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第58話 王女キュリエ 出撃

 アウルスタリア本陣の後方、丘陵の頂よりやや下った場所に後方部隊の待機場所があり、そこにキュリエは天馬と共に出撃の時を待っていた。

 前回と同じくオリハルコン製の真っ白な鎧はキュリエの女性らしいライン残す造りであり、美しい金色の髪を際立たせるている。

 そんな勇ましい姿の少女の顔には憂いと緊張でやや曇った表情が浮かび、心ここにあらずな感じで天馬の立髪を撫でていた。

彼女の近くの柵には大きな鷹が止まり、そんな不安そうな友人を見つめていた。

 遠くで鳴り響く太鼓の音が次第に早くなり最後に大きくドンッとひときわ大きく叩かれると、たくさんの兵士たちの雄叫びにも近い鬨の声が上がる。キュリエはその叫びが聞こえた方角に顔を向ける。


……戦が始まったのだ。


 続けて沢山の矢が射出される音がする。

キュリエは丘陵の頂を仰いだ。

本陣より矢の雨が放たれ、空の一部が黒く塗りつぶされるのが見える。

 アウルスタリア軍は丘陵の麓から頂までに3層に及ぶ防御陣を敷いている。

最初の層に帝国軍がたどり着くまで矢の雨が降り続けるだろう。

敵が第一防御層にたどり着き乱戦になった時に弓の出番は無くなる。

そこからがキュリエの出番であった。天馬と共に空を駆け味方を激励して回らねばならない。


 キュリエは天馬パメエラの首に手を回し抱きつく。


《なんだい?やはり不安かい?》


パメエラの声が頭の中に響く。

キュリエは周りにいる者たちには聞こえぬように


「また失敗したらどうしようって……」


 素直にキュリエは不安を漏らす。

 前回、マッシュア平原ではリーエントに阻まれたとは言え、満足に責務を果たせず大敗のきっかけを作ってしまっている。

 パメエラは頭を擦り寄せ


《心配しても始まらないよ。やれることをやるしかないさね》


そう優しく諭す。


《それに、今度は小僧は敵ではないのだろう?》


 少し怒気をを含んではいたがパメエラはそう言って安心させようとする。

小僧、パメエラはリーエントのことをそう呼ぶ。それが少し可笑しくてキュリエ首から手を離してパメエラの顔を見て微笑む。

 その時、柵に止っていた鷹、シュナイゼルが天を見て「ピィィィ」と鳴いた。

 キュリエたちの上空を暗い影が通過する。

翼を羽ばたかせて飛竜が降りてきた。

 キュリエたちから少し離れた場所に着地した飛竜から黒鎧の騎士がひらりと降りて飛竜を労うように頭を撫でる。

そのままキュリエたちのところに来て兜を取って帝国式の敬礼をする。


「キュリエ王女、戦が始まりました。出立のご用意を」


「わかりました。しばしお待ちください」


 キュリエは畏まってそう答え、パメエラの首筋を優しく撫でてから彼女に当てがわれているテントへと向かう。

ルゥトはその場に直立したまま目を瞑る。


《前回はよくもやってくれたね。小僧》


ブルルルっと小さく嘶くパメエラ


《その件は申し訳なく思ってますよ。怪我が無くて何よりでした》


ルゥトは身じろぎひとつしない。


《しかし、お前も面倒な立ち位置になったものだね。今回の件、どうケリを付けるんだい?》

そっぽを向くパメエラ。


《……》


《ふん、どちらにせよ、あの子を泣かすんじゃないよ》


「お待たせしました」


 キュリエは装備を整えて戻ってきた。

額当てをつけ、髪を後ろで束ね直していた。

 キュリエは微動だにしていないルゥトと、少し苛立たしそうに地面を蹴っているパメエラを見て小首を傾げる。

 そこへ後方指揮を担うバリシャフが上級士官全員を伴って整列する。


「王女殿下、御武運を」


 そう言って敬礼をする。

キュリエも並んだ士官たちに敬礼を返し


「皆の尽力が今戦っている兵士たちを支えます。励んでください」


 そう声をかけ全員を見渡して最後に優しく微笑んだ。

それを見た士官たちは皆、胸の内で奮起したのは間違いなかった。

 キュリエはルゥトの方に向き直り


「では大佐、護衛と先導をお任せします」


 そう言って、会釈をした。

ルゥトは姿勢を正し、もう一度敬礼をしてから


「はっ!!では小官が先行いたします」


 そう言うと回れ右をして飛竜の方へ歩き出す。

キュリエはその後ろ姿に頼もしさを感じて勇気が湧く。

ふいに


「ルゥト大佐」


 そう呼び止める。ルゥトが無造作に振り返る。

その綺麗な瞳を見てキュリエは


「守ってくださいね」


 そう誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

ルゥトは唇の動きを読んだのであろう、優しく笑い小さく首が縦に動く。

そのまま前を向き直り歩いていった。

キュリエもパメエラの元に行き天馬の首を撫でて


「お待たせ、パメエラもお願いね」


そう声をかけるとパメエラの近くに止っていたシュナイゼルが小さく鳴き、キュリエの肩に移動する。そんなシュナイゼルの首を撫でて微笑み


「シュナイゼルもお願いね」


そう伝えるとシュナイゼルは大きく翼を広げて天に舞う。

キュリエはパメエラに跨る。


「姫様、御武運を」


 身支度を手伝ってくれた女性兵士が長い槍状の王国旗をキュリエに渡しながらそう告げる。

王都を出てからずっと身の回りの世話をしてくれていた女性兵士だった。

キュリエは彼女の言葉に頷く。

 パメエラは飛竜の待つ場所に向かって歩き始める。

ルゥトの乗った飛竜が大きく翼を動かして地を蹴り上空へと舞い上がった。

パメエラは一度前足を高く上げて大きく鳴くと、そのまま天へと駆け上がる。

後方基地の大歓声の元、2つの影は戦場へと飛び立った。



 大量の矢の雨合戦が途切れる頃、帝国軍の第一陣、重装歩兵の戦列は丘陵袂のアウルスタリア軍の第一陣へとなだれ込む。柵を破壊し、堀を越えようとする帝国軍とそれを阻止しようとするアウルスタリア軍がぶつかる。激しい金属音と怒号と悲鳴の混じり合った騒音が戦場を埋め尽くす。

練度の低い王国軍であったが事前準備のおかげか帝国の突進を難なく受け止めて接戦を繰り広げる。

こうなると弓の出番は無くなるが、アウルスタリア軍は高所を抑えている。後方からの増援を牽制する意味で第一陣より遠方に向けて第二陣、本陣より矢の一斉掃射が散発的に行われている。

 このため帝国軍は逐次戦力の投入と行かず、前哨戦となる双方の小手調べは王国の有利に見えた。

 頂の本陣より戦場全体を見渡すジンゴッドは好調な出だしに満足げな表情だった。


「そろそろかのぅ」


 そう言って後方の空を見上げる。

天馬と王女が来れば士気も上がる。

このまま押し返しで、初日を勝利で飾りたいところであった。

数時して後方から


「天馬だ!!」


「王女がいらっしゃったぞ!!」


「天馬万歳!!」


 と歓声が上がり始める。

ジンゴッドは今度は振り返ることなくニヤリと笑い、接戦を繰り広げる前線を見つめて勝利を確信する。


 その時、


 弓の届かぬ位置で布陣していた攻撃部隊本隊の先端で何かがキラリと光ったように見えた。

ジンゴッドは何かが、そう何かが空を裂いて放たれたのを感じた。

それは本陣後方の空を狙ったのだと感じ、焦って振り返る。

 ジンゴッドの視線の先には天馬の影が見えた。


 次の瞬間、天馬はバランスを崩したかのように落下した。

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