある意味この男も被害者に当たるが、ここまで来ると『お人好し』かと疑う。

「はて? 義理の妹と言うのは『姉の所持品を片っ端から強奪』したり、『姉の婚約者を略奪』したり、『姉を陥れて無実の罪で処刑に追い込む』ような女の事ですか? 母娘共に許可なく公爵家の金でドレスや宝飾品を買い漁るなどの散財を繰り返し、複数の男と関係を持ち、使用人を奴隷のように扱い、気に入らなければ骨抜きにした男を使ってこっそりと殺すような女が、貴方が言っている妹の正体ですが?」

 反論はない。この男は己にとって都合の良い部分しか見なかった。

『カサンドラがそんな事をする筈がない』

 何度訴えても、訴えられる理由は何だと調べもしなかったツケがこれ。

 自分に関してはこいつは加害者。

 被害者気取りの馬鹿に最後に告げよう。

「泣く女の言葉以上に真実はないが、お前が泣いて言っても嘘にしか聞こえん。醜い色を持って産まれた貴様は不要。――そう言って、先に私を捨てたのはそちらです。王族なんですから、自分の言動には責任を持って下さい。では、さようなら」

 手を振り払って立ち去る。一ヶ月前、この男は『不要』と言った。自分を要らないと捨てたのだ。

 自分もこの男が嫌いだった。捨てられたから捨てただけ。

 一年経っても無理ならば諦める。王のその言葉を信じて一年間過ごした結果が、捨てられたから捨てる。

「捨てたあとに真実を知って縋り付くなんて、本当に無様過ぎる」

 捨てる際には確りと吟味するものだ。

 吟味する事もなく捨てたこの男は生涯後悔を背負うだろう。

 この男が婚約者だったのは、伯爵家出身の王妃の肩身の狭さを思っての王の独断。自分は政治バランスと後ろ盾欲しさに選ばれた生贄。

 それもこんな形で終わった。今回の騒動で国の法律に『王妃は侯爵家以上』と追加される事となった。現王妃は『法律が出来る前』なので無事だが、次の王太子の婚約者決めは嘸かし揉めるだろう。馬鹿な女と関係を持っていた男と結婚したがる令嬢がいるとは思えない。

 調べもせずに王命の婚約を一方的に破棄し、婚約者の髪を剣で無理矢理切り落とす。

 しかもやらかしたのは、他国の使者を招いたパーティー中。『かの国は人の法がない蛮族国家』と使者が持ち帰った情報から罵られ国交を切られている。外交担当は大いに苦労している事だろう。鬱憤は馬鹿共にぶつけてくれ。

 縋り付く鬱陶しい視線を振り払って王城から去った。



 王都から出るまでに苦難はまだまだ続くらしい。城門で手配していた馬車に乗って移動するが、出発前から躓いた。

「せいじょさま、まってください」「聖女様! お助け下さい!」「聖女様! 行かないで!」

 平民の老若男女が一斉に縋り付いて来た。

 弱者になれば助けて貰えると思って行動する当たり、人間はつくづく現金だよなぁと、思ってしまう。

 縋り付いて来る平民達も『黒髪の美しくない女が聖女だ何て有り得ない』と自分を否定していた側だ。それが『真の聖女は自分』と知った瞬間に手の平を返すのだから、助ける気にもならない。

 御者に命じて無理矢理馬車を走らせるが、道は人で埋まっていた。皆、自分を王都の外に行かせまいとしているが、守るべき民に見えない。

 御者には城の敷地内に戻るように言いつけ、自分は姿を消す迷彩障壁を張って馬車から降り、飛翔魔法で宙に上がる。

 馬車が戻って行くので民は『助かる』と歓声を上げているが、完全な勘違いである。いないと知った時には絶望の大合唱となるだろう。

 近くの家の屋根に降り立ち下を見る。

 歓声を上げている民もまた、自分を否定したもの達。否定しておきながら『聖女だから』と言う理由で助けて貰えると思うとは、

「馬鹿しかいないのかねぇ?」

 そんな感想が口から零れる。

 御伽話のような『見目麗しい聖女(中身は悪女)と王太子』に熱狂していたくせに。髪色を理由に自分を否定した奴らはこれから苦難の道を歩くだろう。

 それにしても、人が多い。カサンドラの処刑日だと聞いたが、まだ時間になっていないのか。

 馬鹿の死に際を見る気はない。

 民に気付かれるよりも先に王都から離脱する事を選んだ。



 出国には予定よりも時間を要した。

 髪と瞳の色を金色に変える眼鏡を装着して行動したが、各所の検問所が厳しく何度かバレそうになった。五日程かけてゆっくりと移動する予定だったが、急遽、飛行用の魔法具を使用し、数時間で隣国に降り立つ。密入国になるが、背に腹は代えられない。連れ戻されたくもないしね。

『隣国の豊穣の聖女、行方不明』

 夕方、立ち寄った町で部屋を取った宿の食堂では隣国の噂一色だった。

「豊穣の聖女様が行方不明だって」「何でも冤罪で処刑されそうになったんだって」「婚約者だった王太子も見る目ねぇよな」「王太子を篭絡した魔女は聖女様の妹って話しだけど、聖女様と血の繋がりはないんだろ」「ああ。娼婦の娘だってな」「王太子と側近どころか高位貴族の令息を片っ端から味見する女が聖女だ何て有り得ないよな」「騙される民がもっと有り得ないだろ」「魔女の顔は良くて、王太子と並ぶと御伽話のようだって、皆熱狂していたらしいぜ」「そりゃ、自業自得だな」

 どこもかしこも、こんな状態。厳密に言うと、熱狂していたのは『王都の住民』だけなんだけどね。

 噂話を右から左に聞き流し食事を取る。パンと野菜スープとステーキ。質素な料理だが毒物が入っていないので安心して食べられるのはありがたい。食べ終えて部屋に引きこもる。

 ドアに鍵をかけて眼鏡を外して、硬いベッドにダイブ。暫しゴロゴロしてから、仰向けになる。

 ぼんやりと天井を眺めていたが、記憶を取り戻し、忙しかったここ二年間を思い返してしまう。



 エボニー・フェザーランドは母親と共に父親に毒を盛られて死亡した。蓄積型の毒は何年間も食事に混入し、二年前に効果を発揮した。脅迫されて毒を混ぜていた料理長は処刑されたんだっけか。当時母親は病死とされた。

 エボニーは表向き奇跡的に助かった。実際には『菊理の人格と入れ替わる事で息を吹き返した』が正しいだろう。

 娘が死ななかった事で父は焦るが何かと理由を付け、ピンクブロンドと緑色の瞳を持った愛人と連れ子を家に招き、愛人を後妻に連れ子を次女にした。

 娼婦なだけあって後妻は顔立ちこそ美人だったが、中身は『悪女』と言うに相応しかった。その見た目と中身を受け継いだ次女もまた『悪女』だった。

 国の法律に『嫡出の許可なく婿入りの連れ子を養子に出来ない』と言うものが有り、自分はこれに同意していない。大事な法律を無視している事にも気付かなかった父の評価は『無能』の一言に尽きる。こんな子爵家の次男坊が公爵家に婿入り出来たかは謎のまま。

 身分に煩く『男じゃない子供は要らん』とエボニーを平然と虐待する気位高い女が公爵家の唯一の嫡出子。嫁入りの祖母はどこかの国の王女だったと言う話しは聞いたが、国名は誰も教えてくれなかった。今となってはどうでも良いが。

 父が婿養子入りで来た謎もこの際放置で良いか。考えたところで埒が明かんし。ただ、王が何度か謝罪して来たので『国王絡み』なのは事実だ。

 ……そう言えば読んでいない王からの手紙が有ったな。

 荷物から手紙を取り出して読む。

 実に馬鹿な内容だった。

 父と母の婚姻は『王が嵌めた』事が原因だが、ハッキリ言って母も悪い。『自分よりも上の身分の男以外との結婚は嫌』とゴネ倒して、王に媚薬を盛るとか、バカの所業だろう。媚薬に気付いた王も『身代わり』として父を使った当たり、一番の被害者は父っぽいが……現在の国の状況を考えると同情は出来ん。

 公爵家の婿だと言うのに、教養がないにも程が有るし。

 実家は恥ずかしかっただろうね。

 法律の話しをしても『そんな筈がない』と喚く三馬鹿の相手に疲れ、母の病死診断について色々と調査し半年経過した頃、国王から婚約の話しが舞い込んで来た。当然だが、エボニー宛だ。カサンドラ宛ではない婚約話に父は当然ブチ切れ、謁見で王に直訴し、逆に『法律を知らんのか』と叱り飛ばされた。

 縁組に同意して妹に譲れと父にその場で怒鳴られても、王命である事を忘れてはならない。が、王族との婚約何ぞ真っ平ご免、絶対に嫌だ。

 そもそも、呼ばれていなかった父を王が先に帰らせたあとに『仕事と調査』を理由に王に直談判したが、却下された。しつこく食い下がった結果『父の色々な疑惑調査』と引き換えに、取り合えず王太子と顔合わせをする事になった。しかし、立て続けに問題が起きた。

『汚い色を持った女と婚約したくない』

 会って早々、国王と王妃の目の前でそんな暴言を吐いた。見た目は良いが中身が悪い。『優秀・秀才・天才』のどれかの単語を聞いた事はないので、恐らく凡人だろう。

『初対面の女性に暴言を堂々と吐く殿方と婚約は嫌ですが王命ですので、不服が有るのならそちらから婚約破棄して下さい』

 さして期待していなかったが、物言いにカチンと来たので『嫌ならそっちから破棄しろ』と言えば、瞬間湯沸かし器のように王太子の顔が真っ赤になった。

 罵り合いの気配を感じ取った王が取り成し、この場は解散となった。王は解散後に王太子を叱り飛ばしたらしく、王の怒声が暫くの間城内に響いた。

 別室に移動後に王妃から謝罪を受けたが、婚約は無理な気がするので、辞退を申し出た。即座に却下されたが。

 それから五回も顔合わせをしたが、王太子は嫌悪を隠さない。互いに歩み寄りを試みるのが政略結婚だが、この王太子はそれを理解していない。必然的に王妃から『我慢して頂戴』の言葉が謝罪と一緒に自分に降りかかる。その前に王子を何とかして欲しいわ。

 険悪な関係のまま更に数ヶ月が経過し、改善がみられない事を憂慮した王が提案をした。

『一年間王城で生活しろ。上手く行く様子が見られないならば、婚約は解消とする』

 簡単に言うと『結婚生活を体験しろ』である。

 誰もが想像した通りに上手く行かなかったが、奇妙な方向に転がった。

 王城暮らし三ヶ月後、フェザーランド家次女(仮)カサンドラが姉に会いたいと押しかけて来た。無論、自分のところには来ていない。『姉に面会を拒まれた』と王太子に嘘泣きに行った。

 王太子の婚約者なので自動的に自分が『王太子妃』である。当然の事ながら第三者として証言が採用される護衛がおり、カサンドラの嘘は一発でバレ、呼び出された父と一緒に王にまで叱り飛ばされる事態となったのだが、泣いている女に弱い王太子が割って入り事態がややこしくなった。

 王妃にまで叱られても『泣かせた奴が悪い』と、意見を曲げないのは良いが『噓泣き演技』が見破れないのはどうかと思う。

 この騒動が十日に一回のペースで起きた。

 自称妹は自分のところに来ていない。稀に王太子妃の授業中に乗り込んで来て、教師に怒鳴られた事も有る。その教師は王太子に怒鳴られ、王太子は王に怒鳴られの連鎖が続き、今から一ヶ月前のパーティー中に王太子は婚約破棄騒動を起こした。

 ハッキリ言って馬鹿だ。あと一ヶ月待てば自動的に解消となる。なのに待てず剣で令嬢の髪を強引に切るパフォーマンスを他国の使者の目の前で行った。

 無様と自分を見下し笑いをしたが、真の無様な状況になるのはこの王太子だ。

 王と王妃、他国の使者の目の前で『抵抗しない婚約者に危害を加える』って、どう考えても問題が有るのに『そんな簡単な事にも気付かない』王太子に多くの貴族が次代の王に失望した。

 王が即座に王太子を貴賓牢に、カサンドラを地下牢に放り込ませ『即座に処罰する』をアピールしたが、それ信じる貴族は少ない。

 自分と王太子の不仲は有名だった。ついでにカサンドラの嘘泣きと男遊びも有名だった。婚約を解消させれば良かったのにしなかったのは王の判断。

 まぁ、自分の立場を考えれば王太子と婚約は国益につながる事。馬鹿な王太子がそれを理解していたか非常に怪しい。

 結果として、この一ヶ月間で父の実家である子爵家没落、フェザーランド公爵家も跡継ぎ不在の為没落、父と後妻、カサンドラの処刑が決まった。

 カサンドラと肉体関係を持っていた貴族令息の内、嫡男は廃嫡、それ以外は入れ込み具合にもよるが謹慎か勘当を言い渡されたものもいた。しかし、貴族の令息達が揃って馬鹿をやった為、一斉に婚約の見直しが行われ、社交界は混乱に陥った。逞しい令嬢は混乱を機に目当ての令息を捕まえたらしいが。

 国内を混乱に陥れたカサンドラの蔑称は『娼婦令嬢』から『傾国の悪女』へと変わり、後妻は『悪女の鑑』と呼ばれた。

 蛇足レベルの話だが、カサンドラの父親は婿入りの父ではなく『とある商家の男性』と判明したが、分かったのは父の処刑後だった。誰かの腹いせのように話は広くばら撒かれた。商家の男性が傾国の悪女の父となったのだ。殺害されないか気になるが知る方法はない。

 去り際に王太子に教えなかったのは『恥をかかせる』為。やらかし倒して噂を気にしない馬鹿と恥を晒すがいい。ちょっとした意趣返しだ。



 ここまで思い返すと、ため息が零れる。

 実に馬鹿げた展開だった。

 自分が国を出るのは『これ以上付き合い切れない』から。

 出立直前に土下座をしていたあの八人は、カサンドラに買収されていた連中だ。騎士は全員肉体関係を持っていて骨抜きにされていた。侍女は王子のお手付きを目論んだ下心満載な下級貴族の令嬢。当然のようにカサンドラに協力し嫌がらせをして来た。ある意味自分が出て行く理由の一つでもある。

 土下座していたのも『助かりたいから』していたのであって、本心から『悪い事をした』と思っていない。

 そう思うのは『謝罪の言葉を口にしなかった』から。頭を下げられたからって許す気はない。職務怠慢のツケは自分で払え。

 


 さて、ここまでずっと流していたが、自分が聖女呼びされているのには理由が有る。

 この世界では『妖精が見え、言葉が交わせる人間』を聖女か聖人と呼ぶ。魔法は存在しないけど。

 エボニーの場合は、六年前の大飢饉時に妖精を通して自領に豊穣を齎した事から『豊穣の聖女』と呼ばれた。以降は王命で仕事として国内各地を回り、妖精を経由して農地の再生活動を行っていた。

 それも数か月前に終了した。カサンドラは終了後に王都で『自分こそが聖女』と名乗った。顔が良く王太子と仲が良かったから『絵になる美男美女』と王都の住民に受け入れられた。噂話をばら撒く職業――通称、雀に金を積み『虐められている』と噂を流し、王都の住民を使って自分を非難し始めたが、当時から出国準備をしていたので気にしなかった。寧ろ『嘘と発覚した際に出国する理由の一つ』として利用する気満々だったし、実際に利用した。『噂に踊らされ、真実を知って掌をいとも簡単に返す民に尽くす気は有りません』と言えば実に簡単だった。根も葉もない誹謗中傷で傷ついたと理由にもなった。

 自分を王太子妃の座から引きずり下ろしたいが為に噂話に尾ひれを付けた貴族は『恩知らず』として社交界から爪弾きを受け、令嬢は好色爺の寡婦になる事確定である。王都の住民は活動を実際に見ていないから噂に踊らされたのだが、貴族は実際に立ち会いで見ている。それで噂に尾ひれを付けるのだから『恩知らず』と罵られても文句は言えないのだ。

 王都の住民が必死になって自分を引き留めようとしたのも『自分達が原因で聖女が去る』事実を変えようとしていたから。

「ほんと、都合の良い人間ばっかり」

 この世界の人間は失望させる事しか出来ないのかと、疑問を抱く程に『馬鹿揃い』だった。

 色んなものが嫌いになりそうだから、気分転換をしたらこの世界から去ろう。

 そう決めて今日は眠りに就いた。



 翌朝。

 朝食を取り終え次第、町から出る。

 国に戻る気はないので、もう少し離れる予定だ。

 町の出口に向かって歩く。午前中だが、どこもかしこも『隣国の聖女』の噂話一色だ。

 当の本人が堂々と歩いていると知ったらどう思うのか。確実に騒動となるだろう。

 しかし、妖精が見えるだけで聖女扱いとは……何だか釈然としない。

 いつもなら『治癒魔法が使える』か『霊力を持っている』で聖女呼びされていた。対してこの世界は妖精が見えるだけ。

 慌ただしかった為、疑問に思う暇すらなかったが、やる事のない今になると『何故だろう』と考えてしまう。

 この世界の宗教は『妖精を崇める』程度。実りの大地や恵みの海に感謝はするが、宗教のようには成っていない。

 暇になったからこそ感じる疑問だが、調べる気にはならない。だって、バレるから。

 頭を振って故国の事を思考から追い出す。

 路銀の残高と今後の予算計算をしながら、歩き続けた。



 髪の長さを維持し、色を変えていれば大丈夫。眼鏡をかけて人相を変えているのだ。バレないだろう。

 出国してから約三ヶ月間そう思っていたが、気分転換の旅は別の形で唐突に終わりを告げた。

 何が起きたかって? 戦争だよ。何で今になって起きるんだと声高に言いたい。

 しかも、開戦の地はまさかの故国。街で購入した情報紙の見出しを思わず二度見した。うっかり『はぁっ!?』と声を上げてしまったので、宿の一室で読んでいて良かったと心から安堵した。

 でも情報紙を読み進めて行く内に、何故起きたか納得した。

 王太子の一件で王家に不信感を持った貴族の一部が『王家の挿げ替え』を試み――見事に成功させてしまった。

 これで終わればよかったが、政変が起き国内の混乱に乗じて周辺国が攻め込んだ。狙いは自分が聖女として再生させた農耕地である。

 六年前の大飢饉は一国で起きた事ではなく、大陸の多くの国で起きた。そんな中、一ヶ国だけ復活すれば目を付けられて当然。

 復活の功労者は王太子の婚約者に据えられてしまったが、四ヶ月前の婚約破棄騒動が元で行方を眩ませてしまった。

 しかもこの騒動が原因で王家の信用が地に落ち、数多の国と断交された。農地が復活したからしばらくはやって行けると思ったところに、一部の貴族を中心とした政変による王家の挿げ替えが起き、国内貴族の足並みが揃うよりも前に周辺国からの侵略。

 見事なまでに踏んだり蹴ったりな状況だ。

 王家の三人――国王、王妃、王太子――は政変時に全員処刑となった。王は一人っ子で姉弟はいないが、処刑対象は王妃の実家にまで及んだ。関係者を根こそぎ処刑する気か。一人でも取り逃がすと遺恨が残るからある意味当然と言えば当然なんだろう。

 貴族の習慣や常識は転生の旅の当初は中々馴染めなかったが、今では『当然』『当たり前』と受け入れている。経験を積めば色々と変わるものだな。

 自嘲するように息を吐く。

 情報紙を備え付けのテーブルに放り、ベッドに転がる。考えるのは今後についてだ。

 この世界に尋ね人はいないのでのんびりとしていたが、まさか戦争が起きるとは。王家に信用がないからって、臣籍降下した王弟がいない中、政変何てよくやったものだ。王家の血を引く公爵家は幾つか残っているが、フェザーランド家以上に王家の血が濃い家はない。

 何しろ先王唯一の弟が臣籍降下した際に出来たのが、実家フェザーランド公爵家なのだ。

 非常に腹立たしいが、母と王は従兄妹に当たる為あの王太子は『再従兄弟』に当たる。今思い出しても意味はないんだよね。

 ……故国の情報は最早どうでも良いか。

 今考える事は『何処に行くか』だ。

 戦争が始まった以上、何処にまで影響が出るかまだ分からない。故国を分割して自国領土に編入する形で終わるなら良いが、奪い合いなったら『何処で』止まるか判らない。

 戦争を止める仲裁者がいないのだ。

 過去の経験から、仲裁できる第三者のいない戦争は『欲するものがなくなる』まで続く。戦争の匙加減の基準が『際限のない人の欲望』である以上、簡単に終結はしないだろう。

 取り合えず、戦地から可能な限り離れよう。

 今後の方針はそれで良いな。



 その後、自分は大陸の端にまで移動した。港から臨むエメラルドグリーンの海は水平線が丸く見えて、綺麗だ。

 けれども、戦争は終わりの兆しを見せない。それどころか、戦火の火は拡大の一途を辿っている。

 政変が起き、混乱の最中に在った故国は碌な抵抗も出来ないまま、短期間で占領された。

 周辺国間による会談で領土は分割併合となったが、今度は領土の分割具合で揉めた。

 ……政変を興した貴族をトップに据えて傀儡国にすれば、揉める事はなかっただろうに。そんな事を思ってしまうのはやはり自分が無関係な第三者と思っているのだろう。出国後に故国のあれこれに責任を持てと言われても出来ないとハッキリと言えてしまうので、『自分は無関係』と思っているのは事実だな。 

 街中で情報紙を買い目を通し、次の行き先を決めていたが、大陸の端にまで来て戦火を感じる状況では、今後何処に行っても変わらないだろう。

 路銀は慰謝料として貰った金なのでまだ余裕は有る。だが、この状況では路銀が尽きるよりも先に『使う場所』がなくなりそうだ。

 転生魔法を使って早々にこの世界から離れた方が良いかも知れない。

 余った路銀は何処かの孤児院や修道院に寄付すればいい。

 我ながら名案っぽいな。

 よし。まずは宿で一部屋借りて、不用品の選別を行おう。



 宿で不用品の選別を行い、ついでに道具入れの荷物整理を行い、気付けば三日が経過していた。

 転生魔法の準備も終わった。

 宿で代金の支払いを済ませ、不用品を孤児院に寄付し、人気がなく海が良く見える場所に向かった。

 この世界にはウミネコがいないので、何となく物足りない。海で港と言えば、ウミネコが『ミャーミャー』鳴いている印象が有ったが、余り遭遇出来ていないな。

 港から歩いて移動する。

 木漏れ日が降り注ぐ森の中を暫く歩き――やっと、抜けた。

 辿り着いたのは、何時かの景色と重なる断崖絶壁。その向こうに見える海は穏やかで、聞こえて来る潮騒が心地良い。気の済むまで聞いていたくなる程に。

「ちょっとならいいか」

 現在時刻は昼下がり。木の根元に歩み寄り、腰を下ろす。心地良い潮鳴りを聞きながら、暫しの間だけと、目を閉じた。

 


 結論から言おう。眠っていた。

 日暮れ手前で目を覚ましたので、時間的には二時間程度の睡眠だろう。見上げたまだ青さが残る空にホッとする。

「良かった」

 ここ最近、赤い夕焼けを見ると『赤い華』を連想するようになった。

 手にかけてしまった赤い髪の女。傾いだ首は手折られた華のよう。

「いかんいかん」

 これ以上思い出すのは駄目だ。

 過去は何度振返っても――二度と変わらないのだ。

 立ち上がってスラックスに着いた埃を払う。

 風が強くなっており、潮騒は砕け波の音に変わり、岩壁に当たって砕ける音が大きく聞こえた。

 大きな波音は背を押すようにも聞こえる。そんな事を思ってしまうのは、本当の意味でこの世界に未練がないからだろう。

「はぁ……逝こう」

 思い残しのない世界から去る時だ。

 道具入れを宝物庫に仕舞い、ロザリオ型の魔法具を取り出し、起動させる。

 視界が光で埋まり、体は軽く、感覚はなくなって行く。

 


 記憶を取り戻してからの、二年程度の日々に幕を下ろす。

 未練なく去れても、そこに喜びはない。

 記憶を取り戻してたら早々に去れば良いのかと思わなくもないが、それも違う気がする。

 答えは何処にもないが、近いものは在るだろう。

 見付けられるかは分からないが、何時か見付かると、良いな。

  



 Fin


ここまでお読みくださりありがとうございます。

鬱エンド率の多さに、どうにかならないかと首を捻る日々です。

長編二つの合間に書いたふんわり設定小説ですが、書き上げられるのは良いなと思ってしまいます。

それと、名前だけで出番のない妖精よ。外見を決めるのが難しくて、登場シーンゼロにしてすまなかった。話しの都合上、存在を仄めかすだけになってしまった。

妖精が沢山登場する小説を書いている方はどうやって外見を決めているのか。教えて欲しいです。

前回投稿した小説の最後で『ちょっとはっちゃけよう』と考えた菊理が、はっちゃけたり不真面目に生きる小説も現在書いている最中です。長さ的に長編になりそうなので、短編も書く予定です。

投稿の際には、興味を持っていただけるとありがたいです。


誤字脱字報告ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです!! 主人公の家族構成が全員(主人公を除き)血筋じゃないのが驚きですねww それに家族も王家もみんなヤバいww 主人公のお母さんも芳しかったみたいですし… ってか、…
[一言] フェアリーなんだし一般的な「虫の羽根をつけた小さい少年少女」でいいと思いますが わかりやすい例だと「聖戦士ダンバイン」のミ・フェラリオですかね なんならほんのり光ってフワフワ浮かぶ毛玉みたい…
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