第50話 王女キュリエ 帰還
帝国の使者が会議をしていた謁見の間へ通される。
やってきた男は軽装の煌びやかな鎧に身を包んだ、少し偉そうな馬面の男であった。
男は薄ら笑いを浮かべ、肩で風を斬りながらツカツカと女王の前に遠慮なく出て、立ったまま一礼をして畏まり
「私は帝国の首都から新皇帝ゾルディス様の命を受けて特使として参ったログバードと申す。アウルスタリア王国に我が国の新皇帝からの提案を持ってまいった」
そういうと性格の悪そうな笑みを称えて女王を見る。
「無礼なッ!!我が国の女王陛下の御前であるぞ!礼をわきまえよ!!」
大臣の一人が怒りをあらわにして使者に向かって叫ぶ。
それを皮切りに王国の重鎮たちは激しい抗議の声が四方八方から降りかかる。
だがログバードは気にするでもなく涼しい顔で女王を見据える。
埒が明かぬと感じたのか女王が静かに片手を挙げて皆の発言を止めて
「ログバード殿と申されたましたか。新皇帝、とのことですが我々は前皇帝が崩御されたことすら噂でしか知りませぬ。詳細をお聞かせいただけますか?」
女王の質問にやれやれといった小馬鹿にした態度を取るログバード。また会場が殺気だったが
「我が帝国で残念なことに前皇帝が元皇太子の手で卑劣にも毒殺されたのです。、毒により倒れた前皇帝はちょうど食事を共にしていた第3皇子のゾルディス様にその場で帝位を譲られ、「必ず報いを与えろ」という言葉を最後に息を引き取られました。そして新皇帝となられたゾルディス様はその言葉を実現するため、旧知の仲であったカリシュラム辺境伯に助力を借り、ガターヌ共和国の協力を得て先日、皇帝弑逆の罪で元皇太子を拘束、処刑を行いました」
鎮まり返った謁見の間でまるで喜劇のように恍惚と語るログバード。
アウルスタリアの重鎮たちはそんな彼を白い目で見る。聞く限り、誰が聞いても明らかな謀略ではないか、誰もがそう思った。
「ですが共謀者の第2皇子と第1皇女をまだ捕え切れておらず、現在第1皇女はこの国の南方に駐屯する軍におり、我が新帝国軍の第4艦隊の手から逃れてこの国の内部に侵攻していると伺っております。我が帝国としてはこの叛徒どもを捕縛して処然るべき罰を与えねばならぬのです」
そこで自己陶酔の弁舌を終え、周りを見渡してから女王に向き直り
「そこでアウルスタリア王国の女王陛下に、我が帝国への従属の証として逆賊ミレリアを捕らえて引き渡して頂きたい」
ログバードがそう言い切る前に会場が一気に殺気立つ。この会場を守るために配置された兵士たちが皆が腰の剣に手をかけ、この場にいるすべての者たちが立ち上がり怒気をあらわにする。
全員が理解した。この使者は完全にアウルストリア王国を挑発しにきたのだと。
「ふざけよって!!貴様の首をそのイカれた新皇帝とやらに送りつけてやるっ!!」
真っ先に動いた血の気の多いジンゴッド将軍がのしのしとログバードに詰め寄り、蹴り倒して自らの腰の剣を引き抜いて振り上げる。尻もちをついたログバードがいきなりのことで動転してわたわたと後ずさりながら
「や、やってみろ!!わ、わたしが戻らなければ北に駐留している我が軍がすぐさまこの王都に向けて侵攻しますぞっ!!」
先ほどはまるで死ぬことすら恐れてないといった風だったがいざ我が身にその危険が差し迫ると腰が引けてしまっていた。
「ジンゴッド殿、そこまでにしておきなされ。使者殿も言葉に気をつけられよ」
50代前半であろう老紳士が二人の間に入り双方を嗜める。
老紳士に止められて紳士の顔を睨みジンゴッドはしぶしぶ剣を下ろし老紳士に頭を下げて
「バールヴァル公爵、お見苦しいところお見せして申し訳ない」
バールヴァル公爵と呼ばれた老人はジンゴッドの肩に手を置き
「みな同じ気持ちだ。斬ってしまうのはたやすい。だがそれは道をひとつ閉ざすことになりかねん。もう少し熟考しよう」
そう言ってジンゴッドを諫めると女王に一礼して、2人は共に皆の並ぶ列へと戻る。
老人たちが離れていってからあたふたとログバードは立ち上がり引きつった顔で周りを見渡し後、女王に向き直り膝を折って礼を取り
「わ、私も礼を欠いた行動で皆様のお心を乱したことはお詫びします。で、ですが我が帝国の考えはお伝えした通りです。それに女王に至ってはキュリエ王女の安否も気になられるでしょう?」
きちんと謝罪をして余裕を取り戻したログバードは下げた頭を上げてにやりと笑う。
周囲でどよめきが起こる。敵に捕らわれている王女の安否はここにいる誰もが気にしていることだった。女王は顔色一つ変えずに
「王女キュリエはあなた方の手中にある、そう取って構わない、ということですか?」
そう問うた声は冷気とも殺気ともとれるほどの冷い声色にログバードが一瞬たじろぐ。
「そ、そう受け取って頂いて結構です。我々としては重罪人である元第1皇女ミレリアと引き換えに王女キュリエ殿を王国へお返しする準備があります。当然、我が帝国に屈していただくのが条件ですが」
危機が去ったばかりなのにすぐに調子にのる男なのだろう。もう下衆な顔が隠れきれず露出していた。
だが今度は周りは困惑の一手だった。行方の知れなかった王女は今目の前にいる新帝国軍の手中にあることが知れたのだ。
軽率な行動は王女の安否に直結する。誰もがそれを自覚した。
その会場の雰囲気を察したログバードがさらに強気になり、入ってきた時の態度を取り戻す。
「ふっ、お分かりいただいたようですな。そちらの立場というものを。当然、返答はこちらが望んだものを頂けると思ってよいですな?」
そう言って立ち上がったその時、謁見の間の門が大きく開かれて
「そのような戯言がわたくしをみてもまだ言えるのでしょうか?」
琴の音のような美しい響きの声が謁見の間に鳴り響き可憐な金色の髪の少女が颯爽と歩みを進めてログバードへ近づいていく。
その姿を捉えたすべての者たちが感嘆のため息と喜びで笑みを浮かべる。
「キュリエさま…」
「キュリエ様だ!!」
「ぉぉ……」
キュリエはログバードを見据え、怒りの炎を瞳に灯して足早に謁見の間を闊歩する。
ログバードは周りのざわめきからその少女がキュリエ王女であることを理解して、顔色を青くして
「ば、ばかなっ!!!第4艦隊の元にいるはずではっ!!」
そう小さく唸り冷汗を垂らす。
またしても余裕を失い呆然と立ち尽くす。
そのログバードの横まで進み膝を折り、女王の前に毅然と礼を取ったキュリエは
「女王陛下、キュリエ、ただいま生きて戻りました。戦での失態に関しては申し開きもございません。ですがこれからどうすべきか?それについて一つの策を持って戻って参りました。お聞きいただけますか?」
そう告げて女王を見上げるキュリエ。
少し離れた母の顔をみて嬉しそうにほほ笑みむ。
その目には涙が溢れて零れ落ちる。
玉座に座る女王アンリエッタは微動だにせず、戻ったキュリエを凝視したまま動かない。
表情一つ変えることなく
「よく無事で戻ってきてくれました。あなたの持ってきた策について、詳しく聞かせてください」
そう答えた声は喜びで微かに震え、変わることのない表情であったがその頬にゆっくりと涙が流れた。




