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第54話 懺悔

帝国暦69年 4月 バッシュ王国首都攻防戦、マッケル市街東門付近


「ゲホッ……く、くそったれっ!!」


 這いつくばり、すでに吐くものがないにも関わらず何度目か分からぬ嗚咽を繰り返しながらガイは小さく悪態をつく。

そうでもしないとこのまま崩れ落ちて意識を失いそうだった。

 この地を覆う「死」の恐怖は鍛え抜かれたガイの巨身を生まれたての子鹿のように震え痙攣させている。

 プルプルと震える両の腕の筋肉に血管が浮き出るほど力を入れて、気合を振り絞って頭を上げる。周りには悶え苦しんで息絶えた帝国兵、そしてマッケルの防衛兵たちの無残な死体がゴロゴロと転がっている。

 気を抜けばガイもその仲間入りは確定であった。

力強く立ち上がり、体中の筋肉に一層の力を込める。方々で微かな呻き声と助けを求める声がか細く聞こえるがかまってはいられなかった。

 ガイは恐怖を振り払うように勢いをつけて走り出す。

倒れぬように、挫けぬように奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばる。

前へ進むだけで「死」の濃度は濃くなる。死神がガイの心臓を鷲掴みにして弄んでいるのを感じる。


 ガイには今この街を覆っているこの現象に心当たりがあった。

過去、これと同じ現象を二度味わったことがあったが、その時とは規模も不吉さも蔓延する「死」も桁違いであった。この東門の付近全体を覆うほど大規模な状況である。

 恐怖より不安が大きくなる。

尋常ではないこの状況、この中心にはガイの友人たちが必ずいる。そこにはきっと……。

 押し潰されそうな死の重圧でガイの足が再び止まる。それと同時に体の力が抜け、何度目かわらない転倒。

 勢いよく頭から地面に衝突し顔面から血が噴き出る。痛みはなかった。

 ぐにゃりと世界が歪み、そのまま刈り取られるように意識が遠のく。


 ダメだっ!!


 ガイは勢いよく顔面を地面に擦りながら頭を起こす。ガチガチと噛み合わぬ奥歯、視界はぐにゃぐにゃに揺れ意識は朦朧とする。すでに上を見てるのか地面に這いつくばってるのかも分からない。

 そして、そんな彼の見た視線の先に


倒れた少女を抱き抱えた男が視界に入る。


「あ……ルゥ……」


 ガイは大声で彼の名を呼ぼうとと口を開いたが、喉がカラカラで声は出ていなかった。

視界の男は少女を愛おしそうに眺め頬を撫でると、手に持った短剣をふりあげる。そしてそのまま……


「ダメだっ、ルゥト!!お前がそれをやっては!!」


ガイの叫びは声にならず、そのまま意識を失った。





 剣を撃ち合って対峙したルゥトが視線を逸らしたことに舌打ちをして、ガイは力任せに地面に突き刺さった大剣を下段から逆袈裟へと振り上げる。

その鋭い斬撃を後方へ飛び退くことで躱したルゥトは、何も言わずにガイを見据えて剣を構える。

 ガイもまた何も言わずに大剣を振りかぶる。


「な、な、なにをしているのです!!双方剣を引きなさい!!」


 急に始まった決闘に呆気に取られていたキュリエが大きな声を出して止めに入ろうと一歩踏み出す。だが、横にいたジンゴッドが手を出して制する。


「将軍!! なぜ止め……」


 将軍を非難しようとしたキュリエの声はさらなる剣のぶつかる金属音にかき消される。

再び振り下ろされたガイの剣はまたルゥトの手により逸らし落とされる。

 だが今度はそれを見越したように剣は地面に突き刺さることなく、軌道を変えて胴薙に切り替わる。

これをルゥトは自らの剣で受け止めたが、体が浮き上がるほどの威力であった。

2人は離れ、また剣をぶつける、一合、二合と激しく力強い本気のぶつかり合いに誰も口を挟めなかった。

 何度目かの鍔迫り合いから離れた時、ガイは舌打ちする。


「チッ! 拉致があかねぇ」


 そう呟くとまた上段に大きく剣を振り上げて構える。ルゥトも剣を正眼に構えて体勢を整える。

 ふぅっと息を吐きガイは先ほどよりさらに力強く踏み込み、渾身の一撃で剣を振り下ろす。


 威力はあるが殺せぬ勢いではない、


 そう踏んだルゥトは神経を集中して振り下ろされた剣にしっかりと合わせて切り払いにかかる。

 ガキィン! と軽い音が響き、ルゥトの剣でガイの大剣は軽々と弾き飛ばされた。

ルゥトは意表を突かれて弾け飛ぶガイの大剣を一瞬目で追ってしまった。

 最高の威力の斬撃と予測していたガイの一撃は空打ちであったのだ。


 しまった!


 ルゥトは目の前のガイに視線を戻したがそこに巨漢の男はいない。

次の瞬間、ルゥトの身体は強い衝撃を受けて浮き上がる。

剣を捨てたガイはそのまま姿勢を低くして身体ごとぶつかりルゥトを捕まえて引き倒すと、馬乗りになってルゥトを拘束した。

 いつの間に周りに集まってきたアウルストリアの兵たちから大歓声が上がる。

明らかなルゥトのピンチを目にしてキュリエは慌てる。

 体格差では勝ち目はまるで見えない。

馬乗りになったガイが拳を振り上げて、容赦なくルゥトの顔面に鉄拳を振り下ろす。


「リーエント!!」


 キュリエの叫びは血統に昂る兵士たちの声でかき消された。


 ガイの振り下ろした拳をルゥトは身体を捩って回避する。

間一髪でガイの剛腕は地面に打ち付けられる。

躱されたのもお構いなしにガイは次は左拳を振り下ろす。

今度は回避せずに自らの頭を守るようにガードする。

ガードの上から容赦なく叩きつけられる拳。

 強烈な拳を叩きつけながら


「なぜっ!! なせだっ! ルゥト!! なんでサラを助けれなかった!!」


 野次馬の歓声に飲まれ、誰にも聞こえない声であったがルゥトにだけは聞こえた。


「お前だけがっ!サラを助けることができたんじゃねーのかっ!!」


 ガイの悲痛な言葉は振り下ろされる拳と共にルゥトを痛めつける。

悲しいのか悔しいのか怒っているのかわからない表情のガイが


「あの場にもっと早く俺が駆けつけることができていたらっ!!」


 ガイは叫び、今まで以上に拳を振り上げてガードの緩んだルゥトの顔面に向けて振り下ろされる。

それに呼応するように、ルゥトは守りを解き、振り下ろされる腕をとって身体を引き上げる。

そして前のめりに崩れるガイの顔面に頭突きを喰らわせた。


 ドゴっ!!と派手な衝突音が鳴り響き、馬乗りだったガイは後方へ吹き飛ばされる。

ルゥトも弾け飛んだがその勢いを利用してくるりろ後ろ周りをして体勢を整えた。

大きな歓声が上がる。


「ガイ……君は、あの場にいたのか??」


「……ああ、お前がサラの手をかけた時に……」


後方へ吹っ飛ばされたガイは、そう言うと悔しそうに顔を顰めて地面に手を付いて項垂れた。


「すまねぇ。もっと早く着いていれば……お前に嫌な役をやらせずに済んだ。すまねぇ……」


 野次馬たちは場の雰囲気が変わった事を悟り、徐々に静かになっていく。

ルゥトはふらつきながら立ち上がり、ガイの元にゆっくりと歩きながら


「君が、自分を責めるようなことじゃない」


 少し怒った口調でそう告げると、ルゥトは項垂れるガイの前に立ち手を伸ばす。


「あれは僕の仕事だ。僕とサラの最後の約束だった……。それはたとえ君が来てくれたとしても譲りはしないさ」


その手を見上げるガイはもう一度俯く。小刻みに震える全身が収まった時、意を決したように顔を上げ勢いよくルゥトの手を取る。

ルゥトは力強くガイを引き上げて立ち上がるのを手助けして


「あの子を守れなかったことは謝る。……サラが幸せだったかどうか分からない。だけどあれ以上、彼女を不幸にはしたくなかった」


ルゥトは一瞬、翳りを見せた瞳を伏せ、もう一度目を開き真剣な目でガイを見る。

その目をじっと見返した後、ガイは静かに答える。


「ああ……オレも同感だ。だが、約束を破ったことは許さねぇ」


 そう言ってもう一度強く手を握り締めた。

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