第67話 転機の兆し、そして……
「ひめさまぁーー。ひめさまぁーーー、姫さあはどこにおられる!!」
焦るジンゴッドのキュリエを探す声が大きく聞こえる。
手勢を率いて飛竜が墜落したと思われる場所へと急いで降りてきたようだ。
キュリエは立ち上がり、彼らの姿を捉えると合図を送る様に手を振る。
「ここです。将軍、飛竜が傷ついています。すぐ荷馬車を!!」
ジンゴッドは手を振るキュリエの姿を見つけ、一目散に駆けてくる。
到着するなり、まだ止まっていないリーガドゥから飛び降りて、キュリエの身の安全を確認する。
「お怪我はございませぬかっ!!ああ、頬に傷が……他には?他に怪我は??」
身体の大きなジンゴットが慌てふためきながら怪我の心配をする。
「私は何ともありません。飛竜と……ルゥト殿が私を守ってくださいました」
キュリエが振り返り、戦場を見渡しているルゥトの後ろ姿を見る。彼は微動だにしない。
何事か?と不審に思いキュリエは小走りでルゥトのいる場所へかけていく。
「ルゥト殿、どうかしましたか??」
ルゥトの隣に立ち、戦場を見下ろす。遅れてジンゴッドもついてきて広がっている戦況を確認する。
「こ、これは……」
第二陣の激しい戦闘はまだ続いていた。だがキュリエが戦場を翔け回り兵を鼓舞のおかげで現在もアウルスタリア軍の優勢が続いている。すでに防衛ラインをずいぶんと押し返して、帝国軍は後退を始めていた。キュリエもジンゴットも満足げにルゥトを見上げる。
だが、ルゥトの視線の先はそこではなかった。
もっと遠く、麓よりさらに後方の帝国本陣に視点が釘づけになっている。
キュリエはその視線を追った。そこには土煙が上がっている。
帝国軍の後続の騎馬部隊がこちらに向かって進軍してくるのが見えた。
「……帝国軍は今日中に我々との決着をつける気の様です」
ルゥトがそうつぶやく。
第一陣の堀や柵は昨夜のうちに取り除いたのだろう。第二陣も現在は押し返しているとはいえ、柵などはほとんど破壊され無力化されていた。
このまま騎兵の突撃で一気に蹂躙して本陣まで肉薄しようというのだろう。
この状況を見たジンゴットはかなり緊張した面持ちで静かに踵を返し
「本陣に戻ります……すぐに迎え撃つ準備をせねば」
そう言って歩き出そうとして止まり、
「姫様もすぐに本陣へ。天馬様を馬車へ載せるのをお手伝いくだされ。そしてすぐに戦場を立って王都へお戻りください。これは強制であり姫様の意見は一切受け付けませぬ」
厳しい表情でそう告げる。
抗議しようとキュリエが口を開きかけたが、有無を言わさぬ気迫がジンゴッドに漂っていた。
助けを求めるように横に立つルゥトを見る。
するとルゥトの視線はなぜか戦場ではなくもっと上、天空を見上げていた。
「??」
キュリエは不思議に思い同じように空を見上げる。
時刻は昼に差し掛かろうとするくらいか、太陽は頂点に達しようとしていた。澄み切った青空に小さな黒いシルエットが旋回しているのが見えた。
キュリエは眩しそうにおでこに手を当てて、光を遮って目を細め空を凝視する。
「シュナイゼル?」
キュリエは翼を持つ知己の名を呟く。
「ジンゴッド将軍、本陣に戻られたら機動部隊を即出撃、そして全軍を麓まで進軍させる指示を出してください」
「……本気か?」
ルゥトの言葉で足を止め、驚きの表情で振り返るジンゴッド。
「ええ、好機がきます。このタイミングをハギュール少将は見逃さないでしょう。騎兵部隊がこの丘陵の麓にたどり着くくらいの距離で帝国軍第六師団が敵本陣に向けて動くはずです。それに呼応してこちらも動かねば」
ジンゴッドはびっくりした顔をして
「すでに応援の軍はここに到着していると?なぜそう言える?……そうか、このタイミングを待っておったと言うことか」
ルゥトはキュリエの方を向き
「キュリエ様は本陣へお戻りを。次は本陣と共に動き、兵達を励ましてあげてください」
「……ルゥト殿も御武運を」
聞かずともルゥトは前線にいくのだろうとキュリエには分かっていた。
じっとルゥトを見つめてそれだけを告げた。
こくりと頷き姿勢を正して敬礼をすると、そのまま飛竜の元へ行き飛竜の横にしゃがみ込んでゆっくりと飛竜の頭を撫でてやりながら
「……ありがとう」
小さく呟き、飛竜の頭に自分の額を押し当てる。しばらくそうしていたがスッと立ち上がり
「私の飛竜はこのままここで眠らせてあげてください。ここなら戦の邪魔にはなりますまい」
それだけを言うとルゥトは近くの兵士のリーガドゥを拝借して、振り返ることなくそのまま戦場へと駆け降りていった。
「このままでって……」
その言葉でキュリエはハッとなり飛竜に慌てて駆け寄る。
落ちたままの姿で身動ぎひとつしなくなった大きな竜の傍にゆっくりと近づき、キュリエは崩れるように座り込む。大きく見開いた瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。そしてルゥトが行ったようにそっと飛竜の頭に額を押し当てて
「ありがとう……ゆっくりお休み」
そう言って優しく口づけをした。




