第49話 アウルスタリア王宮会議
アウルスタリア王国の王宮。謁見の間。
重たい空気の中、今後の方針を話し合う会議が行われようとしていた。
国事に関わる全ての者たちが集まり、現在の状況の共有、そして今後の方針についての方向性を決めるために集まっていた。
当然、女王たるアンリエッタも出席をしていた。
大人数が集まれば当然議論も白熱してまとまるものもまとまらぬもの。その最後の舵取りこそ女王の仕事であった。
さすがのアンリエッタも現在の王国の状況は想定する一番最悪の状態であった。
こうならぬために彼女はすべてを投げうって尽力してきたはずだったのに……。
思い通りにはいかぬものですね……。彼女は周りに気づかれぬように扇で口元を隠して自嘲気味に笑った。
あの時、どんなに努力しようとも思い通りになんかならないと身に染みて分かったつもりだったのに。結局は同じような結果になってしまった。
気落ちしてもはじまらない。なんとか一番良い形でことを収めねば。
……頭の片隅にはキュリエの安否が気になってはいた。常に離れない。我が大事な半身、いや、我が身と変えれれるのならいますぐにでも何とかしたい。そんな衝動に駆られるのをぐっと我慢する。
傷を負って戻った天馬パメエラが
【あの小僧がいたよ。…だからたぶん大丈夫だろうよ】
そう教えてくれたのはせめてもの救いだった。
そうでなかったらたぶんこの場にアンリエッタはいなかっただろう。
「みなさん、静粛に。これより現在の帝国軍の状況、そして我が軍の状況について報告をしてもらう。バリシャフ将軍。お願いいたす」
議長の声でアンリエッタも我に返り、話に耳を澄ます。
バリシャフ将軍は後方の兵の編成、補給、その他後方指揮の一切を取り行う若き将軍で彼がいなければ最初の遠征に2万もの兵を導入できなかったであろうと言われている。今も残った兵力をかき集め編成して最終防衛のための準備を行っている、今回もっとも重要な役割をになった将軍であった。
歳は20代後半で少し青みがかかった癖のある髪、整った顔立ちだが目の下にいつも隈ができ、頬はこけており、実年齢よりやや老けて見える。
長身で細い体のせいでとても将軍に見えないががその事務能力には誰もが一目置いている。
その彼がしんどそうによっこらせ。とでも言いそうな感じで立ち上がり
「あー、現在入手出来ている帝国の情報ですが……目まぐるしい状況です」
一息いれて書類に目を落とす。
「まず南海岸、最初に侵略のために上陸しマッシュア平原に布陣した軍ですが、我が軍と交戦後、追撃はほどほどで陣に戻り、北上の準備をしていたと思われますが、後続の艦隊が合流と同時に駐留していた部隊を急襲したようです。状況は不確かではあるますが先に着いていた艦隊にはすべて火をかけられた模様で、襲撃後、後続の部隊は海上へ撤退。
現在、残された上陸軍はマッシュア平原の陣を引き払い現在北上中、という報告を受けてます」
ここまでの報告で、すでに謁見の間に集まった者たちはざわつき困惑をしているようだった。
バリシャフ将軍は周りを見渡しこほんと咳ばらいをして
「そして、北のガターヌ共和国領を通過して侵入した帝国軍6万ですが……こちらも仲間割れ、というか、通過した帝国軍を我が国内を進軍中にガターヌ共和国軍が側面より急襲、それに呼応するように帝国軍の一部の部隊が裏切ったようで、襲われた側の帝国軍は敗走。その際に軍の総大将である第一皇子である皇太子が捕縛されたようです。敗走した帝国軍は裏切った軍とガターヌの軍に追撃をされていましたが……山脈付近で南西へ進路を取り、そのまま行方不明になっています」
そう報告すると参加していた文官の中年が大声で抗議する。
「なんだ、その行方不明というのは!!見失ったのか?帝国軍は見失うほど人数が減っていたということか??」
「我が国内で見失うとかありえんだろう」
「さすがにそれはないだろう」
と口々に不満の声が上がる。
周りのざわつきが大きくなり、議長が「静粛に!!」と騒ぐ重鎮たちをなだめる。
静かになるのを黙って待ったバリシャフ将軍は
「見失ったとかそういうぬるいレベルの話ではないのです。忽然と消えた。としか言いようがない。実際追撃していた帝国軍、ガターヌ軍も見失って2日間、ネルソン盆地に駐留して辺りを捜索しています。だが発見できずに一旦後退してガターヌ国境まで戻っている」
その報告でまたしても会場は騒然となる。
「では山脈を越えようとしてるのか?いや、あの辺りから山脈に入れる道はないぞ?」
「なにかの新兵器か?……ま、まさか……魔法?」
「はん、ただ、単に上手く隠れているだけだろう。最悪、軍としての秩序を保てなくなって分解したのではないか?」
みなが口々に憶測を垂れ流す。
静かに聞いていた女王が突然、バリシャフに質問をする。
「バリシャフ将軍、ネルソン盆地付近で消えたのですか?」
思いがけない質問にすこし面喰ったバリシャフは慌てて答えた。
「あ、はい、女王陛下。正確にはネルソン盆地に入る前にはすでに行方が分からなくなっておりました。敗走する帝国軍が消えた時はすでに夜になっており、斥候も松明の光を頼りに追跡したようですが急な濃霧に巻かれてそのまま見失ったそうです」
その報告を聞いて女王は少し考えこむように俯き、次に顔を上げた時は合点がいった顔であった。
「わかりました。その件に関しては引き続き捜索を。最低限の人員でかまいません」
バリシャフはその女王の顔に不審を感じたが、表にはださず首を垂れて
「はっ。そのようにいたします」
そう返した。
ここで30代後半の綺麗な髭を蓄えた恰幅のいい男が立ち上がり
「えーこれは未確認情報ではありますが……帝国軍が内部分裂をした日に帝国の首都にて皇帝崩御の訃報があったという報告がありまして……それが毒殺ではないかと。そしてその首謀者は皇太子と第二皇子の軍閥組であるという噂が流れております」
会場はどよめく。
「なるほど……国家転覆による内乱ということか……」
「だがこのタイミングで起こることかね?我が国はいい迷惑だよ」
「しかし、これで帝国軍は引くのではないかね?」
皆に少し光明が差す。
このまま帝国内が内乱になればアウルスタリアは安泰ではないかと……。
会場の扉が突然開き、兵士が一人飛び込んで来て
慌ててバリシャフの元に走っていき、耳元で何かを報告する。
バリシャフはすぐに厳しい顔になり、
「たった今、帝国軍の使者を名乗る一団が王宮に参ったそうです……」