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第52話 月光の邂逅

 ログバードが強制的に退出させられた後、会議は今後の行動へと話が移り、ルゥトたちの現状とアウルスタリアの現状、それらを吟味した上での行動計画が大まかに練られ、まず早急に補給部隊の出立が決められて会議は終了した。


 アンリエッタもその後の職務のため退席となったが、我慢できなかったのであろう。

なりふり構わずキュリエの元に駆け寄り、彼女を力強く抱きしめていた。

二人ほんの数分、いやわずか数十秒だったかもしれない、ただただ静かに力強く抱き合うとゆっくりと離れ、微笑みを交わして何も語ることなくアンリエッタは退席していった。

この場にいた誰もがその光景に心打たれ、この二人のために尽力することを胸に誓ったのだった。


 その日の深夜、ルゥトは王宮の最も高い屋根の上にいた。そこに登るのにはちょっとしたコツがいる場所で、この場所のことを知っているのはたった三人。一人はすでに他界している。


 ルゥトが眺めている方角に夜もふけはじめても煌々と松明が灯り、遠いこの場所からも忙しなく移動する馬車や人の影が見えていた。

アウルスタリア軍は早々に輸送部隊の計画を立案し準備に入っていた。夜通し作業をして明日の朝には出立できるそうだ。


じっと遠くの明かりを眺めていると後方で小さな声が聞こえてきてルゥトは振り返る。


「んっ・・、む、昔はっ・・・簡単にあ、がれたんだけどっ」


そんな小さな呟きでルゥトは少し呆れ気味にほほ笑み、声の方角へ素早く移動する。

丁度、下から伸ばされた手が壁の端を掴むために伸ばされてきたところであった。

ルゥトは素早くその手を掴む。


「きゃっ……」


突然掴まれてびっくりした声が上がる。ルゥトは負担ないように安全に登ってきた人物を屋根の上に引き上げて受け止める。

引き上げられた人物はそのままルゥトの抱きつく形で屋根の上に着地する

ふわりと靡く金色の長い髪。

この場所で最後に会った時より随分と大人になり、女性らしい丸みを帯びた柔らかい感触はルゥトを少しドキリとさせた。


「……お天馬は相変わらずのようですね」


 密着した状態でルゥトは優しく耳元で囁く。

女性はしばし、その状態で俯いていたがルゥトを軽く突き放して距離を離す。


「……ここにきたのもおてんばも久しぶりです。流石にあの頃のように簡単に上がってくるのはできなかったわね」



 ルゥトから離れた女性は昇ってきた場所に視線を向けながら、少し怒ったような口調で返答する。

声こそ大人びたもののその喋り方はあの頃のままであり、ルゥトは懐かしそうに少し笑う。

そんなルゥトを見て女王アンリエッタもまた懐かしそうに微笑んだ。


月光の下、二人は二十年ぶりくらいの再会であった。


アンリエッタは懐かしそうに辺りを眺める。


「本当に懐かしい……。もうここに来ることなんてないと思ってたわ」


嬉しそうに、ゆっくりと周囲を見渡すようにくるりと回りながら、昔を思い出しているようだ。


 ルゥトはそんな彼女を微笑ましく見つめる。

仕草や表情はあの頃のままであった。いや、この場所にきたからこそそうなのだろう。

昼間の玉座に座る彼女はまったく別人で威厳ある女王として申し分のない姿、立ち振る舞いだった。


 ふと我に返えると足を止めたアンリエッタが振り返ってまじまじとルゥトを見つめていた。目が合うと少し寂しそうに


「あなたも随分と大人びてしまったのね…。本来ならあの頃と変わることはなかったはずなのに……」


 申し訳なさそうにそう呟く。

 ルゥトは肩をすくめて


「それでもヒトよりは遅いペースですよ。変質したとは言え、ヒトになることはできなかったようです」


 そう返すとアンリエッタの表情はさらに曇った。


「……私がやったことは正しかったのか、今でも考えてしまうの……。あの時、世界を変えなければ、私たちは」


 ルゥトは俯くアンリエッタに近づき腰を屈めて唇に指で触れて言葉を遮る。


「おてんばアンリエッタのねがいが、間違っていたとは僕もダンも思っていませんよ。今もあれで最善だったと思ってます」


ダンの名を聞いてアンリエッタの顔はクシャリと崩れ、その瞳激しく潤んだが見られまいとルゥトから離れ背を向け天を仰ぐ。


「そうね。あなたとダンがそう思ってくれるのなら、きっと間違ってなかったのよね。うん。そうだ」


自分に言い聞かすようにそう呟く。

不安と重責で弱音を吐露したアンリエッタであったが徐々に自信を取り戻して顔を上げる。


そして改めてルゥトを見て

「キュリエのこと助けてくれて、そしてずっと見守ってくれてありがとう。あの子が立派に育ってくれたのはあなたのおかげよ」


 そう言って母の顔になったアンリエッタはお辞儀をした。

女王の顔、昔ながらのお転婆な顔、そして母の顔。沢山の顔を持つようになった。ルゥトはそんなことを思いながら軽く首を振り


「いいえ、あの子は元々あなたに似て聡明で、そしてダンに似て心優しい子ですよ。……少々素直でないところもありますがね」


 そう言ってキュリエが少し不貞腐れた顔で我儘を言う姿を思い出してルゥトは顔を綻ばせる。それもまた懐かしい姿であった。

そんなルゥトを見て、アンリエッタも優しく笑って


「リュウト、いまさらだけど私からもお願いしておくわ。あの子を、キュリエをお願いね」


その言葉を聞いてルゥトは姿勢を正し、


「私は姫様の執事ですから」


そう言って腰を折り、胸の前に手を置いて綺麗なお辞儀をした。

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