第8話「勇者は真相を知る」
「私は、武史さんに助けて頂いたんです」
学校に戻る助手席で、ネフィルが切り出した。
〔元帥〕が志賀武史であるのは、初めて彼と会った時の記憶から何となく予想していた。
これは勘だが、あの時のことは、宣戦布告などではなく「お手並み拝見するよ」と言う宣言だったのではないだろうか。
「すると、ネフィルは異世界人だったのか?」
「はい。私は一族を魔王軍に殺されて、奴隷として売られそうになったところを武史さんに助けて頂いたんです」
「やっぱり、そっちの世界にも魔王がいたのね」と脱線した学を、ガタンと車の揺れが襲った。
屋根の上で跳ね上がった学は、窓枠に捕まって「おい、もうちょっとお手柔らかに!」と抗議するが、「仕方ないでしょ! 全員は乗れないんだから! 舌噛むわよ!」とぴしゃりと言い返された。
ちなみに、後部座席では押し黙った里桜と静磨が座り、倫の膝の上には和美が小さくなって座っている。ツバキは「あの暴走車には乗りたくない」と屋根を飛び移って移動中だ。できれば学もそうしたいが、ネフィルの話を聞かねばならない。
「魔王を倒すまでは、やさしい武史さんだったんです。身寄りのない私に、地球に来ないかと言ってくれて。彼は地球に好きな人がいるとは言っていたのですが、それでもとても嬉しくて」
「ほー、そりゃ大したプレイボーイだなぁ」
軽口を叩く学に、ガタンと車が大きく揺れて、冷や汗をかく。
「おい!」
「……今のは学が悪いわ」
後部座席の倫にぴしゃりと叱られ、学は渋い顔を浮かべてネフィルに続きを促す。
「でも、地球に帰った時、武史さんだけ何故か召喚された一か月後に戻ったんです。その間に、武史さんの恋人が自殺されていて……」
想像通り重い話に、一同は押し黙る。
あの温厚そうな青年を歪めるには、それほどの衝撃が必要なのだろう。
「武史さんは、クラスメイトのいじめが原因だと言って、いじめていた人たちをその、ひとりひとり……」
学は、ガシガシと頭を掻いた。
話に聞く武史は、もう一人の学だ。
もし倫が同じ目に遭っていたら、自分も同じ選択をしたかもしれない。
「でも、そこまでやっても武史さんは止まりませんでした。『全てのカーストを壊す』と言って、その方法を探していたんです。そこへ女神がやってきました」
「あー、やっぱ絡んでたのか」
こちらも予想していたが、実に厄介だ。
「女神は、菅野さんのことを教えてくれて、身体強化ポーションを作ったと話しました。武史さんは、日本中のカースト底辺の学生たちにそれを配って、内部から崩壊させることを思いついたんです」
「!! それは……」
アリサが絶句する。
彼女は、サーシェスで学がどんな思いでポーションを作ったか目の前で見ている。
ちょっと前なら嫌な気分になっただろう。だが、今は情報を得る事が最優先だ。
「しかし、あれは材料が足りないだろ? 魔人山の黒曜石はどうしたんだ?」
「……牡蠣殻です」
「牡蠣殻!? 鮫島商会の牡蠣ガラスを使う気だったのか!」
鮫島商会と河衷町が計画していたのは、瀬戸内で生産する牡蠣の殻を自動車用のガラスの素材にして、世界的なガラスの原料不足に一石を投じる事だった。
一星は役人と鮫島商会の上層部が税金を食い物にしてしまい、プロジェクトが遅延しているのを危惧していたが、まさか〔軍団〕にまで狙われていたとは。
「女神によると、あのガラスに特定の加工をすると、ポーションの素材になるそうです。ただ、その方法は、条件を満たしたら教えると」
「その条件ってのは?」
「”菅野学を闇落ちさせること”です」
驚く、と言うより戸惑うと言うのが正直なところだった。
何故女神は、自分に執着する?
「それは、分かりません。武史さんも首をひねっていました。ただ、武史さんはあなたに会って考えを変えたようです」
「俺に?」
「ええ、直接そう聞いたわけではないですが、きっと武史さんはあなたに暴走した自分を止めて欲しいのだと思います。武史さんは、あなたのことを『昔の自分に似ている』と」
「……買いかぶられたもんだな。だがシンプルで良いかも知れない」
「どこがシンプルなの?」と問いかけるアリサに、「いや、シンプルだろ」と返す。
「倫に助けられたから、いじめられてる倫を助けに行った。アリサたちが俺を見捨てなかったから、それをサーシェスの人たちに返した。今度はツバキが俺の傲慢を諭してくれたから、志賀さんに同じことをするだけだ。『悪の組織を倒す』なんてのよりずっとシンプルじゃないか」
回答が無言だったので、「呆れたか?」と問いかけたら、「ううん。惚れ直した」と来たもんだ。
こっちの方は振り回されっぱなしだなと苦笑する。
「でも、ツバキさんは学さんを説得することは出来ず、女神は次の手を提案しました。〔軍団〕のメンバーを立て続けに戦わせ、町内に魔力を充填させて、結界で覆う事です」
「なんでそんなことを?」
「これは、武史さんが話の断片から予測したことなのですが、神にもルールがあって、人間に直接力を行使すると他の神にペナルティを受けるのではないかと。しかし、結界で町を塞いでしまえば、魔力の流れが察知されず、ある程度の介入が可能な様なのです」
「じゃあ、結界を壊せばいいんじゃないかしら?」
倫の提案は、学とアリサに否決された。
「それくらいは出来そうだけど、あれを破るだけの魔法を使ったら、周囲に大被害が出るわね」
むぅ、と難しい顔をする倫に「発想は良かったぞ」と励ます。
「で、『ある程度の介入』って?」
「武史さんに直接魔力を流し込んで強化を行うそうですが、女神の力を受けた時から、武史さんはおかしくなりました。『人間は粛清されるべき』なんてことを熱に浮かされたように話すのです。武史さんは憎しみで歪んでも、あんなことを言う人ではありません!」
黙って話を聞いていた倫が「行きましょう! 学!」と声を上げた。
「そうね。ここで日和見を決め込んだら勇者の名折れよ!」とアリサ。
「そうだな。やるか! なにしろ、〔破壊の勇者〕のモットーは……」
「『人を不幸にするものをぶっ壊す』こと!」
「……でしょ?」
窓をのぞいたら、倫とアリサがドヤ顔でこちらを見ていた。
学は照れくささのあまり苦笑して「分かってらっしゃる」とつぶやいた。




