第60話 会戦2日目
ドンッ! ドンッ!ドンッ!
遠くで何かの叩く音が聞こえる。
暗闇の中にあったルゥトの意識はゆっくりと浮上していき、目を開ける。
頭が回らず目を開けただけで何もする気が起きなかった。何か、大事なことをしている最中であった気がする。
モヤがかった頭の中を振り払うようにゆっくり体を起こし、辺りを見回す。どうやら小さなテントの中で寝ていたようだった。ルゥトの寝ていた場所の他にも寝具がいくつか配置されていた。
動こうとすると身体に激痛が走り、顔を歪める。おかげで頭の中のモヤが晴れてくる。
ルゥトは痛みに耐えながら立ち上がり、テントの外へと出る。
外はやや肌寒く空気の感覚で朝だと思われた。聞こえる太鼓の音は遠くで聞こえる。
「やっと起きたか。身体は大丈夫か?」
テントを出たところでこちらに向かってきていたガイに声をかけられる。
「ガイ……キュリエ、王女は無事ですか?」
喉が渇き掠れる声で尋ねる。
ガイは手に持っていた水筒を投げて寄越して
「ああ、おめーがきちんと守っていたぜ。外傷もなく夜中に目を覚ましたそうだが体を起こすのもやっとといった感じだと聞いた。今は安静にしているらしいが、お前のことを心配していたそうだ」
ガイがニヤニヤしながらそう告げる。
ルゥトは水筒の水を勢いよく飲み、喉を潤して一息ついた後
「そうですか。無事ならよかった」
安堵で少し緊張がほぐれたがすぐに厳しい表情に戻り
「現状は?僕はどれだけ寝ていたのです?」
「ああ、おめーはあれから半日、死んでんじゃねーかと思うほどピクリとも動かず寝てた。天馬は無事だが翼の付け根あたりにに大きな怪我を負っているようだ。誰も近づけねーから状況はわからねー」
天馬は心許した者以外が近づくの拒む。発見した後もここへ連れてくるのに苦労したそうだ。
ガイはそこで一息つく。
「昨日の戦況は散々だ。天馬と王女の死亡を流言されて兵たちは動揺、おめーの指示通りすぐ伝令を走らせてなんとか踏みとどまったが、第一陣の士気は低下。それでも敵の攻勢を陽が落ちて敵が撤退まで耐えた。被害は……予定よりでたな。一千名近い死者が出た。戦闘不能者はその倍だ」
深刻な顔で遠くを見るガイ。
「そうですか……。それでこの太鼓は帝国軍からですか?」
ルゥトは太鼓の音のする方へ視線を送る。ガイは顎で付いてくるように促し、ルゥトはそれに従う。
「ああ、今朝は早くから敵さんは動いてるぜ。昨日と違い動かしてる人数も相当だ」
二人はしばらく歩き本陣の見晴らしの良い場所へ移動する。
丘陵の下り勾配が良く見えてアウルスタリアの防御陣が見える。それに対峙するように前進してくる帝国軍は綺麗な横陣、部隊をいくつかに分け、アウルスタリアの第一陣を囲むように扇状に展開している。
大きく太鼓が一発ドンッっ!!
と鳴り響き、帝国の進軍が止まる。
突撃をしかけるにはやや遠い。
そして今度はテンポの速い太鼓が鳴り始めると整列した帝国軍の中央の部隊が真ん中から左右に分かれて道を作るような形に移動する。
「何をしてやがるんだ?」
ガイは状況が読めず目を凝らして帝国軍の中央を凝視する。ルゥトも静かに見守っていると開かれた場所を一人の青い鎧で身を包んだ騎士が大きな帝国の旗を掲げて歩いてくる。
彼が進むと左右の兵士たちは静かに中央を向き剣を掲げる。
「なんの儀式だありゃ?帝国軍にあんな儀式はなかったはずだぜ?」
元帝国軍人の言葉だ。ルゥトも当然そんなものはないのは知っていた。
ルゥトは歩いてくる騎士の姿にハッと何かに感づき
「ガイ!! すぐにリーガドゥを連れてきてください!! 急いで!!」
ルゥトは突然走り出す。
「あ?どうした?」
ガイは突然走り出したルゥトの様子に一瞬呆気に取られたが、ルゥトの迅速ぶりに何かを察してすぐに走り出す。
走るルゥトはその辺の兵士を捕まえて武具の在処を聴くと、そこへ飛んでいき素早く装備を整えて外へ出る。そこにリーガドゥを2頭連れたガイが駆けつける。
「何事だ?あの儀式になんかあんのか?」
すでに太鼓の音はリズムを速めて最高潮、何が起こっているのかさっぱりわからないガイが手綱を渡しながら尋ねる。
ガイが連れてきたリーガドゥに素早く飛び乗り手綱を取ると
「彼です。ギーヴ・フォン・カリシュラム。彼が単騎で突撃してくるつもりです」
そう言い終わる前にルゥトの乗ったリーガドゥは駆け出していた。
とりあえず「チート」が理由で天馬の出番が終わり(笑)戦争は急展開を迎えます。
今度はもう一人のチート、あの男が再登場。
今日も2話更新できればよいなと思っております。
お付き合いのほどを