第78話 帰還
ミレリア軍本隊が帝国軍第二師団の使って居た本陣で待っていたカリーナ騎兵部隊としたのは予定通り戦闘が終了した翌日の昼すぎであった。
到着後、各報告を受けて部隊を再編成、帝国へ撤退を開始したのはその2日後とであった。
その間、アウルストリア軍は臨戦態勢のままであった。
一応、非公式にミレリア皇女とキュリエ王女が会談を行ったという話だがそれがどういうものだったかは当事者しか知り得ぬことであった。
ミレリア軍はアウルスタリアの国境を無事超えて、そのままガターヌ共和国領に入り、ナスクア領を制圧にあたっていたハギュール少将とナスクア城にて合流する。ナスクア城はアウルスタリア侵攻のための前線基地としてガターヌ共和国が提供していた場所であった、
第二師団の残党はナスクア城に籠ったが、ハギュール少将の第六師団の前にあっという間に陥落。運び込まれていた物資はそのまま確保できたため、ミレリア、ハギュール両軍共に当面の物資と根城を確保することができた。
ミレリアとハギュールは今後どうするかを話し合い、軍は二手に分けてミレリアは急いで帝都への帰路を。ハギュールはそのままナスクア領を制圧し、ガターヌとの停戦交渉へと移る手はずとなる。
問題は元ヴァッシュ王国領内であった。ナスクア城から帝国領に戻るにはこの地を通らねばならないが制圧後、そのまま帝国軍はアウルストリアへ侵攻、さらに帝国の内部分裂と続いたためヴァッシュ王国の市民は反乱軍を組織、各地の有力者も各々反旗を翻しており、ヴァッシュ王国内はかなり混乱していた。
それでも帝都への帰路を急ぐミレリア軍は元ヴァッシュ王国首都だったマッケルにたどり着く。その時のマッケルは反乱軍の手で占拠されていた。
小規模な軍とはいえ放置するわけにもいかず、かといって時間のかけていられないミレリア軍は即包囲したものの、ある程度破壊されていたものの、堅牢な城塞都市は健在で正攻法で攻めている時間もない状態であった。
ミレリア自身は一刻も早く帝都を目指したいところであったが、決め手に欠ける状況で総指揮官としてこの場を離れられず、後を任せ、軍をまとめ上げる人材に欠いた状況であった。
新たにカリーナ・ヴァノフという逸材を見つけたが、階級的にも海軍の人間であるという立場的にも彼女に全権をゆだねることはできなかった。
軍議もまとまらず自分のテントで頭を抱えていたミレリアの元に入り口を守る衛兵が声をかける。
「失礼します。ミレリア様。面会を求める方がこられていますが……」
妙に歯切れの悪い言い方をする衛兵に眉を顰めるミレリア。
「……作戦本部を通してきたのでしょう?かまいません。通しなさい」
「あ、はい。すぐお呼びします」
衛兵が慌てて出ていく。
なにかいい手が思いついた者が来たのか?
ミレリアは一旦顔を上げて髪を整える。
入ってきた男は旅の装いであった。その顔を見て、ミレリアは驚きで綺麗な瞳が大きく見開かれる。
髪は灰色。青い瞳。すらりと整った長身のその男は入るなり帝国式の敬礼を取る。
「長らくご無沙汰しております、閣下。帝国飛竜軍、ルゥト・デュナン大佐。ただいまマッケルの隠密偵察任務より戻りました。つきましてはマッケル攻略に一つ策があるのですが、お聞きいただいてよろしいでしょうか?」
男ははっきりとした口調でそう告げた。
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同日、帝都の王座の間にて、ヒョロリとした陰湿な顔をした男は王座にだらしなく座り王冠をくるくると手に持って弄んでいた。
ただ広いその場所で男は退屈そうに誰かを待っているようだった。
父である皇帝を毒殺し、兄である皇太子を戦場で亡き者にした。
それでも彼が帝位に着く障害物が残った。それを排除できずに逆に自分の後ろ盾をなくしたことを早馬からの報告で聞いた男は人払いをして最後の使者の登場を待っていた。
男の名はブランディッシュ帝国 第三皇子、ゾルディス・ファルナ・ブッシュデイン
皇帝になり損ねた愚者、と後世には言われそうだな。そんなことを考えていた。
皇族用の脇の扉が開き、つかつかと細身の男が後ろで三つ編みにした長い銀髪を揺らしながらが入ってきて王座の前に歩み寄る。
「ずいぶんと遅い登場だねリーン兄。もっと早く到着すると思ってたよ……」
王座にだらしなく座っていたゾルディスは前かがみに座り直して憂鬱な顔で彼の前に立っている第二皇子リーンハイド中将に話しかけて自嘲気味に笑う。
リーンハイドはなにも言わず悲し気に弟を見る。
「……なんでこんなバカなことを。兄上を中心に軍部を私とミレリアが、政治をお前が舵を取ればこの国はよりよい国になった、私はそれを夢見ていたんだよ……」
綺麗な顔を歪めてリーンハイドが悔しくて仕方がないといった顔でありえなくなった夢を吐露する。
王座に座っていたゾルディスは、目を細めてそんな未来もあったことを思い出す。
だがすぐに目を瞑り首を横に振って
「……どちらにせよあのまま行けば皇太子であったアーヴァンド兄がカリシュラム伯の傀儡にされてただろうさ。そうなる前に僕がやる必要があったんだよ」
辛うじて聞こえない声でそう呟き
「……父上もアーヴァンド兄も、お前もミレリアも軍人がみんな嫌いだったのさ」
そう言ってわざと愉しそうに笑う。
「……これしかなかったんだよ。リーン兄。そしてあんたがいてくれてほんとによかった」
それだけを言うとすくっと立ち上がり、玉座を降りる。
そして持っていた王冠を大事そうに両手で掲げてリーンハイドの前に出す。
リーンハイドは不貞腐れた顔でしばらく王冠を見ていたが、そっと両手をだしてそれを受け取る。
ゾルディスは満足そうに屈託のない笑みを浮かべて彼とすれ違って謁見の間の出口へと歩き出す。すれ違い様に
「わるいな。面倒ごとはすべて押し付けるよ。妹たちのことを頼む」
それだけを告げて謁見の間を出て行った。
一人残った リーンハイドは口惜しそうに
「……馬鹿野郎」
ただそれだけを呟き肩を落とした。