第71話 レノアの戦い
「全軍突撃!!」
カリーナの号令の元、ミレリア軍の騎馬隊は麓で防御陣形を固める第二師団歩兵部隊本陣への攻撃を開始する。
すでにアウルスタリア軍も全軍を持って丘陵を降り始めており、丘陵陣地を攻撃していた帝国軍は敗走に近い状態で丘陵を後退してきていた。
双方が合流する前に少しでも兵力を削っておきたいと考えたカリーナは騎馬隊の速度を落とすことなく第二師団の重装歩兵の密集陣形に突撃を開始する。
乗馬経験があるだけの兵士も多く、練度は低いが騎馬部隊の突撃は歩兵にとっては十分な脅威であった。
弓兵による弓の斉射が飛んでくるが臆することなく突撃していく。
なぜか分からないが麓の歩兵部隊は撤退するでも移動して丘陵の部隊と合流するでもなく、その場を死守するように強固な防御陣形で対処してくる。
ここまでくれば騎馬での戦闘にこだわる必要はない。
「各隊、当初の予定通り必要に応じて馬から降りて戦闘を開始。敵の陣形を突き崩せ!!」
カリーナの指示でまとまっていた騎馬部隊は二手に分かれていく。
「レノア、気をつけてね」
「うん、カリーナも」
カリーナと共に走っていたレノアが離れて別働隊に混ざる。あちらは馬を捨てた戦う歩兵部隊。
レノアの戦闘力は乗馬状態では活かせない。隣にいてくれないのは少し心細かったが勝つためにはレノアの戦闘力は必須だ。
カリーナは騎馬部隊と共に敵軍内を駆け抜け、一旦距離を取る。
しかし、敵の動きが少し鈍い。第二師団は歴戦の強者揃いと聞いていたが……。
防戦一方の戦闘をしている意味が分からなかった。
一旦敵との距離が離れたところでカリーナは騎馬部隊の速度を緩めて転回しつつ再編成して再度突撃するための準備をする。
ふと、カリーナの胸中に不安が過ぎる。
慌ててレノアのいる戦場を振り返る。
何か、なにかを見落としてる気がしてならなかった。
敵陣に突撃をした別動部隊は戦闘をしながら馬を乗り捨てるように降りて、近接戦闘を開始する。レノアもまた馬から華麗に飛び降り、着地と同時に近くにいた兵士の首に剣を突き立てる。
他の兵士たちが馬を降りやすいように縦横無尽に駆けて敵を翻弄するレノア。
乱戦は彼女の得意分野であった。人影から影へ素早く移動して死角に入り、次々とその命を絶っていく。
予想より混乱が見られる第二師団の兵士たち。
右往左往しながらどうするべきか迷っているようにも見えた。
その間にもミレリア騎馬部隊の別働隊は下馬して軽歩兵として機能し始め、敵陣を切り崩していく。
レノアがもう何十人目かの命を奪った時、
圧倒的な危険を感じ、一瞬で身を伏せ地面に這いつくばる。
同じタイミングでレノアを背後から襲おうと上段に構えた剣を今にも振り下ろさんとした兵士の喉に高速で飛来した矢が深々と突き刺さり、レノアに対して勝利を確信していた兵士は何が起こったのか理解することなく絶命する。
地面に伏せていたレノアが頭を上げて矢が飛んできた方角を見る。
「あれれ、かわされちゃったよ。今のは当たると思ったのになぁ」
そこには青い鉢巻きを巻いた赤毛の少年が腕を回しながらゆっくりとこちらに歩いてきていた。
レノアの脳内で危険信号がガンガン鳴り響く。
アレはやばい。
直感的にそう感じる。
こちらに歩いてくる少年は準備運動は終わり、と言わんばかりに持っていた槍をぶんぶんと振り回す。
少年の手に弓がない。たぶん矢を直接投げたのだろう。
レノアはチラリと先程死んだ兵士を見る。
喉に刺さった矢は矢羽のところまで突き刺さり兵士の喉を貫通している。投げた矢の威力ではなかった。
「ギーヴさま、やはり鎧は付けられた方が……」
少年の後方から甲冑を持って小走りで追いかけてきた女性が少年に甲冑を着せたそうにオロオロとしていた。
「いいよ。昨日も一発も当たってないから怪我はしなかったしね。だいたい動きずらいんだよ。それ」
殺伐とした戦場に似つかわしくない寝巻きのような薄着に剣を腰に差し、槍を担いだ格好で少年は面倒臭そうに女性に反論する。
「うぉぉぉ!!」
「舐めやがってガキが!!」
レノアの周りにいた仲間たちがふざけた少年に斬りかかる。
「ダメっ!!」
レノアの小さな声は襲い掛かった仲間たちには届かなかった。
慌てて懐に忍ばせていた短剣を少年に向けて2本投げて仲間たちを援護する。
短剣は正確に少年の喉元を狙ったが、後ろにいたはずの女性が一瞬で前に出て短剣を叩き落とす。
そして女性の背後からボンッという風切り音と共に放たれた少年の無慈悲な槍の突きが切り掛かった兵士たちの心臓を寸分の狂いなく貫く。
「もー、ミーニャ急に前に出ないでよ。危うくミーニャに当てるとこだったよ」
「ギーヴさまがそんなミスをなさらないのはわかってますわ。でもギーヴさまの槍でヒトツキされるのも一興。いやぁん、ギーヴさまったらぁ」
ミーニャと呼ばれたメガネの女性は振り返ってくねくねとしだす。
襲い掛かった男たちが崩れるようにばたりと倒れる。
呆気に取られていたレノアだったが
「……しかし、ギーヴさまに傷をつけようとしたこの女は許せないわ」
突然、冷気にも似た殺気がレノアの身体を取り巻いた。
いきなり氷水をぶっかけられたような感覚にレノアが反応して後方へと飛び下がる。
レノアがいた場所にミーニャが降ってきて手に持った槍の一撃が地面に突き刺さる。間一髪であった。
気を抜く暇もなく突然、ギーヴがレノアの右側から切り掛かる。その一撃を体を捻ってかわすが反撃には移れず、後転して距離を空ける。
「ヒューっ♪やるぅ。今のをかわした人はいなかったよ。ミーニャ見たかい。世の中にはまだまだすごい人がいるね。僕なんかまだまだだなぁ」
少年は楽しそうにレノアの回避を褒め称える。
「ごめん、カリーナ……」
本気で喜びはしゃいでいる少年を見て、背筋に伝う冷汗を感じてレノアは死を覚悟してそう呟いた。