第59話 狙撃
丘陵の後方より飛び立った飛竜を先頭にしてすでに戦端の開かれた麓を目指し、丘陵を越える。頂に布陣した本陣が見え,ほどなく麓の戦場の様子も伺えた。
現在、帝国の第一陣とアウルスタリア軍が作った防御陣地で激しく戦っているのが遠目にもわかる。
ルゥトは状況を確認する。
帝国軍は小手調べといったところなのだろう。
重装歩兵、軽装歩兵部隊の一部を動かしただけで主力は帝国軍本陣と防衛陣地の真ん中くらいで止まっている。
弓兵部隊がさらに後方へ下がっている。
あの位置なら接近しても攻撃はされまい。
強い向かい風のため、やや飛行に難はあるが予定のルートで戦場へ向かうことにする。
後方のキュリエに目を向ける。
天馬パメエラは安定して空を駆け、それに跨るキュリエも問題なさそうであった。
やや緊張した面持ちではあるが彼女ならきっと任を成せるだろう。
ルゥトはそう確信していた。
前方に目を向け、丘陵の頂より上には上がれぬルゥトは高度を下げるため、キュリエに合図を送って飛竜の手綱を引く。ゆっくりと高度を下げ始める飛竜。
交差するように上昇する天馬。
本陣の兵たちが出撃する天馬に気づき、歓声を上げ始める。
次の瞬間、ルゥトの直感に何かが引っ掛かる。違和感、いや危険信号だ。
敵の主力の方角に、視線を送り目を凝らす。
ありえないほどの高速で飛来する棒状の物を捉える。槍だ。
狙いは、パメエラ!!
ルゥトが飛竜の手綱を引き上昇しようとした時、強い煽り風で飛竜がバランスを崩す。
「くっ!!」
その一瞬でルゥトは飛来物を止めることができなくなり
「パメエラ!!避けろ!」
そう叫ぶのが精一杯であった。
ヒヒィィィン!
ルゥトの叫びと同時にパメエラの翼の付け根あたりに血が飛散する。
そしてキュリエも投げ出されスローモーションのようにパメエラとキュリエは落下していく。
「キュリエ!!」
ルゥトの声に反応するかのように飛竜が後方へ翻して落下するパメエラとキュリエの元へ向かう。それでもだいぶん出遅れた。
パメエラは痛みで藻掻いている。槍はかすっただけで刺さってはいないようだ。
だが凄まじい速度で飛んできた槍が命中しただけでも相当な衝撃であったはずだ。
キュリエの方は微動だにしない。意識がないとようだ。
ルゥトは焦る気持ちを抑えながら飛竜に身体を密着させ少しでも空気抵抗を減らす。
すぐに落下中の天馬の高度までたどり着く。
「パメエラを頼む」
ルゥトはそう飛竜に声をかけて、飛竜の背中を蹴って落下するキュリエに飛びついた。
ガシッとキュリエの腕を掴みグッと引き寄せて抱き締める。
彼女は反応しない。やはり気を失っているようだ。今は状況を確認していられない。
地上まであと僅か。
落ちた先は丘陵の側面、木々が生い茂っている。うまく木に落ちれば……
いや、それでも助からない。
ルゥトは意を結する。ぎゅとキュリエの頭をすっぽりと守るように抱き抱える。
目を閉じて意識を集中する。
カッと目を見開く。
ルゥトの瞳にいつもの蒼い瞳ではなく金色に輝く瞳が現れる。その瞳孔は蛇のように細い。
迫る木々をその瞳に映すとルゥトは大きく息を吸い、吼えた。
「グオォオォォォ!!」
それはまるで龍の咆哮。
咆哮は衝撃波となり木々を薙ぎ倒し地面にぶつかると爆発する。その爆風の余波はルゥトやパメエラの落下速度を相殺する。飛んでくる木片と大地の破片からキュリエを庇うように身体を丸めてそのまま地面に叩きつけられた。
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「何だこりゃあ……」
リーガドゥに乗った男は天馬が落ちたであろう現場の残状を見て呻き声を上げた。
本来なら彼が今通って来た森のように木々が生い茂り、人の行手を阻むような場所であったと思われるその場所はそこだけポッカリと大きく窪んでおり、周りの木々はそこにあった木や大地の破片を受けたのであろう、ボコボコに傷つき薙ぎ倒されている。
「大将、ここに落ちたんなら死んでるんじゃねーんですかい?」
男は振り返ってそう尋ねる。
後方から同じくリーガドゥに乗った大男が追いついて来て
「けっ、人が落ちてこんなでけぇ穴が開くかよ。しかもそこに死体がねーんだから生きてるさ。周りを探せ」
右頬に傷のある大男、ガイ・フレアリザードは部下の男に指示を出し、自分もリーガドゥを降りて周りを見渡し始める。
本陣待機を言い渡されてイラついていたガイがテントの中で部下と今後の打ち合わせをしていた時、急に何かの雄叫びが外で響いた後、ものすごい爆発音と地面の揺れで、慌てて外に飛び出したが、何着起こったのかはわからなかった。
ほどなく伝令がガイの元に来て天馬墜落の報を告げ、ガイはすぐさま数名を従えて激しい音のした場所へと赴いた。
天馬が落ちた、と聞いた地点で直感的にさっきの揺れはルゥトが何とかしたのだ、とガイは悟った。特に確証があったわけではない。
何が起きたのか?どうなったのかはさっぱり理解できなかったがあのルゥトが一緒だったのだ。確実に生きているだろう。
ガイはそう確信していた。
しばらく窪みの側で辺りを観察してからガイは動き出す。
なぎ倒された木々の中の大きな木の根元で飛竜を見つける。蹲るように丸くなっている飛竜の横に人がいた。ガイは走ってそこに近づくと、それに気づいた飛竜が弱々しく立ち上がり倒れた人を庇うように威嚇をする。
ガイは敵意がないことを示すように両手を上げて近づき、木の根元に腰掛けるように倒れているルゥトに近づく。その胸には白銀の鎧を纏った少女が抱かれていた。
気を失っていると思われるルゥトの横にガイはしゃがみ込む。後ろで主人のために必死に威嚇する飛竜を制しながら二人に大きな怪我がないか確認する。
「おい、ルゥト!!大丈夫か?」
声をかけるが反応はない。
いよいよまずいか?ガイが少し焦りを感じ、ルゥトの身体に手をかけようとした時、
「んっ……ガイ、ですか?王女は無事です……パメエラ、天馬は怪我をして飛べませんが命に別状はないです……」
目を開けずにボソボソとそう話すルゥト。
「ああ、わかった。すぐ荷馬車を回してもらう。お前は大丈夫なのか?」
ガイは心配そうにルゥトに尋ねる。
ルゥトは口の端を少しだけ吊り上げ
「だい……じょうぶです。少し……動けそうもありませんが。とにかくキュリエ……王女を。そしてすぐに前線に伝令を。『王女は無事。敵の流言に惑わされるな』と」
ガイは眉を顰める。
「なんだぁ?お前らが落ちたのは敵の攻撃か?一体どこから?」
「敵の……後方……から槍が投擲された……ようです」
ルゥトは苦しそうに眉を顰める。
近くに来た部下にガイは本陣への救援とルゥトの言葉を伝えるように走らせる。
そしてルゥトの元に戻り
「敵の後方?弓の届かない距離だぞ?どんな名手でもここまでは届かなねぇ。一体どうやって槍を??」
ガイは納得いかぬとルゥトに問い詰める。
「ガイ……あそこには彼が……いるはずです。君も……よく知る……」
ルゥトはそこまで言うと意識を失った。
ガイは眉間に皺を寄せて考える。
「俺も知ってるやつ……?」




