第56話 ハリアート丘陵会戦前 ある帝国軍指揮官のつぶやき
アウルスタリア王都から馬で8日の距離に位置するハリアート丘陵。
広い平野に小高い丘が連立して小さな山となった土地である。
アウルスタリア軍はこの丘山を陣地化して軍を展開していた。
そのアウルスタリア軍と対峙するように平野部分に軍を展開した帝国、ガターヌ連合軍五万四千。ガターヌ軍はほぼ傭兵で構成された部隊のため分散させて各部隊に配属している。
「また面倒なとこに陣取りやがったなぁ」
丘陵に何段もの柵を立てて防御陣地を築いているアウルスタリア軍を眺めながら、帝国軍第二師団騎兵大隊長である、ゴウトン大佐は遠くアウルスタリアの陣を眺めながら渋い顔をする。
齢46になり数多の戦場を駆けてきた叩き上げ中の叩き上げである。
胸板の厚い筋肉、丸太のような四肢、四角い無骨な顔は武人としての貫禄を備えている。
「あれは攻め落とすのに骨が折れそうですな」
隣にいた女性受けのいい顔をした副官もうんざりした顔でアウルストリアの布陣を眺める。
この男が赴任してから結構一緒にやってきたが妙に馬の合う男である。
「ふん、だが放置もできんからな。奴らがここを墓場に選んだのならご希望に沿ってやるのも慈悲というものだろう」
アウルストリアの王都へ続く道は他にもあるが、ここを迂回してアウルストリア軍に退路を脅かされる方が損害が大きくなる。
ただでさえ帝国軍は遠く敵地奥まで遠征している。長く故郷の土を踏んでない兵士たちの中にはすでに望郷の念に囚われている兵士も少なくはない。
アウルスタリアには天馬という厄介な切り札があるため、これ以上兵士たちの士気低下は好ましくない。
「天馬が出てきたらさらに苦戦しそうですな」
副官も同じことを考えていたのだろう。
ボソリと感想を漏らす。
「……我らが副司令官閣下に対天馬の秘策があるらしいからな。それに期待することにするさ」
憎々しげにゴウトンは副官に吐き捨てる。
2年前に士官学校出てきた辺境伯のボンボンは赴任後たった2年で少将閣下となってしまった。ゴウトンは、この上官にいい感情を持っていなかった。
今回の帝位簒奪の企てに参加していなければたぶん軍を辞していただろう。
若いだけなら貴族のボンボンだと割り切って従えたが、相当な戦闘力を持ってはいるものの、奇天烈な性格がゴウトンの肌に合わなかった。
……まぁ指揮系統には口を出さないだけマシか。
そう思い直し奇天烈な上官のことは忘れ、どう動くかについて思案する。
ざっと見たところアウルスタリアの兵はほとんど歩兵で構成されているようだった。
陣地防衛なのだから当たり前ではあるが、いささか機動部隊が少なく見える。対してこちらは騎兵の数だけでも一万五千。リーガドゥを加えれば約半数は騎兵であった。
しかし、問題は敵陣地がやや勾配のある丘陵に陣地を築いていること。
騎馬で突撃を敢行するのはやや分が悪い。少々きつい勾配で速度が出ないことと突撃の足止め用の溝を幾重にも掘っていると思われる。
地の利は向こうにある。
兵力差を埋める小細工としては物足りぬが天馬ありきの持久戦ならばこれで十分だろう。
なんせ帝国軍は兵站が伸びに伸びきっている。ガターヌからの供給はあまり信用ができない。
奴らが再び掌を返さぬうちにアウルスタリアを占領しなければならない。
「ま、それでも我らの勝ちは揺がんがな」
弱兵といわれるアウルストリアの軍に対してなんの脅威も感じはしない。
ゴウトンは顎を摩りながらボソリと呟く。
「大佐、副司令官閣下から軍議のため招集が掛かっております」
副官が伝令から受け取った指令書に目を通してゴウトンに声をかける。
ゴウトンはヤレヤレといった顔で副官に頷くと踵を返して
「ではお子ちゃまの面倒を見に行くとするか」
そう皮肉を言ってから歩き出した。