第68話 反撃
ルゥトがガイの部隊と合流したのは遊撃の際に戦場を観察するために使っていた高台であった。
帝国騎馬兵の起こす砂煙と移動音はここまで届いていた。
部隊を休ませてまだ遠くで上がる土煙を眺めながら、渋い顔をしているガイの横にルゥトが並び
「ガイ、すぐに出撃の用意を。ハギュール少将の第六師団が来ています。彼ならこの好機に乗じるはずです」
ルゥトの報告にガイは驚いた顔で
「なんだ、マジか?ずいぶんと早い到着じゃねーか。その言い草だとここまで傍観してやがったのかよ。趣味のわりーじーさんだな」
帝国騎兵一万五千が動いたと言うことは本陣に残る兵数も一万ほどになるはず。
大きく敵の後方を脅かし帝国へ続く退路を断つか、直接本陣を狙うかは定かではないが、このタイミングなら敵を分断、各個撃破できる状況であった。
「なるほど。噂に聞くじーさんならやりそうだな。だが俺たちの隊は二千もいないぞ?突撃かましたところでたかが知れてる」
「アウルスタリア本陣にはすぐにでも全軍を持って動くように手筈済みです。我々はハギュール少将の動きで足の止まるあの騎兵部隊の後方から嫌がらせを。遊撃はお手のものでしょう?」
”嫌がらせ”という表現でガイニヤリと笑い大きく頷き、休憩を取っている部下に向かって叫ぶ
「テメェら!もう一稼ぎだ。今回一番の稼ぎ期になるぜ!!気合入れろよ!」
「なんだよ、モゥちっと休ませろよ」
「稼ぎ時ってことは大物ってことですかい?」
傭兵たちは不平など言いつつ、テキパキと出撃準備にはいる。
敵に見つからぬように第二陣を迂回して麓に降りたガイ達は、麓付近まで進軍してきた帝国軍騎兵部隊が突然転回して本陣方向へ引き返すのを少し離れ場所で息を潜めてながめていた。
わずか二千騎のリーガドゥ部隊。
敵はざっと見積もっても一万五千はいるだろうか?縦列を保ったまま180度転回していく様子で練度の高さがうかがえる。
「ちっ。こりゃ骨の折れる戦いになりそうだぞ」
ガイは革袋から水をがぶ飲みしてそうぼやく。
革袋をそのまま隣のルゥトに投げてよこす。
「全部と戦う必要はない。ある程度引きつけて敵を分断、もしくは本陣への救援を邪魔すればいいだけです。この部隊ならお手の物でしょう?」
革袋を受け取りながらルゥトが方針を語る。
「だから骨が折れるっていってんだよ。連戦に次ぐ連戦だぞ。こっちとら」
転回する騎馬部隊は正面、丘陵の麓に布陣する歩兵部隊の本隊が右手三時の方向である。歩兵の足の遅さを考えれば挟撃される恐れはないが下手に長引けばこちらの不利は確実。
一撃を加えて離脱、できればそのまま引きつけて少しでも本陣に戻る数を減らす、もしくは遅延させる。正しこちらが囲まれぬように、だ。
なかなか難易度の高い作戦にガイは眉を顰める。
「さーてお仕事しようぜ、大将」
「あれの土手っ腹に一発ぶちこみゃいいんだろ?」
そんなガイの気持ちを知らぬ仲間の傭兵たちは気楽な感じで声をかけてくる。
ずっと連戦だったが大した被害が出てないため、隊の士気が高い。
ガイも腹をくくる。
「よーし!!野郎ども、やることは簡単だ。奴らの腹に一発食らわせて怒り狂ってついてくりゃあ逃げる、来なけりゃもう一発、だ。さっきまでと変わらねぇ。死なねーように戦いやがれ!!死んだら金はでねーからな!!」
「おお!!!」
敵の半数以上が反転したところで
「よし行くぜ!!突撃だ!!」
ガイの指示でリーガドゥ二千騎が突撃を開始する。
飛び出した地点で敵も気付き、こちらの動きに対応して転回ををやめようとしていた。
半数がこちらに来ればあっと言う間に押し潰されてしまう。すぐに反転して引きつけねばならぬところだが
敵は一部だけがこちらに向かって飛び出しただけで、残りは本陣への転回を続ける。向かってきた数は3千ほど。
ちっしけてやがる。なかなか優秀じゃねーか。ガイは心の中で舌打ちをする。
両軍が正面からぶつかる。
押しつ押されつの双方譲らぬぶつかり合いとなる。
騎乗状態での戦闘なら馬よりリーガドゥの方が有利である。2足歩行で歩くリーガドゥは旋回能力が高い。1.5倍の戦力を物ともせず帝国騎兵と渡り合うガイの傭兵部隊。
徐々に押され始める帝国騎兵であったが彼らの目的は本隊の転回する間、横槍の足止めであるようだった。
あっという間に騎兵部隊本隊は転回を終えてリーガドゥの足では追いつけない距離を引き離して本陣への救援に向かっていく。
そんな本隊の状況を確認した足止め部隊の指揮官らしき人物が、これ以上戦闘の必要なしと踏んだのだろう。撤退の指示を出そうと動いた瞬間、男の後頭部から矢が飛び出し、そのまま落馬して指示を出すことができなかった。
弓を下ろしたルゥトにガイが近づき
「ほとんど反転させちまったぞ。ハギュールのじぃさんが押されちまうんじゃねぇのか?」
会話を割るように突撃してきた騎馬兵を横薙ぎに吹っ飛ばしながらガイが心配する。
ルゥトは反転していった帝国騎兵より南西の方角に上がる土煙を見て
「……そうでもないようです。さすがです、ミレリア様」
感服したようにそう呟いた。