第51話 戦線協定
女王の言葉を受けてキュリエは目尻を拭ってから立ち上がり、帝国の使者であるログバードに対峙してじっと見る。ログバードは王女の気品と強い怒りの意志を感じ、自分より小さな少女に気押されして1歩後退してしまう。
そんな彼に対して急に満面の笑みで微笑んだ後、女王の方へ向き直り軽く会釈をして
「まず、わたくしをここまで護衛してくれた方々を紹介しましょう」
キュリエはそういうと後方の入り口を振り返る。扉が今一度開き、3人の人物が入ってくる。
謁見の間は一気にざわつく。先頭に入ってきたのは全身黒づくめの鎧に身を固めた騎士。
続いて浅黄色の短髪の髪と顔の傷が目を引く優男。
そして2人より小柄な一瞬少女と見間違いそうな紺色のショートカットの女性。
三人はゆっくりと中央をまっすぐ歩き、キュリエの後方で立ち止り一礼をして膝をつく。
「この方々がわたくしをここまで連れてきてくれました。そして我が国のためにとある提案を持ってきた者たちです」
そうキュリエが3人を紹介する。
黒い鎧の男はゆっくりと兜を取る。
灰色の髪、蒼い優しい眼差しが女王に向けられる。
アンリエッタは大きく目を見開き、一瞬、玉座から腰が浮かせて、なにか言いたげに口を開いたが思いとどまるように座り直し目を閉じた。
次に目を開いたときには女王はいつもの冷静な顔に戻っていた。
「帝国飛竜軍所属、ミレリア中将麾下ルゥト・デュナン大佐と申します」
そう名乗り膝をついてお辞儀をする黒鎧の騎士。
続けて
「帝国軍第六師団、ハギュール少将の使いとして随伴させていただいているバーナル・フォート中尉です」
そう優雅に振る舞う傷の優男。
「て、帝国海軍第二艦隊所属、レノア・ノーアン中尉です」
気の弱そうな小柄の女性は顔を上げずそれでも頑張って声を張って名を名乗る。
3人が名乗ると動転したログバードが震える声で3人を指さし大声で怒鳴る。
「こ、こいつらは、わ、我が帝国に仇なす裏切り者どもですぞ!! す、すぐに捕らえて首を撥ねていただきたい!!」
威厳を保ったつもりのようだったが動揺で声は上擦っていた。その狼狽ぷりにアウルスタリアの関係者は失笑をする。
ルゥトはログバードには一切目もくれず女王に向かって話を進める。
「私はミレニア閣下より命を受け、貴国アウルスタリア王国に停戦と貴国内の通過、そして共同戦線を申し込みに参りました」
この言葉に会場がまたどよめく。
しばし場が収まるのを待ち、ルゥトは引き続き話し始めた。
「現在、マッシュア平原に駐屯していた我が軍は同じ帝国の第4艦隊に奇襲を受け、故国へ帰還するための船を破壊されてしまいました。そして北より侵攻した陸軍第六師団も第二師団の裏切りによりこの国に潜伏する羽目となっております。この両軍が帝国領に帰還するためには北で駐屯している第二師団及びガターヌ連合軍を突破せねばなりません」
そこで一息つく。
「よって貴国領内の横断の許可、そして足りていない物資の援助をお願いしたい」
ルゥトの言葉にまたしてもこの場にいるアウルスタリアの重鎮たちは怒りの感情が溢れる。
「何と太々しい。我が国を勝手に蹂躙しておいて帰国のために力を貸せだとっ!!」
「我が国をバカにしておるのか?生きて故国の土が踏めると思うなよっ!!」
怒りは罵声に変わり謁見の間に木霊する。
そんな中、ルゥトは顔を上げ女王を見上げる。
女王アンリエッタは瞳を伏せ、少し考えている仕草をしてから手を上げ皆を鎮める。そして
「ルゥト殿、貴軍の要望はわかりました。ではこちらのログバード殿は貴軍を謀反者として差し出せと言われている。その話はどう思われますか?」
そうルゥトに問う。
女王の眼差しを正面より受けながらルゥトが答える。
「彼の主張は外で聞かせて頂いておりました。しかしながら我々の元には皇帝陛下がお亡くなりになったとの報は一切届いておりません。故にログバード殿の言葉が真かどうかはわかりかねます。ですが我が軍が友軍により奇襲され、現在貴国の地で路頭に迷っているのもまた事実。その男が申すことが本当なら我々は即座に故国へ戻り、事の真偽を確かめねばなりません。我が軍の侵攻により貴国が被った被害は重々承知の上でお力添えをお願い致したい」
ルゥトはそう言って深々と頭を下げて地面に擦り付けた。共に来たレノアとバーナルも深々と頭を下げる。
そんなルゥトらを見てログバードは怒りを露わにし
「き、貴様ら裏切り者の主張など聞く耳持たんわっ! わが新帝国は断固抗議しますぞ!! この者を即刻ひっ捕らえ、罪人ミレリアの居場所を聞き出して捕獲していただきたい! さもなくばわが帝国は貴国に対して敵意ありと判断せざる得なくなりますぞ!!」
ログバードは怒りに任せて女王に向かって怒鳴り散らす。
この行為でルゥトたちに向けられたアウルストリアの重鎮たちの敵意がログバードへと移行する。
「なんだ、あの態度は」
「さきほどからあの者の言動は目に余る!!」
ほとんど野次に近い怒りの声が抑えることなく重鎮たちの口から発せられた。
明かな敵意を受けながら顔をログバードは上官であるカリシュラム伯からの命を思い出す。
それは『自らの命を持ってでもアウルストリア首都侵攻への名目を作ること、もしくは隷属の意志を示させること』であった。
さすがにログバードも自分の命をかけろと言われてこの任を受けることに難色を示したが、カリシュラム伯の見立てでは
「王女の身柄をちらつかせれば必ず折れる簡単な任務だぞ、そうなれば貴公の栄達は約束されたようなものだ」
そう仄めかされて喜び意気込んで臨んだものの、肝心の切り札が目の前に現れてしまったこの状況、ログバードは焦りと身の危険を感じていた。
だが今更発言を取り下げる弱気な態度は身の破滅を呼ぶことはログバード自身が分かっていたことだった。死の恐怖を打ち消すように胸を張りさらに強気に出る。
「ふん、我が軍は現在国境に6万の兵が出撃でき、すぐにでもこの王都を目指せるように準備している。決断を誤らぬ方がよいですぞ」
この言葉で強気なざわつきは一瞬で静まる。6万もの軍を退けれる兵力は今のアウルスタリアには存在しなかった。
気弱になった外野の空気を読んで、気を大きく持ち返したログバードは鼻で笑い
「ふふん、国を想うのなら我々の言うとおりになさることですな。今すぐこの者どもを捕らえていただこう」
そういうと勝利を確信したようにニヤリと笑いながらルゥトたちを指さした。ルゥトは静かにログバードを横目で見て
「我々を捕らえたところでアウルストリアへの侵攻を止める気はないのでしょう?」
ルゥトは冷ややかにログバードに問う。
「き、貴様には関係なかろう!!」
焦りか怒りかわからないくらい声を荒げてログバードがルゥトに怒鳴るように返す。
「それは我が国へ侵攻してきているあなた方とて同じでしょう?ルゥト・デュナン殿。あなた方の言葉のどこに信じるに足るべき部分があるというのですか?」
女王は冷ややかな眼でルゥトを見る。静かなる怒りが女王からにじみ出ていた。
「そうだ、その通りだ」
「我が国に最初に攻め入ったのは貴様らではないか」
外野が口々にルゥトたちにも非難を浴びせる。
バーナルはヤレヤレといった顔をして、レノアは周りの罵声にビクビクしていた。
ルゥトはもう一度女王に深く首を垂れて
「おっしゃる通りです。ですがもしログバード殿が言うように皇帝陛下が亡くなり、第三皇子が帝国を簒奪して我が軍と袂を別っのであれば、我々がアウルストリア侵攻を継続する意味はなくなっております。ここは早急に帝国本土へ戻り事の真偽を確認したい、というのがミレリア皇女はお考えです」
外野は静かになっていた。ログバードは顔を真っ赤にしてルゥトを非難しようと口を開けかけた時、女王がルゥトに質問をする。
「では、あなた方と手を結ぶとして我々が得るものは?」
機先を制されて言葉を発するタイミングを失ったログバードは女王を見ながらパクパクと鯉のように口を開け閉めする。
「現在ミレリア皇女の元集う帝国海龍両軍二万、ハギュール少将率いる第六師団1万5千、この両軍が帝国内に帰還できるように物資を取り計らって頂ければ、これから確実に国境を越えてアウルスタリア国内へ進軍するであろう帝国ガターヌ連合軍との闘いに参戦することをお約束します」
今度は困惑で会場はざわつく。
自国をさんざん荒らした野盗同然の敵国に物資を提供することへの嫌悪感と、現状の兵力では絶対勝ち目のない帝国の侵攻を阻止することができるやもしれない共同戦線どちらを取るべきか?
誰もが困惑する中、女王は思案し決意の言葉を紡ぐ
「……バリシャフ将軍、我が国から彼らの軍への物資の援助は可能ですか?」
女王の問いに疲れた顔のバリシャフは少し思案するように空を見上げ、少し間を置いてから前に出て腰を折り
「はっ、我が国は最低限の量であれば食料と物資、それを輸送する手段を整えることができます。彼らの軍が北の国境を越えて帝国へ戻るまでの必要な物資を供給することは可能でしょう」
バリシャフはそう答えて元の位置に下がる。
女王アンリエッタはその報告を受けてコクリと頷き、ゆっくりと立ち上がり意を決したようにルゥトを見る。
「ルゥト・デュナン殿、我が国にはそちらの要望に応じることができる用意があります。それに対する我が国から提示する条件は今後の長期的な不可侵条約の締結、今回の侵攻に対する賠償、そして援助物資の返却。そして侵攻してくる新皇帝……軍に対しての共同戦線、それが条件です」
この一言でアウルストリアの方針が決まった。
突然の決定でログバードが狼狽する。
「ばかなっ!!帝国を敵に回すおつもりか!!後悔することになるぞ!!」
ルゥトはそんなログバードを気にすることなく
「その提案で我々が故国へ戻ることができるのならば、謹んでお受けいたします」
もう一度深々と頭を下げるルゥト。
女王の裁定が降り、アウルスタリアの方針が決した。
「ば、ばかな、そんな……」
唖然と呟くログバードの肩を、後ろから掴むジンゴッド。ビクッと硬直して、ゆっくり振り返ったログバードを冷たい殺意ある視線で見据えるジンゴッドは
「残念ながら貴公の命運も決まったようだ。安心しろ。首だけは故国に返してやる」
そう冷たく言い放つ。
先ほどまでの勢いはどこへやら蒼い顔をしてガタガタと震えながらログバードは女王を見る。
「う、嘘だ。そんな……命の危険はないとカリシュラム伯は……」
首を横に振りながらブツブツと呟くログバードを警備の3人の兵士が近寄り取り囲んで引きずるように謁見の間から連れ出していった。
この場にいるアウルストリアの重鎮たちの顔が引き締まる。方針は決まった。あとはその方針に従い計画を練り行動するのみとなったことを誰もが理解していた。
この話がうまく纏まらず頓挫しておりました。
もう無理やりまとめた感ですが……勘弁してください。