第70話 カリーナの決断
レノアは指揮官の首を小剣で掻っ切って絶命に至らしめると同時に、その体を足蹴にして次の騎馬の兵士に飛び移る。
帝国軍騎兵は密集陣形であった故に足場には困らなかった。
「大佐がやられたぞ!!」
「その兵士を止めろ!!」
口々に兵士が叫ぶがこの状況に対応できる技量を持った兵士はいなかった。
レノアが足場にして蹴った兵士が落馬したようだったが気にしている余裕はなかった。
混乱する敵兵士の頭上を来た時と同じようにぴょんぴょんと飛び跳ねて自軍の最後尾に近づく。
「レノア!!」
その声の方向にレノアは飛び移る。
カリーナは走る馬の速度を調節してレノアを後ろに乗せると今度は速度を上げて敵軍との距離を離した。
両軍、ほんの数分の交差であった。
「レノア、お疲れ様」
馬を操るカリーナは仕事を終えて戻った友人に声をかける。
流石のレノアも息が上がり肩が動いている。
かなり無茶な戦法であったが敵の虚を突くことに成功し、大将首を落とせた。
これで少し時間が稼げるはず。
通り過ぎた敵軍を振り返ってみる。
まだ反転行動に移っていないところを見ると指揮系統を混乱させるのには十分だったようだ。
「速度、あげるよ。しっかり捕まって!」
カリーナの声でレノアがグッとしがみつくのを感じて、馬に喝を入れて速度を上げる。自軍の最後尾に追いついた時
「敵軍、未だに反転せず」
後ろのレノアが後方を確認してそう報告してくれる。
思った以上に立て直しに時間がかかっているようだ。
指揮官のワンマン部隊だったのかもしれないな、カリーナはそう判断する。
まさか指揮官だけでなく副官までいなくなってるとは流石のカリーナも予測できてはいなかったが、彼女の策は効果を奏した。
「このままアウルスタリア軍の加勢に向かうのがいいようね」
状況は掴めないがどうやら戦況は五分五分な状況だとカリーナは感じた。
カリーナは今回の作戦の騎馬部隊の全権を託された。
略式現地昇進、しかも飛龍軍扱いの少佐待遇という異例の出世である。
他に指揮官がいなかったわけではなかったが、残存兵力の中で乗馬に長けた者をかき集めた結果、階級も所属もバラバラになってしまったこと。案内役に今回のアウルスタリアの輸送部隊の一部が従軍してくれるのに際して、レノアがその架け橋役に適任であったことなどいろいろな要素が合わさりミレリア直々の指名であった。
速度を上げて隊の中央を走っているレノアの馬にレノアが移乗させる。
「さて」
カリーナはルゥトが用意してくれた戦場の地形図を思い描きながら、斥候を務めてくれた飛竜兵からの情報を脳内の地図に嵌め込みつつ現状を整理する。
アウルスタリア軍は思った以上に苦戦を強いられて、陣地の半分まで押し込まれている。
その分、帝国軍は主戦場、麓の歩兵主力、本陣にそれぞれ距離がある。本陣には現在ハギュール少将が奇襲をかけて交戦中。
主戦場の方もどうやらアウルスタリア軍が押しているようだ。ハギュール軍の動向を知れば全面攻勢に出るだろう。
ルゥト・デュナンはその辺は目敏い。確実に動いているはず。もう一度先程やり過ごした帝国の騎馬部隊を振り返る。どうやらだいぶ離れたところまで行き、一旦停止しているようだ。
指揮系統が上手くいってないと見て間違いない。
今この戦場は選択肢が多いが故に決断力のある者でなければ戦局を見極めれないだろう。後方の騎馬部隊はもうしばらく考慮には入れなくても良さそうだ。
そうなればやるべきことはアウルスタリア軍へ加勢して帝国軍第二師団重歩兵部隊を挟撃する。
カリーナの取るべき手は決まった。