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第77話 同胞

ギィィィ、、、

軋んだ音を立てて壊れた扉が開かれる。

大きな屋敷、元カリシュラム辺境伯の屋敷であった建物はつい先日まで召使いたちが手入れしてその佇まいに恥じぬ美しい屋敷であったと思われた。だがたった数日で荒らされ、打ち壊され、踏み躙られて廃墟のような姿と化したようだった。

 至る所に飾られてたであろう調度品や高価な品物は軒並み奪い持ち去られた後のようだ。

沢山の足跡が至る所に散見され、争った跡も見られる。血痕が無数にあるものの死体はない。

犯行を隠すために持ち去ったのであろう。

 荒れた状況をまったく気にも止めずルゥトは室内を歩く。

 時折立ち止まり、耳を澄ますかのように静かに意識を集中してまた歩くことを繰り返す。彼が辿り着いたのは屋敷の地下、罪人を閉じ込めるための牢獄のある場所であった。

そこは荒らされていない。当然だ、長いこと舘の主人はこの屋敷に戻ってなく、牢に繋ぐ罪人もまた捕まることはなかったのだろう。

カビ臭い地下牢の一つにルゥトは入る。

辺りに意識を巡らせて注意深く視線を走らせる。

一箇所、埃の薄い一帯を発見し、その場所にしゃがみ込む。

床に触れて、近くの壁を叩く。

床と壁の角の小さな石が埋め込まれてるのを発見し、それに触れるとガコッという音がする、

ルゥトはおもむろに壁を押すとなんの音もなく壁が奥へ扉のように開いた。

奥には暗闇が広がり、冷気が漏れ出てくる。

目を凝らすと下に降りる階段になっているのが分かる。

ルゥトは立ち上がり、躊躇することなく暗闇の中を降りていく。

入口の扉が静かに閉じた。


暗い階段を光もなく進む。

柱を中心にぐるぐると螺旋状の階段になっておりどんどんと下へ進んでいく。


かなりの距離を降りたころ、天井の高い部屋に出る。舘の面積と同程度ありそうな広い部屋であった。室内は薄青く発光した液体の入った円筒状の大きな水槽がなどがあり薄明るさを保っていた。

部屋の中は雑踏としており、いろんな器具がいたるところに山積みにされている。

 ルゥトはそんなものに目もくれず部屋の奥を目指す。

広い部屋を抜けた先に大きな扉があり人が一人通れる程度に開けられていた。

ルゥトはその扉をくぐり、隣の部屋に入る。

そこは大きな食堂のような場所であった。

長いテーブルが置かれており、奇妙な蝋燭に青白い炎が上がっている。

テーブルの上にはいろいろ怪しげな調度品のようなものや本が乱雑に置かれており、食事をする場所、には見えなかった。

ルゥトが立つテーブルの反対側に大きな椅子があり、誰かが座っている。


「ふん。……何しに来た?儂は貴様なんぞ招待した覚えはないが?」


皺がれた老人の声が静かな部屋に響いた。


「……招かれた覚えはないな。いろいろとちゃちゃをいれてくれてたようだから一言挨拶をしておこうかと思ってな」


ルゥトのしゃべりとは思えぬ乱暴な物言いだった。少し怒気がにじみ出ていた。

老人の口からくっくっくと喉を鳴らすような笑いが漏れる。


「なんじゃ、その乱暴な喋り方は?あの執事の真似事はやめたのか?似合いもせぬ喋り方じゃったが……」


老人は嫌悪感丸出しで揶揄うように言った。


「あんた相手に礼儀もくそもあったもんじゃないんでね。昔の流儀でやらせてもらうさ」


ルゥトはそう言って今度はあからさまに怒りをむき出しにする。横を向いて座っていた人物がクルリとルゥトの方に身体を向ける。

 声から連想される通りの老人であった。想像よりは若くは見えるが伸ばし放題の髭も髪も真っ白で顔も皺だけで形成されているといっても過言ではなかった。

ただそのぎらついた金色の眼だけはとても老人の眼光とは思えなかった。


「ふん、まだまだ若さが取れぬようだの。その若さゆえの過ちが時間が経てば許される、などと思うなよ。小僧」


ルゥトの怒りなど足元にも及ばぬ怒気が広い部屋を満たす。


「……別に許しを乞いにきたんじゃないさ。ただ、これ以上あの国への嫌がらせはそろそろ止めてもらいたいんだがな」


 その言葉はまさに老人の逆鱗に触れる。


バァン!!


 と大きく机を叩き、立ち上がった老人の周りに怒気が形になったかのようにユラユラと力が溢れ出ているのが見て取れた。


「……貴様らがやったことがまだ分かってないようだな。同胞は皆、知能無き魔物に落ちた。たかが一国の糞餓鬼がしでかしたお飯事のせいで、だ。それを許して放っておけだだと?」


老人の眼から殺気が迸る。

口から牙がむき出しになり、その表情は凶悪そのものであった。


「いまさら力の使い方を多少理解したからと奢るなよ、小僧。誇りを失った貴様を捻るのなど容易いことぞ」


老人の殺意はすでにルゥトの周りを覆っていた。

ルゥトの背筋に冷汗がダラダラと流れる。

だが、臆することなくルゥトもまた老人を見据える。その瞳はいつもの蒼い瞳から金色に変化していた。


「はいはい。二人ともそこまで~。たった三人しかいなくなった同胞同士で争わない。争わない」


急に軽い声が部屋に響き、

ルゥトと老人の調度真ん中の距離の位置に長身の男がぬっと現れる。

ゆるい顔にまるでお面のような笑みを張り付けた20代後半くらいの男であった。

殺気だった2人は男を気にすることなく臨戦態勢を崩さない。


「……もーやめなよ。俺との約束、わすれたの?」


笑みを張り付けたまま、男の言葉だけは力を持っていた。

急に老人が興味を失ったように力を抜き、そっぽを向いて座り直す。


「ふん、何しに来た?貴様まで現れるとはな。騒がしくてかなわぬわ」


「なぁに。久々に三人で顔を合わせれそうなんで飛んできたんだ。リュウトも久しぶり。元気にしてたかい?」


男は年の離れた親戚に久々に会ったような気軽さで声をかける。


「……あんたも元気そうで残念だよ。その老人に明日の心配をしないでいいようにしてやれたのに」


「はははは、挨拶がひどいな。そんなことをしようとしたら約束通り、僕はじーさんの側につくことになるよ。いや、まだじーさんの方が強いから結局はリュウトの尻ぬぐいをする羽目になるのかなー?」


その言葉にルゥトはカチンときたがこの男が歯に衣を着せぬのは知っていた。たぶん、この男の言う通り、自分は目の前の老人にはまだ及ばないことを自覚した。


ルゥトは怒りを鎮めて


「ギーヴ・フォン・カリシュラムは俺の手で屠った」


ルゥトはそっぽを向いた老人にそう告げる。

老人は視線のみをルゥトに向け


「ふん。知っとるよ。あれはなかなかの出来であったのに。もったいないことをしおって。お前の元に送った出来損ないとはわけが違うのだぞ?」


 出来損ない、の辺りで老人はまた嫌な笑みを浮かべる。

ルゥトは一瞬怒りを露わにするが言葉にはしなかった。


「やはりサラもあんたが造ったのか……」


 静かにそう問うと

老人はにやけた顔で


「ああ、貴様らのせいで本来の魔力を奪われてしまったからな。それでも我ら龍たる種族の力はまだまだ健在よ!!たった3人になったとしても眷属を創り出すことは可能。その偉大な実験の産物よ」


 そう嬉々として喋った後


「まぁ、まだまだ簡単とはいかぬがな。出来損ない1つ作るのにもまだ完ぺきとはいかぬ。だが置いておいても使い道のなかった出来損ないを使って貴様にちょっとした嫌がらせを思いついただけだったのだがな」


少しトーンが落ちる。


「まさか出来のいい方まで壊されるとはの。しかもカリシュラムの奴に帝国を乗っ取らせる策まで失敗するとは……なかなか思い通りにいかぬわ」


 老人はブツブツと一人反省会を始める。


 途中参加の男はそれを見てルゥトに両手を挙げてお手上げのジェスチャーをする。


 ルゥトもこれ以上ここにいる必要性を感じなかった。途中参加の男が乱入した地点で老人を討つことはできなくなっていた。

できぬ以上ここにはもう用はなかった。ルゥトは踵を返し、部屋を出て行こうとする。


「ああ、リュウト、行くのかい?またみんなで集まるときは今度はちゃんと声をかけておくれよ?」


 軽薄な声でそう男が声をかけてくる。


「じーさんには俺からも釘刺しとくから、もうちっと仲良くな。なんたった3人しかいな同胞なんだから」


 その言葉に振り返ることなくルゥトは嫌悪感を顔に出す。そのまま部屋を後にする。


「あ、帰り道はきぃつけてなー」


 男の軽い声が最後まで響いていた。


 ルゥトは地下を後にする。

屋敷の中は相変わらず人気がなかった。そのまま外に出ようと入口のメインホールに出た時、

そこに人影が立っている。


線の細い、女性のようだった。まるで人形のように動かない人影が

ルゥトの気配に気づきゆっくりと振り返る。

それはかつて人であった者であった。


「ああ、みつけた……。貴様だけは、貴様だけは生かしては置かぬ」


 蛇のような鱗に皮膚を覆われ、綺麗に整えられていた青い髪はぼさぼさに乱れまるで老婆のよう。その髪の中から2本の竜の角が雄々しく生えていた、

かつてミーニャ・だった者はメインホールに足を踏み入れたルゥトをその金色の瞳にとらえた。

牙がむき出しになった口から瘴気が漏れ口角が歪む。笑っているようだ。


「ここで待っていればお前がくる、とお父さまは言ってたわ。その通りだった」


大きく見開かれた眼が細くなる。


「わたくしの可愛い坊やの仇。お前の首を斬り落とさねばあの子が静かに眠れない」


そう言うと天に向かって吼える。

その咆哮と共に無差別に走る衝撃波が辺り一帯を破壊する。


「……なるほど。老人の悪趣味め」


衝撃波はルゥトにも向かってきたが、彼の周りに形成された力場によりその身体には届かなかった。


「申し訳ないが、あなたに殺されてあげるわけにはいかない。僕にはまだ約束が残っているのです」


そう呟いたルゥトの瞳が強く金色に輝いた。

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