第76話 接吻
ルゥトは身支度をして静かにテントを出る。
辺りは暗くどうやら松明が足りてないようだった。
テント群から離れた場所に煌々と明かりが付いているところを見ると、あちらで夜通し編成の作業が行われているのだろう。
夜目には強いルゥトはするりとテント群を抜けていこうとした時、小さな灯りのついたテントの中がちらりと見えて立ち止まる。
そのテントに向かい静かに中へ入る。
そこには荒い息を吐きながら寝苦しそうに横になっているバーナルと、その看病をしているレノアがいた。
「レノア、バーナルの容態は?」
ルゥトはうつらうつらと船を漕いでいたレノアに優しく声をかける。
「きゃっ!あ、ルゥト。も、もう起きて大丈夫なの?」
ルゥトはこくりと頷きバーナルの横にしゃがみ込む。
バーナルの容態を確認する。肩を貫通していた槍は取り除いたようだ。傷口は塞いで厳重に包帯で巻いている。やや顔色が悪いのは失血しすぎたせいだろう。
傷のせいによる発熱もひどいようだった。
ルゥトは額に置いてあるタオルを取り水で濡らして絞って戻す。
「き、傷はひどいけど軍医が診てくれて傷は塞いでくれたの。で、でも体力が落ちててこのままだと……」
レノアが不安げにそう告げる。
「大丈夫ですよ。この程度でバーナルが参るわけがありません」
ルゥトが俯いて少し震えているレノアに優しく諭すと
「あ……当たり前だ。ま、まだ……逝けるか……」
バーナルが苦しそうに消え去りそうなほど小さな声でそう呟く。
「バーナル!!」
ようやく意識が戻ったのであろう、慌ててレノアが飛びつく。
「よ、よぅレノア……。無事だったみたいだな……」
「う、うん。うん。バーナルのおかげだよ」
レノアの声は涙で震えていた。
「へへ……間に合って……よ……かったぜ」
バーナルは顔をしかめながら満足げに口元を歪める。
「気分はどうです?」
顔を近づけてルゥトが問うと
「最悪だ……。気分はわりーし、体はいてぇし……何より頭ん中がぐにゃぐにゃで何が何だか分からねぇ……」
かろうじて聞き取れるほどのか細い声だったがしっかりと喋っていた。
「今が正念場です。気をしっかり持って頑張ってください」
「はっ……まだ、レノアに愛を囁いてねーんだ。まだ死ねるかよ……」
レノアに聞こえない声で軽口を叩いた後
「まだ、サラがこっちに来んなってよ……」
そう続けた。
ルゥトはしっかりとバーナルの手を握る。そして立ちあがろうとした時、
「ルゥト……またな」
バーナルはわずかに目を開けてルゥトを見た。
ルゥトは何も言わずに立ち上がり
「レノアも少し休んでください。バーナルならきっと大丈夫です」
バーナルの横で不安そうに座っている彼女に休むように促す。
レノアは顔を上げて
「で、でも……」
そう呟きバーナルを見る。
「彼はあなたに愛を囁くまで死なないと言ってます。その言葉を信じましょう」
そう言ってルゥトはレノアに毛布をかけてやり横になることを促す。
ルゥトの言葉に顔を真っ赤にしたレノアは毛布で顔を隠して、ルゥトの言葉に従って毛布にくるまるって横になると直ぐに寝息を立て始めた。
彼女こそ今日一番の功労者かもしれない。
ギーヴとミーニャが共に共闘していたらあの結果にはならなかっただろう。
彼女が一人でミーニャを足止めしたことがギーヴ・フォン・カリシュラムの命運を絶ったと言えた。
「ありがとう」
眠りに落ちたレノアに静かにそう告げるとテントを出る。
ルゥトは夜営をしている場所から離れると誰にも聞こえない口笛を吹く。
しばらくすると昼間、共に戦ったリーガドゥが駆けてきてルゥトの前で止まる。
「すいませんね。最後まで付き合ってくれますか?」
ルゥトはそう言いながらリーガドゥを撫でるとその背に乗って走り出す。
闇夜に紛れて丘陵の人気のない場所を選んで登って行く。アウルスタリア軍は警戒しているように見えたがその実は完全に気が抜けていた。
見張りの兵は居眠りをしている始末だ。無理もない、激戦に次ぐ激戦であった。
見張りをくぐり抜けルゥトは第二陣の近くの丘を目指す。
夜空が少し青みを帯びてきた。日が登り始めたるのも近いのだろう。
ルゥトは目的地に着く。
そこは昼間に飛竜が墜落した場所。
彼の短いながらも過酷な戦歴を共に飛んだ相棒の最後の地であった。
リーガドゥを降りてその場に待機させて、飛竜の眠っている場所へ向かう。
飛竜が眠っていた場所にちょっと大きめ土山ができていた。
そこには一人の少女がしゃがんでいた。
金色の長い髪は風にさらされ
頬に大きな布を当てがって傷を覆っていた。鎧は付けておらず、むしろ寝間着であった。
共の者が見えないところを見ると抜け出してきたのだろう。
ルゥトはどこかのお転婆王女を思い出し、血は争えぬなと苦笑する。
「このようなところに一人でいるのは危険ですよ」
ルゥトが後ろから声をかける。
彼女はルゥトが来ることを知っていたかのように驚いた風もなく振り返りもしなかった。
「夕刻に、有志の兵たちがこの子を埋めてくれたそうよ。このままで朽ちるのはかわいそうだって」
「……そうですか。それはありがたいことです」
ルゥトはそう言って土の小山できた彼の相棒の眠る場所で膝を折り、小山に手を当てる
「私はこの子の名前も知らないわ」
少女は悲しそうにそう呟く
「ピューク。私が出会った時にはそう呼ばれていました」
キュリエは優しく微笑みルゥトと同じように手を伸ばして
「そう、ピューク。たった一度の空だったけど、あなたと一緒に飛べで本当によかったわ。ありがとう」
そう告げて何処かで積んできたのだろう、小さな花を一輪そこに置いた。
二人は静かに力強く戦ってくれた友人との別れを惜しむ。
しばらくそうしていたがキュリエはすくっと立ち上がり、ルゥトの方を向き
「……行くのね、リーエント」
そう問いかける。
ルゥトも立ち上がり、何も言わず彼女の目を見る。
「約束、覚えてる?」
キュリエもまたルゥトの目を真っ直ぐと見返したままそう問いかける。
ルゥトはその場に片膝をつき臣下の礼をとり
「しばしのお暇を。約束は必ず」
そう告げる。キュリエは何も言わない。
ルゥトはゆっくりと立ち上がり、もう一度お辞儀をしてからキュリエに背を向けて歩き出す。
「リーエントッ!!」
キュリエの怒気をはらんだ呼び声にルゥトが振り返ると、そのまま襟首を掴まれて引き寄せられる。がっしりと頭を掴まれてルゥトの唇はキュリエの小さく柔らかい唇に塞がれる。
しばらく二人はそのまま停止する。
ゆっくりと唇を離したキュリエがいたずらっ子のような笑みを浮かべて
「私は気が長くないわ。すぐ戻ってきなさい。約束よ」
そう言ってからもう一度軽く唇を合わせる。
そして突き飛ばすようにパッと離れると勢いよく回れ右をして走り去っていく。
走り去るキュリエの耳が真っ赤に染まっているのが見えてルゥトは一人苦笑をした。




