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4. 溢れ出る想い


「────好きだ」



「………………は?」



 しばらくの沈黙の後、気の抜けた声を漏らしたのはアルフォンス様だ。

 想定外の回答に混乱しているらしく、「すきだ? 隙だ? スキダ……?」とぶつぶつ言っている。

 私も訳の分からない返事に内心ハテナをたくさん浮かべつつも、とりあえず青色の瞳を見つめ続ける。


 するとクリストフ・エウレニウスは、さらに堰を切ったように心の内を捲し立て始めた。


「まずい、だめだ、耐えられない。こんな至近距離でシルヴィアに見つめられるなんて……。可愛すぎて直視できない……でも見たい。宝石のような瞳に、薔薇色の頬、小さな唇……はぁ、天使すぎる。さっきからシルヴィアの手が俺の頬に……よし、これから一生顔を洗わずにいよう。いやでも不潔にしていたらもう二度と触れてもらえなくなるかもしれない。それはいやだ。嫌われたくない。ああ、シルヴィア、本当に好きだ……」


(…………な、なにこれ……!?)


 今度は私が混乱する番だった。


(えっ、待って。クリストフ・エウレニウスが私のことを好き??)


 呆然としたまま、なおも見つめれば、彼は「可愛い」「好きだ」と止まることなく延々と私への想いを語り続ける。


 正直、意味が分からない。今までそんな素振りなど一度も見せたことがないというのに。

 でも、《魔女の目》にかかった者は嘘をつけない。ということは、この言葉はすべて本当だということだ。


「……どうして……?」


 私が小さく呟くと、それを質問と受け取ったクリストフ・エウレニウスが答えた。


「数か月前、街の大通りで君と出会ったとき、一目で恋に落ちてしまったんだ……」


 彼はそう言うが、私には全く覚えがない。


(一体、どういうことなの……? 彼と出会ったのは魔術師団での自己紹介のときのはずだけど……)


 目の前の彼の言うことが謎すぎて、どうすればいいのか分からない。

 それに、私にはクレメンス様という心に決めた方がいる。


 クリストフ・エウレニウスもそこそこ……まあまあ……いや、かなり格好いいとは思うけれど、外見だけで靡くような私ではない。

 なにせ、ド近眼状態のボヤボヤの視界だったせいで顔を全く覚えていない人を好きになったくらいだ。見くびってもらっては困る。


(……でも意外といい顔してるよね)


 ごめんなさい。正直、顔は好みです。クレメンス様、チョロい女で本当にすみません。

 自分の面食いっぷりを反省していると、クリストフ・エウレニウスは驚くべきことを語り出した。


「……あの日、たった一瞬だったが、君と心が通った気がした。でも、君は覚えていないのだろうか。それとも、本名ではなくて偽名のほうを名乗ってしまったから気づくことができないのだろうか。……今、俺があの日、クレメンスと名乗った男だと言ったら、君は思い出してくれるだろうか」


 最後の言葉を聞いた瞬間、私は驚きすぎて口から心臓が飛び出るかと思った。


(え……!? まさか、彼がクレメンス様……!?)


 つまり、クリストフ・エウレニウスが私の一目惚れの相手だったということ……?


 たしかに、彼の話はあの日の私の記憶と一致している。それに、思い返せば背の高さも丁度彼くらいだったような気がする。


 ……でも、クレメンス様は綺麗な銀髪だったはずだ。それはボヤけた視界でもしっかり記憶に残っている。

 一方のクリストフ・エウレニウスは、紛うことない黒髪だ。


「クレメンス様は銀髪だったのでは……?」


 思わずそう尋ねると、クリストフ・エウレニウスは心底嬉しそうに破顔した。


「シルヴィア、覚えていてくれてたのか……! たしかにあのときは銀髪だった。あれは潜入捜査の任務中だったから、魔法で髪の色を変えていたんだ。外で正体がバレるわけにもいかなかったから、本名も名乗れなかった。本当は、この姿で本名を名乗りたかった」


 ええぇ……そういうことだったのね……。

 よくよく考えれば、彼の声もクレメンス様そっくりだ。普段、クリストフ・エウレニウスがこんなに優しい話し方をするのを聞いたことがなかったので気づかなかった。


(クレメンス様……いえ、クリストフ様……)


 ようやく想い人が見つかり満たされた気持ちで微笑むと、クリストフ・エウレニウスが突然胸を押さえて苦しげな声を漏らした。


「うっ……!」


(えっ!? どうしたの?)


 まさか《魔女の目》が効きすぎて、体に何らかの異常をきたしてしまったのだろうか。

 

「クリストフ様……!」


 私が焦りながら名前を呼び掛けると、彼はさらに辛そうに顔を歪めながら呻いた。


「……今の笑顔、可愛すぎるだろ。俺を殺す気だろうか。破壊力がありすぎる。それに、名前……俺の名前を呼んでもらえた。『クリストフ様』って……彼女が俺の名前を呼んでくれるなんて、こんなに幸せでいいのだろうか……シルヴィア、愛している」


 目の前で、しかもこんなに近い距離で好きな人から「愛している」だなんて言われて、今まで恋愛経験ゼロの私には刺激が強すぎた。

 完全にノックアウトされ、私は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って俯いた。


 そしてその結果、クリストフ様は私の《魔女の目》から解放された。



「………………」

「………………」

「………………」



 この場にいる三人とも無言のまま、重苦しい空気が辺りに漂う。

 最初に言葉を発したのはクリストフ様だった。



「…………アルフォンス殿下、どうしてくれるんですか……」



 先ほどまでの甘い声とは打って変わって、地の底を這うようなとてつもなく低く恐ろしい声がアルフォンス様を責める。

 アルフォンス様はいつの間にか羽交締めを解いて遠巻きに私たちを眺めていた。


「わ、悪かったよ。私は、お前が謀反に加担でもしてるんじゃないかと思っただけで、まさかこんなことになるとは……」


 アルフォンス様がものすごく気まずそうに言い訳するが、クリストフ様の怒りと羞恥は収まらない。


「はあ? 謀反? うちがそんな馬鹿げたことに手を出す訳ないでしょう。本当に、何してくれてるんですか……誰か時間を巻き戻してくれ……」

 

 自分が何を口走っていたのか、しっかりばっちり記憶に残っているクリストフ様は、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。そして半分独り言のような小さな声で謝罪の言葉を繰り返し始めた。


「……シルヴィア、本当にすまない。申し訳ない。気持ち悪いことを言ってしまった。絶対引いたと思う。許してくれ。いや、無理だよな。もうだめだ、死のう……死んで詫びるしかない……」


 何やらとんでもないことを言い出したクリストフ様に驚いて、私はばっと顔を上げた。


「……クリストフ様」

「ああ、また俺の名前を呼んでくれている……シルヴィアの声を聞いたまま死にたい……」

 

 混乱しすぎて、もはや《魔女の目》にかかっていなくても心の声が垂れ流しになっているクリストフ様。私はそんな彼の前にしゃがみ込むと、頭を抱えたままの彼の手を取り、心を込めて呼び掛けた。


「クリストフ様」


 クリストフ様が恐る恐る顔を上げ、縋るような、焦がれるような瞳で私を見つめる。

 私は自分史上最高に慈愛に満ちた笑顔を浮かべて言った。



「結婚しましょう」



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