第57話 ハリアート丘陵会戦前 アウルスタリア軍本陣
ドンッドンッドンッ
帝国軍の陣地から大きな太鼓の音が鳴り響いている。
整然と並んだ横陣が矢の届かないギリギリのラインで整列していのが見える。
帝国軍がアウルスタリア軍と対峙してハリアート丘陵に布陣して二日目、ついに戦の火蓋が切られようとしていた。
帝国軍が本陣と定めた場所は平野に入ってすぐの小さな小川の近く。
そこからおおよそ2万の部隊が進軍して 現在アウルストリア軍と対峙している。
前衛に大きな盾を持った重装歩兵。その後ろに軽装歩兵が並び、その後方に弓兵が列を成している。騎兵は両翼、弓兵の後方に配置されている。
対して、アウルスタリア軍は丘陵の麓からすぐの場所に第一の陣地。そこから登り勾配がしばらく続いたところにある平地に第2陣、そして丘陵の頂上に本陣。という形で柵と堀を何重にも作って敵の行く手を阻む陣地を作っている。
現在第一陣に六千の歩兵を配置して第二陣、本陣に弓兵、そして機動部隊と後詰の兵が本陣に待機している。
「まぁ予想通り小細工なしの歩兵による陣地制圧だわなぁ」
丘陵の一番高い頂上、アウルスタリア軍本陣から帝国軍の戦列を見みて、ジンゴッド将軍は横に立つルゥトに感想を述べる。
「まともな指揮官なら当然の選択でしょう。我々としては願ったりな展開なわけですが……」
ルゥトはやや歯に何か挟まったような言葉を返す。それが気になったのか
「何か心配事でもあるのかね?」
ジンゴッドは横目で黒い鎧に身を包んだ帝国士官に視線を送りながら問う。
「……いえ、敵も天馬の存在は考慮に入れているはず。それでも短期決戦の騎兵突撃ではなく時間のかかる歩兵による制圧を躊躇なく選んだのが少し気になります」
「ふむ。たしかに。だがわしが敵の指揮官でも同じ選択だったと思うがな。準備万端の敵陣に突撃を敢行するのはやや勇より愚を感じるわい」
そう言いながら視線を帝国軍に向ける。
「増援として来てくれるミレリア、ハギュール両軍は予定通り到着すると思うかね?」
「……遅くとも5日目には到着するはずです。それまでここを死守できれば我々の勝利は間違いないでしょう」
「……軍議では聞かなんだが、両軍がここに来ずそのまま帝国へ帰還、もしくは敵側に合流、ということはありえんのだろうな?」
鋭い視線でジンゴッドは問う。その問いに対してルゥトは確信を持って首を横に振る。
「両将軍は義理堅く道理を弁えた人物です。どのような理由があろうと約定を違えることを良しとしないでしょう。なにより、どちらの軍も裏切りで手痛い目に遭わされている」
ルゥトはそこで少し微笑み
「彼らはケツを蹴り上げられてやり返さずにはいられぬ程度には人間味に溢れていますよ」
その言葉にジンゴッドは不謹慎にも笑みを浮かべてしまった。
「なるほどの。ではその根性に期待して5日間、わしらはここで耐え忍べばよいのだな」
その言葉にルゥトは頷き、ジンゴッドの方を向いて敬礼をして
「では私はキュリエ王女の先導の任に参ります」
そう告げる。
「うむ。敵国……の人間に頼むことではないがな。くれぐれも貴官の飛竜、敵の視界に入れてくれるなよ?」
こちらに飛竜がいることが敵に知られたらミレリア軍との同盟を察知される危険がある。
「承知しています」
その言葉に頷きジンゴッドも敬礼を返す。
ルゥトはマントを翻してジンゴットと別れ、兜を被りながら後方へ歩く。
近くで丸くなっていた飛竜に近づき、首を撫でてやると頭を上げてルゥトに擦り寄る。
「さぁ、行きましょう」
そう声をかけるとワイバーンは体を起こし翼を広げた。
ルゥトは流れるような動作で飛竜の背に跨る。
飛竜は一度大きく翼をはためかせて地を蹴って宙へ舞い上がると、低空飛行でアウルスタリア軍本陣の後方へと飛び去った。