第13話「俺はスクールカーストをぶっ壊す」
「よし、壊そう」
自然にそんな言葉が出て来た。
グロテスクなスクールカーストを崇め奉って自分を縛るのは勝手だが、それをクラス全体に強要するのは迷惑千万。こんなものはさっさと解体してしまうに限る。
それを興味深げに見つめる志賀の表情からは、先ほどの闇は感じじない。このやりとりを純粋に楽しんでいる様に思えた。
「どうやって壊すかい?」
学はニンマリと笑う。確かにスクールカーストは厄介な存在である。だが、それほど堅固な存在だとは思えなかった。大人が外から変えるには、制度を弄ってカーストを維持出来なくするしかない
それには多くのエネルギーと時間を必要とするだろう。だが、内側から壊すのならやりようがある。
「KYに振舞えばいいんです。3軍に落とされようが、白い目で見られようが、言いたい事を言って、やりたいようにやる。恐らく1軍から攻撃があるでしょうが、無視されても俺の居場所は学校だけじゃないから痛くも痒くも無いし、もし暴力や暴言が出てきたら警察や弁護士の出番です。お手手が後ろに回るのは向こうだ」
スクールカーストは、あくまで閉じた空間で適用されるルールだ。
同じ土俵で勝負したら多数派が勝つが、学校を一歩出れば、支配者は「空気」ではなく「法律」や「言論」に取って代わられる。
カースト内の価値観が「空気を読まない人間は殴られてもしょうがない」であったとしても、「外」の価値観では立派な傷害罪である。
隠蔽があるから学校を通す必要は無い。直接警察か弁護士に相談し、教室内に「法律」と言う抑止力を持ち込めば、カーストは簡単に崩壊する。
ガチの身分制度を間近で見て来た学に言わせれば、スクールカーストなど、所詮は拗らせた子供の浅知恵である。
「君は、強いな。あの時君みたいなのが居れば……」
志賀は感慨深げに呟くと、「だが、問題があるね」と教師が生徒を採点する様に駄目出しをした。
「確かにその方法なら、カーストは崩壊する。実際一軍の人気者が、カーストで味わった美味しい思いが忘れられず、卒業後に同じように振る舞って痛い目に遭う例は多いからね。でも、もし君が居なくなったらどうなるだろう? 旗印になってカーストと戦っている勇者が居なくなったら、民衆は同じように戦い続けるかな?」
「勇者」と言う表現にどきりとさせられたが、ただの比喩だと思いなおす。
そして、問いかけには「多分無理だろう」と結論付けた。
村人にどんなに強力な武器を与えても、戦い方を教えても、戦いを「他人事」と考えているうちは、彼らは優秀な兵士になれない。
「戦えば良い事がある」「戦わないとより酷い目に遭う」と言う納得を得て、戦いの素人は初めて武器を取るのだ。
だが、「そういった土俵」もまた、〔破壊の勇者〕の得意分野に他ならなかった。
「なら、俺一人で戦いません。第4の勢力を作ります。それで同調圧力を無視して、楽しそうに馬鹿騒ぎをすれば、皆お互いの顔色をうかがうのが馬鹿らしくなります。そうなったら誰もが思うはずです。『なんだ、自由にやって良いんだ』って」
学が〔破壊の勇者〕と呼ばれる理由。それは「ある知略」を用いて魔王軍を内部から崩壊させた事にある。
鉄の統制を誇る魔王軍に比べたら、スクールカーストなど烏合の衆に過ぎない。
志賀は「そいつは良い!」と爆笑し、手を叩いた。
「君は、どうしてそこまでするんだい? 他に居場所があるなら、相互不可侵な状態にして我関せずを決め込んだ方が楽だろう?」
「そうですね」と相槌を打ちながら、そんな選択肢は全くないと気付く。
多分、女神に異世界へ呼びつけられる前でも、それは変わらなかっただろう。今倫はあの時の自分の様に進退窮まって、絶望のそこに居る。千彰も美都もそうだろう。だから、「やらない」なんて選択肢は元よりないのだ。
「そうですね。半分は『気に入らないから』ですが、もう半分は、ただの『自己満足』です。あいつらが笑ってないと、俺の人生が味気なくなっちゃうので、邪魔者を叩き壊す。そんな我儘がしたくなっただけです」
「……そうか。健闘を祈る。連絡先を教えておくから、相談事があれば力になる。微力ながら応援させてもらうよ」
志賀は、千円札を置いて席を立つ。一歩踏み出して「そうそう、一応忠告しておくよ」と足を止めた。
「人間になりそこねた猿は、『人間になれた者』に強い憎しみを抱き、幸せを邪魔しないでは居られない存在だ。彼らを対等な存在と認識しては駄目だ。気を付けた方が良い」
押し上げた眼鏡から覗かせたのは、ぞっとするような瞳だった。
全てに関心を失っていながら、全てを求める餓鬼のような眼だ。
学は、ゆっくりと目を閉じてから、告げた。
「ええ、俺も骨身に染みてますよ。猿の扱いは割と慣れてますので、上手く『処理』しますよ?」
再び開かれた学の双眼にも、深い深い闇が宿っていた。
志賀は満足げに頷く、だが、一方の学は自分の口からでた言葉に納得してはいなかった。
(そんなのは言い訳だ。もっと救えたはずなんだ……。もっと)
サーシェスでの体験は、中学を出たばかりの少年には鮮烈過ぎた。
大人なら割り切っている筈の苦悩を、学は未だ引きずっている。
それは、優しさからくるものかも知れないが、本人にとっては焼き鏝を当てられたような苦痛だった。
菅野学は勇者ではある。しかし、ヒーローを夢見る事はとうに辞めた。
敬意すら抱いていた好敵手を謀略の道具として使い捨て、助けてくれとすがる人々を足蹴にし、手だけでなく心まで血で汚したあの日から。
破壊の勇者は、なりそこないの嫌われ勇者。日陰を歩み、敵を陥れ、魔王に限りなく近しい何か。
その身で道を示し、希望を体現するヒーローにはなれないのだ。
だが、彼は忘れていた。
ヒーローが民衆を助けるように、人々がヒーローを助ける物語も、また数多く存在することを。




