第75話 戦い終わり……
ルゥトの剣は喉から後頭部まで突き抜けていた。
一瞬の間を置いてギーヴだった化物がぐったりと力を失いルゥトにもたれかかる。
口からは大量の血が流れ出て鱗に変じていた皮膚がぼろぼろと崩れて幼い少年の顔に戻っていく。
天空でキュリエを乗せた天馬が大きく嘶いてアウルスタリア軍の方へ駆けていく。天馬の姿を見た帝国軍兵士たちは戦意を失い、武器を落とす者、その場に座り込む者が続出する。
戦いが終焉へと向かっていく。
レノアと密着して押し合っていたミーニャが力なく倒れたギーヴを見る
「ギーヴ……さま?」
あっという間に戦意の喪失した相手の隙をレノアは今回は見逃さない。容赦なくその喉元に剣を突き立てようとした時、ミーニャの全身から噴き出す凄まじい衝撃波に吹き飛ばされる。
「きゃああああ」
レノアは地面に叩きつけられて動けなくなる。
「ぐっ……」
突然のことで受け身を上手く取れず呼吸もままならない状態でレノアは敵の追撃を警戒するように頭を上げる。だがそこにミーニャの姿はない。
ドガーーーンッ!!
突然の激しい爆発に似た衝撃でルゥトとガイは弾き飛ばされる。
「ぐはっ……」
「ぐぅ……」
吹き飛ばされ地面に転がったルゥトが最後の気力を振り絞って顔を上げると、ルゥトたちがいた場所に青い髪をユラユラと揺らめかせた女性が、ぐったりと動かなくなったギーヴの身体を抱きかかえて泣いていた。
「ああ……。ギーヴさま?ギーヴさまぁ、目をあけてください」
涙でぐしゃぐしゃになった瞳は金色に光り輝いており、頬の肌が薄い緑色の鱗に変化しかけていた。青い髪の中に角が生えているのが見える。
「ああ……冷たくなる、冷たくなっていく。ギーヴさま……私の可愛い坊や……」
愛おしそうに動かなくなったギーヴの身体を抱きしめ、頭を撫でる。ギーヴから流れ出る血が彼女を赤く染め上げていく。
ギーヴを抱いたままミーニャが天を仰ぎ叫ぶ
「おとうさまっ!!!お父さま!!どこっ!!!私の坊やを、ギーヴを助けてっ!!」
悲痛な叫びは獣の咆哮のようにも聞こえ、次の瞬間もう一度激しい衝撃と爆発が起こり土煙が辺り一帯を覆う。ルゥトもガイも飛散する石つぶてから身を守るように地面に這いつくばる。砂煙が収まった時、彼らがいた地面には大きな陥没ができていた。
ルゥトは立ち上がり、陥没した地面までふらふらと力なく歩いて行く。
大きな穴の底が見える場所まで歩き、2人の姿がないことを確認してルゥトはそのまま崩れるように倒れて気を失った。
意識が戻った時、真っ暗な簡易テントの中に寝かされていた。肌に感じる空気から夜が訪れていることを感じた。
身体を起こそうとすると激痛が走る。
よく見ると身体中包帯まみれであった。
「気がついたのね」
テントの入り口がバサリと開き、明かりを持った女性、カリーナが中に入ってきた。
「ここは?戦況はどうなりました?」
ルゥトは動かしずらい体の状態を確認しながらカリーナに質問をする。
カリーナが手に持ったランプを置いてルゥトの横に座る。
「戦闘はほぼ終了したわ。私たちが戦っていた第二師団の歩兵部隊は総指揮を取っていたギーヴ・フォン・カリシュラムのあの戦闘とアウルスタリアの天馬の影響で戦意喪失。私たちの投降の呼びかけに即応じたわ」
手元に置いてあった水筒をルゥトに差し出す。
ルゥトはそれを受け取り口をつけて勢いよく流し込み喉を潤す。
カリーナは話を続ける。
「帝国本陣もハギュール少将自身の手でカリシュラム辺境伯を討ち取り、全軍総崩れ、約半数が前線基地に使っていたガターヌ領ナスクア城に向けて撤退。第六師団はそのまま勢いに載って追撃戦を展開して追って行ったわ。私たちは投降した帝国兵をミレリア様の名の元、再編しているところよ」
一息つくとカリーナはルゥトの水筒を奪って水を飲む。
「アウルスタリア軍は?」
ルゥトが問うとカリーナは厳しい顔つきになり
「臨戦体制よ。もう一度丘陵に陣取っていつでも戦闘を再開できる体勢にあるわ。私たちに早く出て行け、と言ってるようなものね」
当然だろう。敵の敵は味方なだけの話だ。敵がいなくなれば次の敵は我々であることは間違いない。
「それで、我々が帝国に向けて進発できるのはいつくらいです?」
「明日の昼頃にはミレリア様の本隊が到着するわ。それを待ってから我々もハギュール少将を追うことになるわね。入ってる情報では制圧していたヴァッシュ王国で反乱が頻発しているそうよ。まだまだ戦が続くわ」
カリーナはうんざりした顔でそう告げる。彼女は立ち上がって背伸びをすると
「さて、私は戻って指揮を取るわ。まだまだ物資の確認や人員の配置を済まさなきゃならないの」
そう言って立ち上がる。歩き出そうとしたところで急に振り返って中腰になり、ルゥトに顔を近づける。
「??何か?」
やたら近くに寄ってきたカリーナに少し驚いたが、次の瞬間カリーナは怒りの表情で両手を伸ばし、ルゥトのほっぺたをつねっってひっぱった。
「……なにふぉするんれすか?」
「よくもあの時は冷たくあしらってくれたわね。そのお返しよ!」
マッシュアで再会した時のことを言ってるのだろう。
「……すいまへぇん」
頬を引っ張られたまま、おとなしく謝るルゥト。怒った表情の彼女がふっと下を向き
「……サラ、幸せだったのかな?」
急に気落ちしたように呟くカリーナ。ずっと気にかけてくれていたのだろう。
そこでようやくルゥトの頬から手を離す。
ルゥトは何も言わず手首に巻いていた布を外してそこにつけていた貴金属を見せる。
小さな星が四つ連なった飾り。
「サラはこれをとても大事に、いつも大事そうに触っていましたよ」
その飾りをみてカリーナは大きく目を見開き、自分の胸にあるであろう同じ飾りのネックレスの前に手を置いて
「……そっか」
小さくはにかんで微笑むと、勢いよく立ち上がってテントの出口へと向かう。
テントの入り口を手で搔き分けたところで足を止めて
「……あなたはどうするの?ルゥト、デュナン。消えるなら今夜しかないわよ」
そう言って振り返ることなくテントを出ていった。




